第1話 プロローグ
「ねぇ〜、街はまだ〜?お腹すいたよ〜。死んじゃうよ〜。何とかしてよ〜。ねぇ〜?ねぇ〜?ねぇ〜?」
茶色の髪を肩甲骨くらいまで伸ばし髪 一纏めにくくっている少女が嘆いていた。
見た目は13歳程度で身長は低く、140cm後半くらいだろうか?華奢な体つきで、髪と同じ茶色の瞳をジトーっとダレさせている。
「少しは我慢しなさい。これだから小猿は…。」
さっきの少女の発言に反応したのが、見た目20歳程度で、大人っぽく、痩せ型ではあるが、出るところはでて引っ込んでるところは引っ込んでいるこの女性。身長170cm程度で、黒髪のショートボブ。瞳も黒。
強い女性といった雰囲気を醸し出している。
「うっさいな〜っ!包羽だって三歩歩けばすべて忘れる鳥頭の癖にっ!」
「桃華に言われたくありませんっ!この生意気小猿っ!」
「なにをーっ!?」
包羽と桃華はそれぞれの名前だ。
大人な女性の方が包羽で、茶髪少女が桃華だ。
「おい、いい加減にしろ。」
今度は男の声が2人の口論に割って入る。
男は、金髪にまばらに赤い髪が混ざっている。痩せ型であるが筋肉はしっかり付いていてまぁまぁな長身のようだ。大体180㎝弱といった感じだろうか。瞳は茶色、目つきは悪いが、顔は女性のような綺麗な顔をしている20代の美青年だ。
その美青年は眉間にシワを寄せながらハンドルを握っている。
「だってこの鳥頭がっ!」
「ですが、この小猿がっ!」
「「なんですってーっ!?!?!?」」
美青年の発言を機に更に口論は激しさを増した。
…ブチンッ!
何かが切れる音が聞こえた気がした。
キィーっ!!!!!!
車が急ブレーキで停車する。
ガチャガチャッ!
「テメェら、いい加減にしやがれっ!!!」
そう怒声を上げると、美青年は眉間のシワにプラス、青筋を浮かべながら運転席のシートに立ち上がった。更に片足はシートのヘッドレストに乗せている。そして、両手にはハンドルの代わりに、大型のリボルバーが一丁ずつ握られていた。
リボルバーはそれぞれが包羽と桃華をロックオンしていた。美青年は底冷えするような冷たい目で標的を見据えている。多分外すことはないだろう。
「「ひぃっ!」」
ガシッ!
2人は怒声とその冷たい目により、声にならない悲鳴を上げながら抱き合っていた。
「まぁまぁ、桃善様。2人も疲れているんですよ。こんなことで時間を使ってしまうのは無駄だと思いますよ?先へ急ぎましょう。」
桃善とは男性の名前だ。そして、桃善をたしなめた人物、真っ白な髪に紅の瞳が特徴的な美少女だ。見た目は18歳程度だろう。つぶらな大きな優しい目つきに小ぶりな鼻口がちょうどいいバランスで付いている。
肌は髪と同じく白く透き通りそうだ。綺麗な白髪は背中の真ん中くらいまで伸ばされている。
「チッ!次はそこら辺に放り出して置いてくからな?」
「「はい!気をつけますっ!」」
ブロロロロロッ
桃善は包羽と桃華にそう忠告する。2人の返事を聞き、また車を発進させた。
「ありがと〜、白糸〜。助かったよ〜。」
桃華がコソッとお礼を言う。相手は白髪の美少女だ。白髪の美少女の名前は白糸と言うらしい。
「いえ、良いんですよ。ただ、疲れてるのは私や桃善様も一緒なので、あまり身勝手な言動はとらないでね?」
「は、はいっ!」
白糸は初めの柔らかな物腰から一転、最後は周辺の温度が一度下がったように感じるほど冷たい喋り方で桃華に注意する。
「桃善様もです。知ってますか?助手席って1番死亡率が高いそうです。そこに私が乗ってるのに、急ブレーキをかけるなんて軽率だと思いませんか?」
「す、すまん…。」
どうやら、白糸が怒っている本当の理由はコレのようである。この4人のヒエラルキーは白糸→桃善→桃華=包羽のようだ。
女性は強い。
「あれは、村か?」
「地図には載ってないみたいですね。まぁ、小さな村みたいですからね。」
口論から5時間車を走らせた先に小さな村のような集落を発見した。辺りはすでに茜を通り越し、黒の世界が広がり始めていた。
