No.4
そう意を決した時だった。
「これもまた定めなんだね」
透き通った声が直接脳まで響く。誰かも分からないのに自分の中から発せられたくらいに穏やかで落ち着くもの。とても居心地良く、懐かしいような安心するような何とも表現し難い口調と声音。ただ確かに言えるのはこの声の主は味方側であるだろう。
ほんの僅かだけそう考えてしまう。
が、切り離されかけた意識を呼び戻してすぐに警戒心を上げて背後を振り向く。
次の瞬間には言葉を失ってしまう。
そんな馬鹿な、と。
「では、始めよう。全てが覆るゲームを」
そこには夢で見た筈の汚れのない白の少女が純粋過ぎるまでの笑みを浮かべながら立っていたのであった。
あの時の話を続けるように彼女は述べながら。
「ゲームって………」
「簡単さ。私か君の何方かが勝つ。ただそれだけだよ」
ゆっくりとその短めの白髪をかき上げながら近付いて来る。少年は警戒して退がることを何故かせずに眼前まで、手を伸ばせば触れ合う距離まで接近を許してしまう。
何者か? それすら尋ねる事も出来ずにまるで誘導されるようにゲームの詳細についての話を進める。
きっとこの場の事態を招いた元凶だと把握しながらも。
「ここには想像の残滓が存在する」
「え………?」
「私と君で彼等彼女等を使って戦うのさ」
「彼等彼女等………?」
まず始めに彼の脳裏をよぎったのは青髪の勇者。多分彼女のような者が他にも複数居るのだろう。
例えば魔王とか。
想像の残滓とはあまり理解出来ないが、ようは互いに味方に引き入れて何方かが戦いに勝てば良いと言う話だが。
戦う? それは負ければーー。
「これは私と君の存在を賭けたゲーム。負ければ死ぬ」
「ーーッ!?」
血の気が引く感覚を抱く。ゲームなんて生易しいものではない。命懸けの戦いをやんわりと表現しているだけだ。
そんな勝負は了承出来る筈が。
「残念ながら賽は投げられているよ。言ったじゃないか? 始めようとね」
白い唇が、白い指が、見透かした双眸が彼をようやく後ろへ退かせる脅威へと変え、腰を抜かさせてしまう。
彼女は大して興味無さげに見下ろしながら寒気を覚えてしまう笑みを絶やさない。
もうゲームは始まっている。止まらない、止められない。何方かが倒れるまで終わりのない勝負。
そう語っているみたいだった。
「彼等彼女等は既にゲームを開始している。後は私達がどう動くかだよ?」
「も、もし僕が今ここで君を倒せば………」
恐る恐る。少年は質問とも言えない言葉を紡ぐ。
それは愚かな選択だったと直ぐに後悔してしまうとも知らずに。
「ふふふ。君が、私を………?」
「そんなにおかしいのかい?」
「笑わせるよ。例えばだ。今向こう側で戦っている勇者と魔王。二人を私達に投影させた時」
「………!」
白の少女は手をあげる。空を掴む仕草、いやそんな可愛いものではない。
空を落とすかのようなーー。
「君は村人で私は神だよ?」
直後。
天から災害が降り注ぐ。
数多の閃光が大蛇の如くうねりながら付近のビルに落ちる。地鳴りが響き渡った数秒後には建物は崩壊をして視界から消えていた。
「神は神でも邪神かもしれないけどね」
信じられない光景を目の当たりにし、彼の身体が生きる行動を忘れていた。
年不相応な仕草、口調だと思っていた。が、その次元がどうとかの問題じゃなかった。
彼女はきっと人間じゃない。
人の皮を被った化け物だ。
「これはハンデだよ。スタートした直後からゲームオーバーなんてつまらないだろう?」
「………君は一体………?」
率直な疑問を投げかける。この現象も、今見せた力も、その異質で神秘的な雰囲気も、自身の夢にさえ現れた事も。
そして何故そうまでに白く、儚い存在でありながらこうも少年の心を揺さぶるのか。
彼女は何者なのだ?
「私はつまらない存在だよ。そんなことはどうでも良いじゃないか?」
返答は濁されたが、続け様に放つ言葉はあまりにも彼の動揺を誘うに値する衝撃なものであった。
「なあ? 九條 真司?」
「なーーッ!?」
それは少年の名前。記憶喪失でも忘れなかった名前だが、どうしてこの白の少女は知っている? 明かした覚えもない相手がまるで呼び慣れた風に語るのにとてつもない違和感と恐怖を感じる。
色々な衝撃が襲い、脳のキャパをオーバーしそうになっていく九條 真司。
ある意味ではもう詰んでいたのかもしれない。
よく理解出来ない場所。謎の存在。力も経験もない彼にとって絶望的なゲーム。
もはや身体中が言う事を聞かない。
「おや? 君は諦めるのかい?」
「う………あぁ………」
まともに言葉も発せなくなってしまう少年の姿に彼女は非常につまらなさそうな表情を見せる。
ゲームを楽しむ側が失望してしまう。
それは今直ぐにでも終わらせてしまっても良いと気分を変える事だ。
「ふむ。抗いすら出来ない………か。まあ、それも君が選んだ道と言う訳だ」
「はぁ………はぁ………」
嫌な予感がする。このままでは確実に自分は死んでしまう。彼女の手によって開始早々に。
だが出来る事は怯え、無様に肩で息をして、恐怖と衝撃に固まるだけ。
この展開から抜け出すのは不可能だ。
「では、つまらない兆しになってしまうがこれで終わりにしようか」
再び白い手が真上に上がる。先程と同じ天からの雷が堕ちる前触れだ。当然当たれば灰となって消え去るだろう。
「心配するな九条 真司。君が死んだ後はこの私が代わりに終わらせよう」
最後の走馬灯だったかもしれない。空が雷鳴を鳴らす為に聴き取れなかった台詞が唇の動きから何となく読み取れ、全く死ぬ直前まで訳がわからなかった世界で彼は上空からの光の柱に目を細めながら思う。
ーーああ。やはり外に出るべきじゃなかった。