No.3
青髪の女性もとい勇者は挙動不振であった。
発見した時点から失礼な感想しか抱けないのが困りものではあるが、何処から見ても彼女は辺境の地かまたは異国の見知らぬ土地に迷い込んだ有様の反応しかしていない。
あれでは迷子です、と顔に書いて歩いているようなものだ。それなりの年齢の女性で、勇者がする振る舞いには到底思えはしなかった。
が、ここでよくよく考えればコスプレした外人がたまたまイベント会場から離れて公園で迷子になっただけなのでは? と少年は新しい結論を見出す。
そもそも勇者かどうかも怪しいのに何故勇者と決め付けたのかも意味不明だ。まあ、呼称的には不便ではないからそれで通すとして、見てしまった彼はどうしたものか。向こうも困っているのは明らかでそれと同じくらい困っている。
外国語なんて話せはしないし、ただでさえ記憶喪失のリハビリ中の状態としては下手に面倒ごとに巻き込まれるのもどうかと考える。
まさか自宅療養中の内緒で抜け出した途端これとは覚えていないが交通事故と言い、もしかしたら彼はとんでもなく不運に見舞われやすい体質なのかもしれない。
「放って置いても問題はないんだろうけど」
どうしてか知らない振りをすることに抵抗を覚えてしまう。まるで身内を切り捨てるに等しい気持ちが湧いてしまうのだ。
果たしてそれは何でなのか?
少年はその女性と面識なんてないのにーー。
と、悩みあぐねていると。
「あ、あの………」
「え?」
気付けば、いつの間にか青髪の女性は彼の真正面に立ちつくしていた。しかも意外にも言葉が通じるのである。
そりゃあ彼女みたいな困っていそうに見えるが、厄介事を被りたくない一般人からすれば目を付けられる前にこの場から去るのが賢い選択。そうなれば彼方も無理に追い掛けて来たりはしないので彼女も誰に話し掛ければ良いか困り果てていただろう。
そこへ自身を見て逃げずにずっと見つめられればこんな邂逅が始まってもおかしくはない。
寧ろそれしか自称勇者には選択肢が残されていないのだから。
やってしまった。と少年は後悔する。正直何かしてやれるような手助けの能力は現在持ち合わせておらず、逆に助けてもらいたいくらいなのに。
だがこうなってしまってはいきなり走って逃げるのも可哀想だし、そのような体力もない彼は不可効力ながらも多少は何か出来るだろうと腹をくくりながら応対する事にした。
「何処か、行先に困っているんですか?」
「!」
僅かに見つめられる空色の双眸に気圧されながらも次の言葉に身構えて待つ。
するとーー。
「私は最果ての地。フェースミッドから魔王を倒す為の旅をしている勇者なんだけどね、ここは一体何処なのかな?」
「………」
うわぁ、予想の斜め上を遥かに超えた内容だ。しかも勇者ってはっきり聞こえたし、絶対面倒臭いやつだ。と露骨に顔に出してしまう程に彼女の言葉は理解し難い。
フェースミッド? 魔王? アニメや漫画じゃあるまいしこの世界では無縁の話だ。
なんて否定の言葉は浮かぶが、心の何処かでそれを信じる自分がいるようだ。そもそも声掛けられるまでずっと彼女の存在に目を奪われていた。まず常識的にコスプレをした外人さんとしてではなく、本物の勇者としての先入観を持った時点でこうなるのは仕方ない話だろう。
何故そうなった?
初めて見る人物、初めて知る出生。格好、容姿、声。どれもが知らない筈なのに少年はそうは思えないものを感じる。
ただ結局どうしてあげれば良いかの最適解は導き出せず、有りのままの状況を説明してあげる他なかった。
色々齟齬がありそうだと思いながらも彼はここが地球と呼ばれる星の日本と言う国であること。フェースミッドなんて場所にも魔王の所在についても此方では全く取り合うことが叶わないのを伝える。
「そう………」
「すみません」
あまり雰囲気の良くない空気が蔓延る。仕方ないとは言え、流石にこれでさようならも酷な話だ。
とりあえずはどうやって此処に迷い込んでしまったのか? そこから辿って何か解決の糸口を探す他ないだろう。
しかしここでも考えているよりも簡単にいかない解答しか得られない。
「ある少女に連れて来られ………た?」
「?」
当人が自信無さげに述べるのに彼は首を傾げる。どうしてそんな曖昧な答えなのか、まるで彼女も同じ記憶喪失の状況のようだ。
ある少女ーーと、勇者は言った。
連れて来られた理由はこの調子だと推理するしかないが、連れて来れたのならば連れ返すことも可能なのでは?