「村っ!?やっとついた!?じゃあ、ご飯にしよ!」
村と聞いて一気にテンションが上がった桃華がまくし立てるように話す。
「あぁ、そうだな。村に入ったら店でも探すか。」
桃善は桃華の提案を聞き入れ、村へと車を急がせるのだった。
「店見当たらないな。」
村に入ると、そこには民家と思われる平屋しか無く、お目当の食事を摂れそうな店は見つからなかった。村の道は狭く、車が走るのは難しそうだったため、徒歩で店を探している。車は出したりしまったりできる超便利な物なのだが、その事についてはまた別の機会に話すとしよう。
「まぁ、小さな村だとよくある事だな。」
「そ、そんな〜……。」
このような小さな村は村内での自給自足で成り立っていることが多く、店を構えている事は少ない。そんなのは対して珍しいことではなかった。だが、一度期待を持ってしまうと、その後の落胆は一際大きなものになってしまう。桃華は谷のどん底まで急降下するように落ち込んでいた。
「ん?あんたら、旅の者かえ?」
ふと、横から声をかけられる。声の方を見ると、周りの民家よりかなり大きな民家の扉から1人の男性が顔を出していた。見た所60代中頃と言ったところだろうか。髪は薄くほとんど無いようだ。
「あぁ、そうだ。」
男性の問いに桃善が答えた。
「こんな何も無い村に何しに来たんだ?それこそ、泊まるとこも無いだろうに」
「旅の途中たまたま通りかかったんだ。店でも無いかと思ったが、本当に何も無いようだな。」
桃善が経緯を説明する。そこに住んでいる村人に対して何も無いと言い切るとは心臓に生えてる毛はよほど剛毛なのだろう。
「じゃあ、家でよければ、泊まってくかえ?」
男性から突然の提案だった。確かに、旅で疲れているし、ちゃんとした食事にありつけるなら願っても無い話だ。
「いいのか?」
「構わんよ。どうせ婆さんとの二人暮らしだ。部屋も余っとるし旅人一行くらいは賄えるて。」
桃善の質問にも何の問題も無いと男性は返す。
「さぁ、中にお入り。婆さん。婆さんや。客人だで。」
そう言いながら男性は家の中に桃善達を招き入れた。
そこは昔ながらの日本家屋のようで、玄関から入るとすぐ囲炉裏のある居間があった。その奥に炊事場があるようだ。そして、部屋には襖があり、その奥に廊下があるのだろう。外観通りなかなか広い家だ。
「まぁまぁ、よく来なすったねぇ?あったかい物用意すっから座って待ってな。」
炊事場から女性が顔を出す。この人が男性の奥さんだろう。男性と同じくらいの年齢だろう。白髪混じりの髪を1つにまとめてお団子にしている。
「こっち、座んなさい。」
男性が座布団を人数分用意してくれた。
桃善達は言われるがまま座布団に座った。
「周りの家よりかなり広い家だな。」
桃善が目線だけで部屋をぐるりと見回し言った。
「まぁ、儂がこの村の長じゃからな。ただ、広い家に住んどるだけで後は死ぬのを待ってるだけじゃよ。」
男性はこの村の村長らしく、自分の隠居生活をそう表現した。
「そうか。ジィさん名前は?」
「儂かえ?儂はキグモじゃよ。」
どうやら、この男性はキグモと言うらしい。ちなみに、女性は、メグモだとキグモが教えてくれた。
「似た名前だね?」
桃華が2人の名前を聞き、思ったままを口にする。桃華は思ったことは口に出してしまうタイプのようだ。
「あぁ、儂らは名前が似ているって事で仲良くなったからなぁ。何せ、昔の名前じゃよ。」
キグモは料理が出来るまでの間、昔の2人の馴れ初めなどを話してくれた。
「出来ましたよ。」
そう言いながら炊事場からメグモがやってくる。いい匂いだ。大きな鉄鍋を囲炉裏にかける。キグモがフタを開けると中は味噌鍋のようだ。様々な野菜や肉が入っていた。
「美味しそーっ!いっただきまーすっ!」
よそったご飯と、器につぎ分けた鍋をメグモから渡された瞬間、桃華は限界を迎え食べ始める。
「私たちも頂きます。」
そんな、桃華に苦笑いを浮かべながら白糸達も食べ始めた。
「美味し〜。幸せ〜。おかわりっ!」
