No.2
「………」
目を開く少年。そこは見慣れた自室の天井で自身の眠りについたベッドの上であることをうっすらと認識する。外から聞こえる鳥の囀りが朝方の合図で起きなければと使命感みたいなのに駆られる。が、現在少年は療養中の身で特に早起きして何かをする必要もないことに気付いて彼は閉まるカーテンに手を掛けたまま固まる。
「さっきのは夢だったのか………」
上手く思い出せない寝ていた時間の内容に引っかかりだけ覚えながらとりあえずは朝日を浴びよいとカーテンを開けると。
眩しい光はまだ起き立ての彼には少しばかり刺激が強く、小さく声を出してしまう。
「良い天気だな」
率直な感想を漏らす。雲も全くない快晴の空を見ながら気持ちの良い感覚に思わず外を出歩きたいと思わせた。
しかし、果たしてその許可が降りるかは難しい話である。何故なら先程の療養が自宅療養の意味であるからだ。
少年はつい少し前に交通事故に合い、脳にダメージを負ってしまった。幸い日常生活に支障はーーあった。
彼は記憶を失っていたのだ。交通事故に合う以前の記憶が全くと言ってなく、幸い父と母の認識だけが辛うじて残った状態。日常生活の行動に関しては身体が覚えているからか回復は早かったが、まだまだ出歩かせるには不安を残した状況で両親の同行がない単独の外出は禁止されているのである。
外部の肉体に怪我は見受けられない分、窓から覗く外の世界は少年にとっては手の届かないような未知でしかない。
「まあ、その気になれば出れないこともないんだけど」
両親は共働きで朝から夜までは基本帰ってこないのはこの自宅療養が始まった数日で把握出来た。ならばバレなければ別に外に出ようとも問題はあるが、ないのである。
ただ何故か両親は厳しすぎる程に外に出る行為を嫌っていた感があるからバレたらかなり怒られるリスクが付き纏うのがネック。
しかし思春期の年齢の彼は記憶がどうとか関係なく本能的に駄目と言われたら何とやらの好奇心を抑えられずにいた。
外に出れば何か思い出せるかもしれないと、それが更に拍車を掛けてーー。
「少しだけなら………」
リビングに入って、ラップをしてある朝ご飯を見て両親が不在なのを確信しながら少年は罪悪感を押し退けて意を決する。
ーーお出掛けしよう。
誰もいないのに脱走する囚人のような気分を抱きながら静かに外へと繰り出した。
「………」
退院して家に帰って来た時に見た外の景色とはまた違った感覚を抱く。その時点では色々あり過ぎて整理もままならない状態だったから当然と言えば当然であった。
見えるものがその時々によって違うのである。
「!」
不意に玄関前で軽い頭痛が襲う。
彼は何となくそれが忘れている過去に関する事だと理解した。自宅内でも度々合った出来事故に、やはり外に出る選択肢は正解だったのではないか? と意識する。
ただまだ浅くて弱い。何かを思い出せた訳ではなく、覚えがあるかも? 程度では全く役に立たない。もっと印象的な場所に赴いて脳を刺激させる必要があると考えて頭痛が収まった所で適当に歩き出す。
周囲は真新しいようで何処かで納得いってしまう気持ちが大半の世界だった。
あれだけ浮き足立つような好奇心も進んでいくに連れて薄れていく感じだった。
記憶喪失は簡単に治るものではないとは医師からも聞いていたが、またそれとは違ったような気がした。
まあ思い出したって程の大層な刺激がないのでまだまだ記憶喪失の尾が付いて回ってるのは嫌でも自覚する。
どうやら少し歩けば市内の中心部に入れるような場所に自宅はあるようで嫌でも人が増えていくのを感じる。
流石に記憶があっても知らなさそうな人ばかりを見て臆病になる自分がいる事に気付いた。医師からの受け売りに一気に脳に刺激を与えるのは宜しくないから外出の際も慎重にと両親が聞かされていたのを他人事のように耳に入れていたのを彼は後悔する。
「確かに思い出す出さないよりも慣れない事をしている感覚はキツイな」
端的に言えば外出から数十分でバテたのである。
時節再発する頭痛も相まって気分が悪くなっていくのを感じながら小休憩を取る。運良く付近に公園を発見した彼はベンチに腰掛けてボーッと黄昏ながら空を眺めていた。
この調子では先が思いやられるのを痛感してどのくらいで切り上げるかを思案する。
とりあえずは想像していたより簡単に記憶は元には戻らない。もっと刺激の強い場所を探すには体力的な意味で持たない。下手したらまだダメージの抜けない脳に余計な負担を掛けるだけかもしれない。
「成る程。医師の判断は正し過ぎた。こりゃあ両親が居ないと最悪家に帰る前に病院に送還なんてこともあり得そうだ」
結論付けた所で、次の判断は引き返すことだ。
何とか力尽きない内に自力で帰れるようにしなければ両親にバレてしまう。
朝から意気揚々に抜け出してこの様は情けない限りだが、背に腹を抱えられない。流石に記憶喪失だとしてもそれくらいはわかる。
ようやく持続していた頭痛も引いてきてお空以外も見渡す余裕が出来て少年はぐるりと周りを見渡す。
ここは公園。朝とは言え親子連れもちらほら見あたるのであまり長居をしても彼の年齢の都合上公共機関辺りに連絡が入る可能性もある。
そう考えているとーー。
「………うん?」
巡る景色の一部。主に視界の端に何かが映った。と言うより紛れ込んでいた。
間抜けな疑問を含んだ声を出しながら再び視野を動かし、やはり何かが映ってしまい自然とそこに釘付けになってしまう。
ナンダアレハーー?
記憶喪失とは言え一般的な知識に関してはスッと思い出すくらいのど忘れであるからこそ彼の反応は正に適切だった。
しかしソレをどう形容したら良いかまでが問題であり、例え記憶喪失でなくとも誰しもが同じ壁に当たってしまう程に異質なのだ。
今一度当事者のように発見した人物は疑問する。
ナンダアレハーー?
兎に角言えるのは女性であった。
先程まで眺めていた空がそのまま落ちて来たかのような澄んだ青髪と瞳。長身でしなやかな身体は洋装の身軽なインナーの上から鎧で覆われた格好。何より着目するのは背中に背負うドデカくド派手な大剣。あれは銃刀法違反にあっさり引っかかる凶器の塊だ。
外人の風格にその姿は現実世界で目にする存在ではない。
まるで絵の中から飛び出して来たと思える女性は兵士ではなく、騎士とも呼びづらい。
そうして数瞬の間を経て絞り出した少年の答えは一番腑に落ちるが、一番この世で有り得ない名称だった。
「………勇者?」