「そうは言ってもその少女が何処にいるかなんてわかりませんよね? ………えーと」
「リーデン・シュヴァイツよ。そうそう。貴方の名前は?」
「僕は………」
一瞬躊躇いを覚える少年。それは記憶喪失が起因しており、まだ自分の名前に慣れないが故のもの。あまり名乗るのが気が進まないが、聞かれたからには答えるしかあるまい。
僅かな間を空けて彼は己が名を彼女に伝える。
「僕はーー」
そこへ。
「!?」
「え、!?」
唐突な出来事が発生する。
周囲は灰色のモノクロ化の背景へと変貌を始める。更に流れる雲や、風で靡く草花、道歩く人等が石像のように停止する。まるで世界の時間が止まってしまったみたいに。
冷たく、気味の悪い感覚を覚えながら二人は忙しなく事態について行けずに困惑しながら周りを見渡す。
一体何がーー?
「………!」
「ど、どうしました?」
不意に違和感を抱いたのか、勇者は一点先に顔を向けて固まる。その様子はただごとではないのを予見させる雰囲気であった。
「魔王の気配がするっ!」
「なーー」
展開が一気にひっくり返る言葉。ゴールから遠ざかりそうな流れがまさかの目前とも言えるそれに少年が驚きを隠せない隣で彼女は引き締めた表情で固まる。
確かに聞いた側もそうだが、目下本人自身も信じられないと思うくらいには判断に悩んでいるのだ。異界の地に迷い込んだ直後に魔王の気配が漂うなんてシナリオは阿呆らしい。
勇者からしたらそのような物語ではない筈だ。
それでも。確信すら出来てしまう強大な禍々しい気配を見過ごせる訳もなく、どちらにせよこの状況は尋常じゃないのは明らか。
青髪の女性は空色の双眸を力強く見開き、勇者たる正義の意志を持って事態に挑む。
「行かなくちゃ」
背に抱える大剣の柄を握り締める。すると呼応する如く鞘から刀身が眩い光を放ちながらゆっくりと抜かれていく。
それだけで大気は震え、地が鳴く。
その力を誇示する証明。その剣が抜かれる必要のある証拠。その魂が奮い立つ証。
勇者の勇者だけに勇者にしか扱えず、震えない伝説級の聖剣。
「力を貸して! 聖剣ブレイカー!」
青の彼女とは逆とも表現出来る真紅の刀身で出来た大剣。到底細身な女性が持てるものとは思えない鉄の塊を持ち主は身体の一部のように振るう。それだけで光の粒子が舞い散り、モノクロの世界に幻想と奇跡を与える。
絵になりそうな姿に少年は目を奪われずにはいられず、同時に自身の中で何かが膨れ上がる感覚が発生する。
それは忘れている記憶の刺激を促しているのか、現時点での彼には身に覚えのない映像が途切れ途切れに脳裏に浮かぶ。
これは果たして何なのだろうか?
彼女を、その纏わる世界の始まりから果てまでに何らかの形で関わっていたのではないかと考えてしまう程に他人事ではない親近感を味わう。
「ごめんね。折角貴方に会えたのに」
「ーーッ?」
一瞬キョトンとする彼を見て気付いたのか、勇者も自分の言葉に疑問する。
どうして意味深な言い方をする?
始めて会った筈なのにまるで遥か昔から切望していたようなようやく出会えた風に言ってしまうのだ?
結局互いの疑問は平行線であり分かりようがない為、変な苦笑いで誤魔化す。
「じゃあね」
「ーーまっ」
呼び止める隙も与えられずに青髪の女性は人間では有り得ない跳躍力を持ってして去って行った。
魔王となればなのか類似した何かなのかの線引きは不明だが、行動が速すぎた。あれでは剣を担いでいるのに鉄砲玉だ。
待って欲しい。まだ彼はこの異変に巻き込まれたままだ。勇者なんて称号も持ち得ない何の変哲もないただの少年が一人取り残されたままで良い訳がない。
まあ、そんな所がやはり不幸な体質であるかもしれないが。
「うん。追い掛けよう」
大体飛んで行った方向は見ていた。もしアクションがあれば探し出すのも難しくはない。危険は付き纏うが、勇者の側を離れて一人でこの場にいるのは進展にもならない。
せめて目が届く場所までは近付く必要はある。