みんな一通り食べ終わった中、桃華だけが以前食べ続けていた。すでに8回目になるご飯のおかわりを要求し、満面の笑みで食べ進める。
「おいおい、いい加減食い過ぎじゃないか?」
「だって、また明日からも旅じゃんっ!食べれる時に食べとかないとこんな美味しいものいつ食べられるかわかんないしっ!」
桃善が桃華に釘をさす。しかし、桃華には意味がなかった。どうやら、食い溜めするつもりらしい。人間にはそんな能力ないのだが…。あぁ、そういえば人間ってわけでもないか。
その後、2回おかわりをしてようやく桃華も満足した。
「じゃあ、鬼退治のために遥々旅を?」
「あぁ、そうだ。」
桃善達は食事の後、老夫婦と共に談笑していた。談笑といっても、桃善達の旅の理由などを話しているだけだが。
「鬼はめっぽう強いんだろ?大丈夫なのかえ?」
「まぁ、今の所はな。俺たちより強い鬼が現れたらどうなるかわからないが、幸い今まで出くわしてこなかったよ。」
そう。桃善達はある者の命により、鬼と呼ばれる者達を討伐するために旅をしている。
最終目標は大鬼と呼ばれる鬼達の親玉の討伐だ。
「そうか。大変だな。まぁ、今日はその事を忘れてしっかり休むといい。」
「そうさせてもらう」
「後ろにある廊下を渡って1番奥の部屋に布団を敷いてあるから、そこで寝るといいよ。」
その後、桃善達はメグモに教えてもらった寝室へと移動するのだった。
「桃ちゃんの横は私なの!」
「いいえ、桃様の横は私ですっ!」
部屋へ移動すると、そこには四枚の布団が敷かれていた。それが、この口論の発端である。
実は片側は白糸が寝ると決まっているのだ。何故そうなったのかは、彼らの出会いに由来する。どのような出会いだったのかはまた別の話。
「いい加減にしろっ!じゃん拳でても決めろっ!」
「うーっ!じゃん拳で勝負っ!」
「受けて立ちますわっ!」
桃善の提案により第○○回桃善の横は誰の手に!?大じゃん拳大会!!!が催された。
「「じゃんっ!けんっ!」」
2人の掛け声が響く。
(この小猿っ!何を出すつもりかしらっ!チョキ!?パー!?)
(じゃん拳って、グー以外何があったっけ?まぁ、グーでいいや!)
お互いがお互いの考えの元、自分の信じた最強の一手を繰り出す。
「「ポンッ!!!」」
その時、世界は止まっていた。
止まった世界が再び流れを取り戻す。
出されたお互いの手をお互いが理解した。
桃華は考え通りグーを出した。桃華の唯一にて最強と考えているこの一手に対し、包羽が繰り出したのは、考えに考え抜き、じゃん拳という簡単な勝負の中で最も思考を使う手。そう、チョキだ。開く指と握る指の2つを瞬時に再現しなければ出せないこの手に包羽は一瞬の思考の全てを賭けたのである。
勝負は決した。
もちろん。
「桃華の勝ちですね。」
「勝ったの?やったー!」
白糸が勝負の行方を審判した。
自覚はなかったようだが、勝者桃華である。
これにて、第○○回桃善の横は誰の手に!?大じゃん拳大会!!!は幕を閉じるのだった。
「くぅ〜っ!さ、三回勝負でいかがです?」
「おやすみ〜。」
包羽の大人気ない要望のは取り合う事なく、桃華は布団に入った。桃善と白糸も布団に入る。位置関係は奥の布団に桃華、その隣に桃善、続いて白糸の順だ。包羽はすすり泣きながらポツンと残された1番襖側の布団に入るのだった。
「…寝たか?」
「寝たようだね?」
夜は更け、丑三つ時を少し過ぎたぐらい。コソコソと話す声が聞こえた。
場所は桃善達が眠る部屋の前にある廊下だ。
2人はそっと襖の隙間から4人が寝ている事を確認していた。そう、キグモとメグモである。
「じゃあ、そろそろ頂くとしようかね?」
「そうしましょう。」
ズズーッ
2人はこれからの事を決定すると、ゆっくり襖を開けた。
「「いただきますっ!!!」」
その掛け声と共にキグモとメグモは、ヨダレを滴らせながら、グースカ寝息を立てて寝ている4人に飛びかかった。
バチーンッバチバチバチバチバチバチッ!
