No.15
◆
「オラァ!!」
「フン」
黒スーツの少年の拳が空振りで終わる。が、それだけで空気が裂ける音が響き、周囲を損壊させてゆく。まるで暴風のようだ。直撃すればひとたまりもない。
それを魔王は涼しい表情で紙一重に避ける。ギリギリに見えながらも彼の攻撃の一切を寄せ付けない。
そして隙を見せたアンノーンの胴に掌底が綺麗に返し刀の形で入る。衝撃に彼は地を滑るが倒れることもなく、胸元の辺りの汚れを落とすように振り払う。
どうやらダメージはない。
そんな光景に彼女は浅く溜息を吐く。
「キリがない。一体主の身体はどんな構造をしている? これでは決着がつかないぞ」
「そんなテメェは俺様の一撃を喰らえば致命傷になるんじゃねーのか? ならどっちが有利か聞くまでもねえな?」
「止まって見える攻撃に当たる程余は甘くないぞ。好敵手?」
「言ってろや!」
言葉の応酬が終わったかと思えば再び彼からの攻めで始まる展開の繰り返し。ジークセナードの発した通り、並行線の戦い。唯一当たればダメージのある彼女が攻撃を許せば流れは変わるが、速さはさほどないアンノーンの攻めに遅れは取らない。
後は魔王が何らかの弱点を見つけるか。
「(戦士すら遥かに凌駕する頑強さ………にしては少々違う。余の闇の力すら無効化出来るのは勇者の持つ聖剣ブレイカーと賢者の聖なる加護のみ。奴は聖なる力、或いは類似する何かで打ち消しているようには見えない。単純に通じてすらいないがしっくりは来るが………)」
だとすれば何故? と絶対なる力を自負する彼女が柄にもなく相手の情報を分析して思考する。ただジークセナードはそんな自身の理が通用しないルールの外側から打破する感覚が、自らの全てを駆使して戦っているようで楽しくて仕方ない。それをさせる存在はきっと元の世界での勇者と仲間一行が団結して向かってくる時だけくらいだろう。
だがたった一人の人物を相手にとなれば個の頂天にいる魔王からすればかつてない戦いだ。
面白くない訳がない。
と、浮かれている所に一際鋭い黒スーツの少年の蹴りが飛んで来る。当たれば抉れそうな強烈な牙を連想させるそれをーー。
「【流転スル天命】」
避けもせず、何らかの名称を唱えながらその身に受ける。側から見れば直撃。これは彼女にとって多大なるダメージになるのでは?
そう思えたが。
「!?」
攻撃をしたアンノーンが吹き飛んだ。先まで魔王のどんな攻撃をもらっても倒れることのなかった彼がピンボールのように弾け飛び転げ回る。盛大な轟音を轟かせる様を見てジークセナードは珍しく目を丸くさせた。
「ほう。余の攻撃よりも奴の攻撃の方が遥かに飛び抜けているのか」
彼女の使った力、【流転スル天命】。それは自身が受ける筈の攻撃をそのまま跳ね返す技。言うなれば彼は自身の蹴りが自身に返ってきたのだ。
その結果を見れば彼女の攻撃ですら地に足を付けることもなかったのに自身の攻撃は全く勢いすら殺せないでいるのだから認めたくはないがどれだけ威力があるかは言うまでもない。
だがそれでもーー。
「んだ? それは? 何しやがった?」
彼は平然と立ち上がる。
無傷でーー
「………」
難しい表情をする魔王。簡単な話、知り得る状況の中で最強の攻撃が最大の強度の肉体にぶつかってもダメージがないのだ。ならば現状何をしてもアンノーンに致命傷を与えられない結論が出る。
しかしだ。何らかの違和感が募る。もしそれが与えられないや効かないではなく、受け付けない法則のようなものがあるのだとすれば。
彼の肉体はまさかするとーー。
正にアンノーンのからくりについて答えが導き出される時だった。
黒スーツの少年に天からの悲鳴が落ちる。
「!?」
唐突の出来事に彼女も驚く。結果だけにしか気付けなかった事態もそうだが、これだけの強大な力を放ったであろう存在についても。
先程までこの場にいた誰にも真似出来ないであろう規格外の逸脱した力。
それを扱う新たな者はまるでーー。
「神とでも相対したような顔だね?」
「………主は………」
フワリと重力を感じさせずに空から舞い降りる人物、白の少女は畏怖も恐れも持たずに悠然と語り掛ける。姿そのものにすら特別性すら覚えてしまうジークセナードはここに来て初めての警戒な色を見せる。
あの絶対強者の魔王がだ。
対する彼女は変わらない態度で口を開く。