No.6
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その頃の都心部。僕とテトラが目指す先ではある二人、いや一人と一匹の者達が相対していた。
「ようやく見つけたわ」
真紅の刀身を持ち、光の粒子を纏う大剣を付き向けながら得物とは対照的な青髪の女性は念願の宿敵を見据えて言い放つ。
双眸には揺るぎない確固たる意志の光が秘められ、身体からは闘気そのものが今か今かと抑え込まれていた。
それもその筈。
何故なら目の前にいるのは彼女の世界で最も忌むべき存在。混沌より生まれでし、人々の恐怖の象徴。災厄の化身。または絶対強者。
そして魔なる者を統べる
リーデン・シュヴァイツは闘気を解き放ちその名を叫ぶ。
「魔王ッ!!」
口にすることすら憚れそうな禁じられた単語。
それを見守るは正に相応しい存在感を示す。
「主が勇者であるか」
腰まで伸びる黒髪の上部から生える湾曲した二対の角。菫色の着物のようなものから突き出る漆黒の片翼。同じ菫色の深淵に引き摺り込まれそうな双眼と頭部にある第三の目。
もうこれ以上ない程に異質で異端な姿をするのが追い求め続けた魔王。
名乗られずとも互いが何者であるかは運命が決めたと言えるくらいに通じ合えた。
強いて二人の中で予想をしていなかったことがあるとすれば。
「聞いてはいたけど、まさか魔王が女性とはね」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらおうか人間の小娘よ」
ただそれだけのやり取りをすれば十分だ。どちらもが見た目だけでは測り得ない力を持つ役者。
遥か昔から続く因縁の関係。今更女だ、男だは些細なことでしかあるまい。
寧ろ問題があるとすればーー。
「して勇者よ? 此処は一体何処なのだ? 随分と風変わりした世界のようじゃが?」
「お生憎様。私だって知りたいくらいよ」
来るべき地、来るべき場所にて、来るべき時を待たないで巡り合ってしまったハプニング。
何者かの手によって用意された舞台の上で踊らされているような感覚を抱くのは勇者も魔王も同じ心境であり、同時に気に食わない。
が、念願の宿敵を前にして矛を収めて戦意を捨てるなんて有り得ない。
少なくとも青髪の女性にとってはーー。
「貴女を倒すのが勇者の使命。何処だろうと関係ないわ」
話は不要。彼女は聖剣ブレイカーをひと薙ぎする。纏われている光の粒子が集束して斬撃となり走る。
戦闘開始の合図で、挨拶がわりだ。
「忘れてはおらぬか?」
その勇者の一撃をまるで虫でも払い除ける風にいなす。実力差を見せつけるような刹那の出来事。
リーデン・シュヴァイツは息を呑む。
そう。わかっていた事なのだ。
「小娘一人でこの魔王ーージークセナードを倒せるのか?」
地が震える。魔王の真名を告げただけで異界であろうと世界が拒絶を起こす。其れ程の脅威。
勇者が魔王を倒す。確かに間違いのないシナリオ。だが、果たして彼女だけで成し得るものなのか?
いや、この世界の知識でいけば違う。その大業には少なからず必要なピースがある筈だ。
「遥か昔から戦士が矛を穿ち、魔法使いが魔を爆砕し、僧侶が癒しを祈り、賢者が力を押さえてようやく主と言う中心が前に出て来る。それが余と人間達の戦いだった。幾たびの輪廻を経ても彼の王達の記憶は焼き付いている。いつの時代であろうと主ら小さき者はそうしてきた」
「私一人じゃ荷が重いとでも?」
「逆に問おう。耐えらるか? その小さく脆弱な一人だけの身体でーー」
「ッ!?」
ジークセナードの肉体から闇が蠢く。魔なる者が生み出した世界を暗黒へと導く力。魔物を更なる邪悪なものへと変えてしまう異形。
彼女の双眸が鋭さを増す。角が、牙が、翼が、四肢が狂暴化する。
勇者より多少大きかった姿が何倍にも膨れ上がって見える。
そうして彼女の波動が周囲へ拡散した瞬間には建物のありとあらゆる硝子は砕け、雨のように降り注ぐ。
それが互いの脅威になる程のものではないが、目の当たりにする光景にリーデンは呼吸が乱れる。嫌な汗が募る。動悸が激しくなる。身体が震える。力が入らなくなる。
瞬間に彼女は悟ってしまう。
ああ、これが魔王なのだとーー。
「図に乗った代償じゃな。守ってくれる戦士はおらず、支える魔法使いは不在、安心させる僧侶もいない。頼み綱の唯一無二の賢者すら欠いた勇者なぞ余の敵ではない」
「ぐ………」
「ただの虫ケラじゃ」
闇が意志を持って勇者に襲い掛かる。光の加護で防いでくれるのは僧侶の役目。だがその者がいない今誰が闇を打ち消す?
誰もいない。
ならばここで勇者の行く末はどうなるかは想像に難くない。所詮魔王の語る通り虫ケラのように潰されるだけだろう。
彼女の旅路は呆気なく終わってしまう。
訳のわからない地で宿敵になす術もなく簡単に倒されてお終い。
それが理から外れた青髪の女性の方にシナリオ。
「いや違う。この舞台はまだ始まったばかりの物語。彼女を失う訳にはいかない」
「!」
もしこの世界が彼女と魔王だけならばの話だ。
ここには戦士も、魔法使いも、僧侶も、賢者もいないが代わりに居る存在もある。
「あ、貴方は………」
「正直僕も混乱の渦中でいっぱいいっぱいだけど」
僕達がいる。
勇者に助けられるのではなく、助けることも出来る人達もいるのだ。
「互いに手を取り合えばきっとこのゲームを乗り越えられる」
柄にもなくなんて記憶喪失の自身の知っちゃことじゃないが、僕は彼女に向けて希望を示すように言うのであった。