バキッン!ドンッ!
キグモとメグモが飛びかかったその時、目の前に見えない壁のようなものにぶつかった。それは電気を帯びているのか、キグモとメグモを痺れさせ吹き飛ばし、襖を破壊してようやく止まった。
「けっ、結界だと!?なんで!?」
キグモが先ほどの見えない壁の正体を見破る。そう。それは結界だった。術者に降りかかる不浄を退ける結界がそこには張られていたのである。
「あんたら、妖気を隠すのが下手くそ過ぎだ。もう少し練習したほうがいいぞ?」
キグモとメグモが部屋の中を覗くと、そこには布団の上に仁王立ちしている桃善、白糸、包羽の姿があった。
「寝ていなかったのか!?」
「当たり前だ。俺たちを喰うつもりの鬼がいるのに寝れるのは後ろのバカだけだ。」
キグモが桃善の後ろに目をやるとそこにはグースカ熟睡している桃華の姿があった。
「もう、桃華ちゃん何回起こしても起きないんだから…。」
「小猿だから仕方がないのでしょう。そのままずっと眠ってるといいんです。」
白糸は桃華を起こそうとしたらしいが、完全に熟睡しており、起きてくれなかったようだ。包羽は…。じゃん拳の恨みが残っているらしい。
「お、お前ら一体何者なんだ!?」
メグモは桃善達が只者でない事を理解し、質問した。それは、自分たちがこれから生き残るために必要な質問だったからだ。
「あぁ?飯の後話しただろ?鬼退治の桃善一行だよ。」
「そんなこと聞いてるんじゃないよっ!そんな強い力持ってる人間なんてっ…。」
桃善の適当な回答はメグモには受け入れられなかったようだ。そりゃそうだろう。自分の生死がかかっているのだから。
「そんなことはどうでもいい。このまま飯食わせてくれて寝床を与えてくれて、ついでに村を出るときに食料を分けてくれるだけで終わるんだったらお前達が鬼でも放っておくつもりだったが、俺たちを喰いに来るんだったら話は別だよな?」
なんとも、強欲な人間である。更に遠慮のカケラもない。こんな奴を泊めてやろうと思うお人好しはそうそういないだろう。
「くっ!しょうがないねぇ。」
「そうだねぇ」
キグモとメグモはそう言うと、急に顔を伏せた。
ベキッギャコッボキャグボグボッ!
異様な効果音を上げながらキグモとメグモの形が変わっていった。それは巨大な蜘蛛だった。大きさは3メートルは超えているだろう。人間の同くらいある足が8本生え、全身が黒い毛で覆われた巨大な蜘蛛。顔だけは元のキグモとメグモの顔だが、その顔には赤い目が8つ付いており、キョロキョロと周りを見渡している。額には、鬼と言われるように太い二本の角が天を指していた。
「また、デカイな。何人喰った?」
「お゛じえ゛る゛わ゛げな゛い゛だろ゛う゛っ゛!!!」
大蜘蛛となったキグモが吠える。
それと同時に太い足を一本振り上げた。
「じね゛ーっ゛!」
その声と共にキグモは振り上げた足を振り下ろした。
それは電柱が宙から降って来るかの威圧感を持って、桃善達を叩き潰そうとしていた。
「白糸」
「はい。陰陽結界っ!」
バチーンッ!
桃善の指示で白糸が結界を張る。その瞬間、キグモの腕が降ってきた。キグモの腕は結界に阻まれ、弾け飛ばされる。
ガッシャーンッガラガラガラッ!
キグモの腕は弾け飛ばされた勢いで、家の屋根を吹き飛ばした。割れた瓦が辺りに落ちて来る。
「お前らくらいの攻撃が通るわけないだろ。大人しく殺されろ」
呆れた雰囲気で桃善が降伏の要請と死刑宣告を行う。
「お゛ま゛え゛ら゛ごどぎに゛ごろ゛ざれ゛でだま゛る゛がーっ゛!!!ギィ゛ギィ゛ギィ゛ギィ゛」
メグモは叫ぶと、何かが擦れるような奇妙な音を発し出した。
「…なんだ?」
「なんでしょうね?耳障りにも程があります。」
桃善の奇妙な音に対する疑問に同じく包羽も嫌悪感を露わにした。
ガザッ!ガザゴゾッ!ガザゴゾガザゴゾッ!
