No.11
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走る。走る。記憶喪失の少年はがむしゃらに型も何もない必死な疾走ならず逃走をする。運動を怠っていた彼からすればとうに限界を迎えており、アスファルトの上に大の字になりたいくらい疲弊していた。肩は上下し、額から汗の雫が滴り、肺が休みたがっている。
それでも止まることだけは止めなかった。もし止まればその瞬間に足が痙攣し、動けなくなりそうで怖かったから。
彼女との約束を破れない。破る訳にはいかない。
使命のようにそれが脳内で反復し、限界を超えさせる。
と、気持ち的にはそうだ。
ただ、世の中根性論で限界を超えられるのはごく僅かな人のみで、大概の一般人は無理だ。
証拠にもはや九条は走っているつもりであって走れていないに等しい。寧ろ速歩きにすら劣るものですらあった。
そんなバテバテの走りでは遅からず足がもつれて転んでしまうであろう。
「………あっ!」
転ぶ。言うことを聞かない肉体では受け身すらまともに取れず、二転三転と転がる。擦り傷だらけになった彼は立ち上がる気力を根こそぎ奪われた気分になる。
もう駄目だ。諦めの文字が脳裏に入り込み、安らぎへと誘惑する。
終いには視界がボヤけてすら来て意識さえ途切れそうなのだ。
よく頑張った方だと言えよう。
もう随分遠くまで逃げて来たのは確か。よくわからない都心から離れた電車が上を通るトンネルの影辺りで横になる少年はまだ収まらない息切れを起こしながら少し休もうと決めた。
きっとここなら誰にも見つからないだろうと、動ける余裕が出来るまでの間彼は目を閉じる。
「あ、見付けた」
筈が逆に意識が覚醒する。
とある見知らぬ者の声により。
「全く。手間が掛かるお子さんだこと」
起き上がった直後に見た人物はその台詞を述べるには不適切な少女であった。
彼と同じ黒髪に瞳。同じ日本人であるのは間違いないようだ。多少変わった今時ではない服装だが、何の変哲もない可愛らしい少女以外に例えられない。
それがどうしようもなく違和感であり、不気味な裏返しなのに九条は警戒心を持たずに接する。
「君は………?」
「私は泉 いづな。端的に言えば未来人ね」
「え?」
開幕明かされた正体に今更かもしれないが、驚きの表情を浮かべる。
あっさりし過ぎた紹介に質問をする間も無く今度は目的を告げてくる。
「あんたを探しに来たのよ。意外に簡単に見付かって助かったわ」
「僕を?」
「ええ。ついて来てくれる?」
「待って。僕仲間と合流しないと」
せっかちに進めていく状況を何とか止めさせて彼も説明をする。
今は遠くへと逃げていて、後からテトラと落ち合う予定なのだと。
「だから彼女が来るまで待ってもらえないかな?」
そうお願いする九条。
だが素直に応じない未来人。
「後から私が連れて来るわ。時間が惜しいから先にあんただけでも来てちょうだい」
焦った素振りがある訳じゃないが、何処かしら都合が悪いと語っている風に見えた。
そもそも彼女は何処に連れて行くつもりなのかに疑問を思った少年は詳しく理由を求めていく。
「頼まれているのよ。あんたの身柄を確保するようにね」
「何で?」
「そこまで聞いてないわよ。私だって巻き込まれた側なんだから一刻も早く元の未来に戻りたいのに」
確かに少女からしたら面倒ごとは早く済ませたいだろう。だから急いているのは仕方ないのかもしれない。
「誰が僕を探しているんだい?」
「質問ばっかりね。………私と似たような未来から来た奴よ。奴の定義で良いかは知らないけどね」
「………?」
「とにかく。仲間さんのことは私が一任するからあんたも早くソイツに会ってくれない? 無理矢理連れて行くと後々遺恨は残るだろうし」
はあ、と溜め息を吐きながら告げる彼女。実際怪しむ訳ではないが、よくわからない状況の中で素直に応じたり出来る程には彼も自身の中で無意識に自己防衛をしている。
だから多少でも納得するだけの材料が欲しいのだ。
しかしこのままでは泉 いづなを困らしていく一方なことに少年は申し訳なく感じた為に、一番明確な証拠を証明してもらう。
「わかった。じゃあ最後に教えて欲しい」
「最後よ」
「君は僕の味方ってことで良いかな?」
これの返事を鵜呑みにするのもどうかと問われる訳ではあるが、はっきりさせるにはそれが手っ取り早い。
それに何と無く未来人の少女が嘘を付ける人物ではないと彼は話してる雰囲気で思ったからだ。
「あんたがついて来てくれるなら私にとっても助かるし、私もあんたを悪いようにはしないからそういう意味では味方で良いんじゃない?」
「そ、そうか」
ややこしい言い方ではあったが、これも彼女の個性が見せた解答なのだろう。結局付いていかない事には味方と言わない辺り、やはり嘘を使う性分ではないようだ。
なら応じるしかない。どのみち少女とは言え未来人だ。無理矢理連れて行く方法もあると言われた以上は結果が変わらないのだと考えれば良好な関係の方が良いだろう。
利害関係と言った方が正しいか。
「(ん? 何だろう………昔にそんな言葉について考えていた気がする………)」
失った記憶の一部が違和感を持たせた。意識する必要がある単語だと。
普段なら流すようなものだが、果たして利害関係とは互いの利害が影響し合う関係。そこまでは良い。
このまま行けば泉 いづなは利益が生まれる。逆に九条からしたら味方である約束が成立はする。
しかし向こうには未だ知らない第三者が存在していてそこの情報については大して教えてもらってない。
果たしてそれで良いのだろうか?
よくよく会話を振り返れば落とし穴だらけではないか?
悪く捉えればだ。
簡単に一人でいる所を見つけられて助かった。
遺恨は残るが、無理矢理身柄を拘束も出来る。
私は悪いようにはしない。
嘘を付いてないかもしれない。が、話していないだけの言葉は嘘としては扱われない。
「(いや、流石に考え過ぎか)」
少しばかり疑り深い見方になってしまい、彼女に対して失礼だと感じた彼は考えるのを止めにする。
そうして歩みよろうとする時だった。
「早い所こんなゲーム終わらせましょう」
ーー!?
踏み出そうとする足が止まる。
感じた違和感が現実味を帯びてしまった。