メグモが発し出した奇音に反応するように周囲の民家から耳障りな音が聞こえ始めた。
バコンッ!
ある民家の扉が吹き飛び、中から1mくらいはある蜘蛛が出て来る。
バコンッ!バコンッ!バコンッ!
それは一軒に留まらず、村にある民家全てから蜘蛛が沸いてきた。完全にB級ホラー映画のような状況である。
「お゛ま゛え゛だぢっ゛!や゛づら゛を゛ごろ゛ぜっ゛!どぐに゛お゛どごだげばな゛ん゛どじでも゛ぐっ゛でや゛る゛っ゛!」
メグモは沸いてきた蜘蛛達に命令する。
どうしても桃善だけは食したいようだ。まぁ、それも無理はないのだが…。
「チッ!やるぞっ!」
「桃善様っ!桃華ちゃんはどうしますか?」
戦闘態勢に入ろうとした桃善に白糸が寝ている桃華を案じた質問を投げかける。
「ほっとけ。」
「はいっ!」
見捨てるようなそんな言い方。そう思う人もいるかも知れない。だが、白糸には大きな信頼に聞こえた。こんなところで死んだりする奴じゃない。放っておいても大丈夫だ。もし、何かあったら俺が守ると。そんな風に聞こえたのだ。それが白糸には嬉しかった。自分たちの様な半端者を信頼してくれている。それが凄く嬉しくて、つい返事に力が入ってしまった。
「やるぞっ」
「「はいっ」」
桃善の掛け声に合わせ、白糸と包羽が飛び出した。周りは地面にも、建物の壁にも、屋根の上にも蜘蛛だらけだ。
「いきますわよ?ハッ!」
シュパンッ!
包羽が蜘蛛の前で腕を振るう。そこにはいつの間にか刃渡り60センチほどのククリナイフの様な刃物が握られており、目の前の蜘蛛の頭を半分に叩き割った。
「ばがな゛っ゛!わ゛れ゛わ゛れ゛お゛に゛の゛がら゛だばぶづう゛の゛ばも゛の゛でばぎづづげる゛ごどがでぎな゛い゛ばずな゛の゛に゛っ゛!」
そう。本来、鬼を傷つけるのは困難だ。鬼は妖力を纏っているため、普通の刃物や武器では傷つけることができない。普通の武器では。
「普通じゃないんですよっ!」
シュパンッ!シュパンッ!シュパンッ!
そう言いながら包羽はいつの間にか両手にククリナイフを持ち、周りの蜘蛛を斬り伏せていった。
そう、包羽が振るう刃物は普通じゃない。その刃物は鬼達と同じく妖力を纏っていた。いや、纏うと言うと語弊がある。何故なら、妖力で作られた刃物なのだから。
「ったく!きりがないですわね!纏めて消えなさい!」
シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!
包羽は手に持っていたククリナイフを蜘蛛めがけて投げた。投げられたククリナイフは見事に蜘蛛の眉間を貫き、絶命させている。それを8回連続で行なった。
包羽は刃物を8本まで具現化出来るのだ。妖力で形作られている刃物なので手から離れると長くは持たない。飛ばすことができるのは2m程度だ。だが、だからこそ出来ることがある。
シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!シュンッ!
ナイフが消えるごとに次のナイフが別の蜘蛛を絶命させる。次々とそれが連鎖的に発生しているのだ。
「弱いですね。もう少し楽しめるかと思いましたのに残念です。」
包羽はそんな事を言いながら次々と蜘蛛を片付けていくのだった。
「多いな〜。どうしよう。」
白糸は蜘蛛達に囲まれていた。
周りにはざっと数えても20以上の蜘蛛がいるのだ。絶体絶命のピンチである。普通の人間ならば。
「しょうがないな。陰陽呪符 雷撃っ!」
シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!
白糸が自分の周りに四方向に札を投げる。
その札は真っ直ぐ蜘蛛の方へ飛ぶと、蜘蛛の直前で止まり、まるで壁に貼られているかの様に蜘蛛に対して正面を向けて宙に留まった。それは四方向全ての札がである。
バチッバチッバヂッバチッバチッ!!!
札が宙に留まった瞬間、札から電撃が迸った。それは周囲にいる蜘蛛達を貫き、焼き上がらせる。
それは、逃げようと後ろに下がる蜘蛛達にも襲いかかった。蜘蛛の逃げ足が雷の早さに勝てるわけがないのだ。
白糸は陰陽道を習得している。陰と陽2つの力を合わせて大きな力を生み出すのだ。白糸は普通の人とは違う特別な力なのだが…。
ジューゥッ
札が真っ黒に焼けきれ、電撃が止まった時、周りには黒焦げになった蜘蛛の死骸だけが残っていた。
「さて、次ですね。」
白糸はさらに次の蜘蛛に標準を向けるのだった。
バコンッ!
シュパンッ!
バチッバチッバヂッバチッバチッ!
ドンッ!
ガラッ!
ガッシャーンッ!
「ん〜っ…。うるさいな〜…。静かにしてよ…。」
周囲で桃善達VS蜘蛛の殺し合いが始まっている中、周囲の騒音により目をこすりながら起き上がる者が1人。そう、桃華である。
「ん〜っ…。んっ?なんじゃこれ!?」
桃華の意識が戻ってくる。戻ってきた時、そこには半壊した屋根と、大量の蜘蛛と、蜘蛛退治をしている桃善達の姿だった。
「ん?やっと目覚めたか?」
包羽と白糸の戦いを腕を組んで退屈そうに見ていた桃善が桃華が起きた事に気付いて声をかけた。
「これどしたの?」
「言っただろ、キグモとメグモは鬼だって。そいつらと愉快な仲間達が襲ってきたから駆除してるとこだ。」
桃善が桃華に状況を掻い摘んで説明した。それにしても、蜘蛛達が命をかけた捕食を試みているというのに、桃善からしたら害虫駆除としか思っていない様だ。かわいそうに…。
「じゃあ、敵ってこと?私も行ったほうがいい?」
桃華が状況を理解して桃善の指示を伺う。
「まぁ、あの2人だけでも問題なさそうだが、とっとと終わらせたいし行ってこい。」
「はーいっ!」
桃華は桃善の指示を受けると元気に返事をし、寝巻きのまま飛び出して行った。因みに、他の3人は昼間と同じ格好である。襲われると分かっていてわざわざ寝巻きに着替える奴など桃華以外にはいないだろう。
「せーのっ!どーんっ!」
ベキャッ!ドンッドドドッ!
そんな寝巻き姿の桃華がある蜘蛛の顔を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた蜘蛛は顔を潰しながら、後ろの蜘蛛を巻き込んで絶命した。
「ん〜〜っ!なんだ、弱いじゃんっ!これじゃ、寝起きの運動にもならないよ。」
伸びをしながらそう言う桃華に蜘蛛の大群が襲いかかってきた。蜘蛛達も、この3人の中で1番幼く、今まで寝ていた少女を最弱だと判断し、1人ずつでも片付けようと寄ってきたのだ。
「おぉー?やる気じゃんっ!いいよ〜っ!ふんっ!」
ドゴーンッ!
襲いかかってきた蜘蛛達を見て面白くなってきた桃華が蜘蛛の一匹を殴りつけ、地面で押しつぶした。その瞬間、桃華の拳から半径1m程の地面が陥没したのだ。
蜘蛛達は悟った、こいつヤバい奴だ…。と。
ズバッ!ズバッ!ズバッ!
蜘蛛達が一瞬の恐怖で動けなかった瞬間に、桃華は周りの蜘蛛達を切り捨てた。その手には鈍く輝く、飾り気のない無骨な短剣が握られていた。
「やっぱり、剛神はすごーいっ!」
そんなことを言いながらも蜘蛛を切り捨て、叩き潰し、蹴り飛ばしている。剛神とは桃華が持っている短剣の事だ。
名前の剛に相応しく、刀身部分の厚みが1㎝程ある見かけ以上の重量級武器なのだ。包羽の刃物程の切れ味はないが、重さと桃華の腕力で叩き切っている。
桃華の子供の喧嘩の様な技も技術もない戦闘で蜘蛛は瞬く間に数を減らして行った。
「わ゛、わ゛だじの゛ごだぢを゛っ゛!よ゛ぐも゛っ゛!」
「み゛ん゛な゛ごろ゛じでや゛る゛っ゛!」
メグモとキグモがそれぞれ叫ぶ。
「こいつらお前らの子供なのか?蜘蛛って高齢出産出来るんだな。初めて知ったぞ。」
桃善はメグモの発言に、今回の騒動で1番驚いた。いきなり話しかけられた時より、寝込みを襲われた時よりも、この蜘蛛達が全てメグモの子供だと言う事実が驚愕だった。
鳩が豆鉄砲を食らった顔とは正にこの顔だろうと言う顔をしている。
「う゛る゛ざい゛っ゛!じね゛ーっ゛!」
メグモが当然に向かって腕を振り下ろした。
袈裟から叩き潰す様に振るわれた腕は致死の威力を持って桃善に迫る。
バヒュンッ!
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁっ゛!!!!」
突如の銃声とメグモの叫び声が響く。
そこには真っ直ぐ突き出した左腕に握られ、銃口から煙を出している大型リボルバーと、その持ち主である無傷の桃善が居た。
桃善は振り下ろされたメグモの右の腕をその大型リボルバーで吹き飛ばしていた。腕は跡形もなく弾け飛んでいる。
「な゛、な゛に゛を゛じだっ゛!?」
横で痛みにのたうち回るメグモを見たキグモが、驚愕と憎悪を込めて桃善に問う。
「あぁ?ただ吹き飛ばしただけだろ。こんな風に。」
バヒュンッ!
キグモの問いに対して気だるげに答えながら今度は右腕を真っ直ぐ突き出し、そこに握られていた大型リボルバーをぶっ放した。
「ぎゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…っ゛!」
桃善から放たれた銃弾は、キグモの前から2本目の右脚を吹き飛ばした。
桃善の武器はこの通り、二丁の大型8連リボルバーの阿&吽だ。
阿が左手用、吽が右手用になっており、リロードの際に開く方向が違っているだけで後は同じだ。阿吽はそれぞれ銀の銃身に焦げ茶色の木製グリップが付いている。大型なだけあって、威力はライフル並みだ。ただ、最も特徴的なのは、この二丁から放たれる弾丸だ。この銃から放たれる弾丸は桃善の法力を弾丸に具現化させたものなのだ。なので、桃善の法力が尽きるまで弾を補充できる上に、本来傷つけることが出来ない鬼も簡単に殺せるってわけだ。
「お゛の゛れ゛っ゛!お゛の゛れ゛っ゛!に゛ん゛げん゛ぶぜい゛がい゛ぎがり゛お゛
っ゛でっ゛!ごろ゛ずっ゛!」
そう言いながら再び起き上がったメグモが今度は蜘蛛のお尻部分を桃善に向けてきた。
ブシューッ!
その瞬間、白い液状のものが桃善に向かって飛んで行った。液状のものは空中で個体へと変質していくようだ。桃善に届く頃には、鳥黐のの様になっていた。
「ふんっ!」
桃善はメグモが放った鳥黐を横飛びで回避する。
ブシューッ!ブシューッ!ブシューッ!ブシューッ!
メグモは先程の液体を桃善に向けて連続で発射してきた。桃善はその全てを横飛びやバク転、側宙など、アクロバティックにひらりと躱していく。
桃善が躱したせいで、背後にあったキグモとメグモの家屋は鳥黐まみれだ。
「よ゛ぐも゛や゛り゛や゛がっ゛だな゛!?」
脚一本吹き飛ばされ、戦闘から一次離脱していたキグモがメグモの加勢に戻ってきた。
ブシューッ!ブシューッ!ブシューッ!ブシューッ!ブシューッ!ブシューッ!
ブブブブブブシューッ!
メグモが続けて液体を発射する。
それに合わせ、キグモが液体をメグモ以上に乱射してきた。
「くそっ!」
ベチャッベチャッベチャッ!
桃善は動き回りながら液体を躱したが、さすがに数が多すぎた。一回当たってしまえば、とり鳥黐状になった液体に動きを妨げられ、2回目、3回目も当たってしまう。
桃善は液体の噴射の威力により体を家屋の壁に貼り付けられてしまった。
「びっ゛びっ゛びっ゛。ざま゛あ゛な゛い゛な゛。」
「ざで、い゛だだぐどじよ゛う゛がね゛?」
キグモとメグモはニヤニヤしながら桃善を見下ろしていた。こうなれば完全に袋のネズミならぬ鳥黐の桃善なのだ。
この鳥黐、かなり強力で、時間が経つにつれ、硬化していき、現在はカチカチに固まっているのだ。
「桃善様っ!!!」
「桃様っ!!!」
「桃ちゃんっ!!!」
白糸、包羽、桃華の3人が、周りの蜘蛛を蹴散らしながら、桃善が捕らえられたのを見てそれぞれ声を上げる。
絶体絶命である。自分たちが駆けつけることができないこの状況、さぞ、3人とも心配なのだろう。
「「「遊びはそれくらいにして下さいっ!(した方がいいと思います)(しなよっ!)」」」
3人は桃善のことを一切心配していなかった。それどころか、少し怒っている。こんな奴らになに捕まってるのか?と遊ぶのも程々にしろとそう怒っているのだ。
「ったく、わかったよ…。」
桃善がピンチの俺のことを心配すらしてくれない3人の声を冷たく感じながらスッと目を閉じた。
「い゛ま゛ざら゛な゛に゛がでぎる゛っ゛!!!」
キグモが叫びながら桃善を食いちぎろうと大口を開けて飛びかかった。
「煩悩(108の弾丸による)の蹂躙」
そう桃善が呟いた時、桃善を捉えていた鳥黐が一瞬で弾け飛んだ。
「う゛ぅ゛っ゛っ゛っ゛…!」
桃善に飛びかかっていたキグモは弾け飛んだ鳥黐により進行を妨げられ、声を上げる。
「な゛な゛ん゛だっ゛…。ごれ゛ばっ゛!?」
メグモが桃善の姿を見て声を漏らした。
「さぁ、死ね。」
そう呟く、桃善の周りにはライフル並みの威力がある阿吽の弾丸が規則正しく周回していた。その周回はランダムで、弾の1つ1つが桃善の周囲を球状に周回しているが、弾同士がぶつかる事はない。その数は108。名前の通りである。
桃善はその弾丸の球の中で両手をそれぞれキグモとメグモに向ける。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!…。
桃善が発砲する。それはマシンガンなのかと勘違いする程の連射だった。本来、8発までしか連射出来ない阿吽であるが、この状態では別だ。弾が切れた瞬間、シリンダーを出し、一周指の周りをガンスピンさせる事で、法力で出来た弾が勝手にリロードされるのだ。それを、左右で被らないタイミングで繰り返し行う事で、弾切れなく打ち続けることができる。
まぁ、今回はターゲットを左右に分けているため、リロード中はほんの一瞬砲撃が止むのだが、それはなんの意味もないだろう。
「あ゛…ぁ゛ぁ゛…。」
「じに゛…だぐな゛…い゛…。」
キグモとメグモそれぞれに54発。計108発の弾丸がその蹂躙を終えた。そこにはすでに原型をとどめていないキグモとメグモが、空前の灯火となったその命で蠢いていた。
「さて、2人にアドバイスだ。」
桃善はそんなことを言いながら2人に近づいた。
「1つ、旅人止めようと思うならもっとリッチな建物にしろ。なんでボットン便所なんだよ。和風が悪いとは言わねぇけど、宿泊者のことを考えた建物にしねぇとリピーターは来ねぇぞ?2つ、せっかく料理出すんだったら毒でも入れろよ。なに普通に美味しいご飯出してんだ。本当に俺たちを喰う気あるのか?あるんだったら一晩起きないくらいの睡眠薬とかじわじわ効いてくる毒とかいろいろあるだろ?道具は有効に使えっ!以上。」
バンバンッ!
言い終わると同時に左右のリボルバーから1発ずつ弾丸が放たれる。放たれた弾丸はキグモとメグモの眉間を貫いていた。その瞬間、キグモとメグモの灯火は消え、体がボロボロと崩れるように消えていった。
その後は桃善も加わり子蜘蛛駆除を行った。全ての蜘蛛を駆除し終える頃にはすでに空が明るくなり始めていた。
「さて、休めなかったが行くか。」
「はいっ!」「行きましょう。」「レッツゴー!」
桃善の出発の号令に3人が反応し、歩き始める。これからも続く長い長い面倒くさい旅を1秒でも早く終わらせるために。
誤字などありましたら適宜修正していきます。
次回も是非お楽しみください。
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