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「うーわ、六時回ってんじゃね?」
「嘘だろ⁉︎うっわヤベェ!マジで回ってんじゃん‼︎姉貴に殺される!」
カラオケから出て腕時計を見て俺がボヤくと、上島が顔面蒼白とさせて走り出す。
瞬く間に点になり、見えなくなった。
あいつのネェちゃん、以前喧嘩中のヤクザのベンツを『うるさい』っつって一喝してゴム草履のまま踏み潰して、全員素手で仕留めて土下座させてたからな…
つーか、あの時のヤクザの人達全員拳銃持ってたのに擦りもしなくて、ヤクザの人達もめっちゃ怖がってたな…人なのかな、あいつのネェちゃん。
「拓人ー、今日は何にするの?」
「そうだな…じゃあ今日は鮭とイクラの親子丼と魚介コースにすっか?」
「やったー!行こ行こー!」
そして本当にタメなのかな、こいつ…実は年下とか無いよな?
適当にぶらぶらして商店街に向かう。お、やっぱ今日はバーゲンだ。
バーゲンタイムは…よし!あと二時間ある。
俺は少し浮き足立ったまま魚屋に行く。するとおっちゃんが腕を組んで待って居た。
「遅いぞ坊主!今日は何が欲しい?」
「寿司ネタ用の鮭とイクラ、後は適当に魚介類を」
「よっしゃ!…値段は?」
「今回の余りもお裾分けするから四分の三割引で!」
「乗った!…勿論、うちの家族全員分あるよな?」
少し伺うようにおっちゃんが聞いてくる。俺は親指をビッと立てて一言。
「もち」
「よし、少し待ってろよ」
そう言って店の奥に向かうおっちゃん。
と、腕の裾を少し引かれる。誰だ?
「拓人、そう言えば相談があるんだ」
「ん?相談?」
珍しく神妙な顔をした倉間が話しかけて来る。何だろう?そんなに大変な事でもあるのか?
「実は最近ストーカーにあってるんだ」
「何だ?ヤンデレの美女か?」
「それがよりによって男なんだよ」
「へぇ〜…え?」
は?パードゥン…うん、ごめん、聞き間違いかな?
あはははは…そんな馬鹿な…
「本当なんだよ!助けてよー!」
本気で泣きながら胸元に飛び込んで来る。これはマジっぽいな。
「ならウチに暫く泊まるか?そうすりゃどこか分かんなくなって消えるだろ」
「…良いの?僕が行って迷惑かからない?」
「たかが親友一人助ける為だ。んな事気にすんなよ」
そう言っているとおっちゃんがデカイ発泡スチロールの箱を持ってきた。いや、ちょっと…何で人一人入りそうなスチロール箱持ってきてんの?
「…デカくね?」
「感謝しろよ?うちの最高級の鮭とイクラだ…仕入れ値は赤字覚悟で入れたやつだ」
「ま、マジっすか…」
そんなに期待されても困るんだが…俺の料理なんて趣味みたいなもんだぞ?
「何々?また拓人君が何か作るの?」
「本当かい?」
「にーちゃんまた何か作るの?」
と、俺とおっちゃんの会話を聞いていたであろう人達がわらわらと集まる。
「ねぇ、今度またこの商店街の真ん中にある公園でパーティしない?ほら!五周年記念もあるし!」
町内会長のおばさんが笑顔で提案する。いや、あんたの旦那さん高級ホテルのシェフ長じゃないっすか。俺は関係なく…
「そうか!拓人君がまた作るのか!」
「シェフ長⁉︎」
おいいいい⁉︎何してんの⁉︎てか何でそんなに嬉しそうなんだよ!そして倉間!お前も期待一杯のキラキラした目で俺を見るな‼︎
「何時⁉︎何時やるの⁉︎」
「そうねぇ…じゃあ明後日丁度土曜日だし、明後日やりましょう!」
「ちょ、町内会長…俺に拒否権は?」
「「無い!」」
シェフ長までなんで被ってんだよ…
「以前ウチのが君の料理を持って来てくれてな、少し食べせてもらったけど中々…いや、これは私のプライドにも関わるが、確実に私の料理より美味かったぞ」
まさかのシェフ長お墨付きー⁉︎おい、何更に喜んでんだよあんたら!作るの俺だぞ!
…いいや、もう。頑張ろう。頑張れば何とかなるだろ…うん、人間諦めが肝心だ、諦めが……はぁ…
「拓人ー!晩御飯早くしよー!」
「…そうだな…」
何も言えねぇーー!重要だからもう一度言うけど、何も言えねぇーー‼︎倉間よ…そんなキラキラした少年のような無垢な目で見るなよ!
その後、適当に色々買い、一旦別れた俺達は帰路に着いた。
そして家に帰ると荷物を纏めた倉間が居る。…うん、一つ突っ込ませてもらおう…
「倉間…だよな?」
「え?あ、う、うん…そ、そうだよ?」
「…何でワンピース着てんの?あれ?お前、男だよな?」
「当たり前だろ⁉︎」
「うん、何で?何でワンピース?」
そう、倉間は何故かワンピースを着て少し化粧していた。正直女と区別なんて一切つかない。
「い、以前僕の住んでるアパートのお隣さんからこういう格好したら他の男子は喜ぶって聞いて…」
「顔赤くすんなよ…」
「仕方ないだろ⁉︎恥ずかしいんだもん!」
「もんとかいうな、もんとか。誰得だよ」
「拓人得?」
「お前が男と知らなけりゃぁな」
「え?もしかして…可愛くなかった?」
お、おぉう…まさかのその質問。しかも潤んだ瞳の見上げ付き。いやいや落ち着け俺。こいつは男。そう、男なんだ…変な感情とか持つなよ…
「か、可愛いんじゃ無いのか?」
「そ、そうか?…って何言わせてんだよ⁉︎」
「お前が言い出したんだろ⁉︎俺、悪くねぇぞ⁉︎」
そう言ったところで『へくちっ』っと倉間がクシャミをした。まぁ、まだ五月なのにそんな格好で七時に出てりゃ寒いわな。
「中入れよ、飯作るから」
「うん…」
中に入れて俺は着替える。つってもブレザーを脱いでネクタイをとって、ワイシャツをTシャツに着替えただけだが。
どうでもいいが柄は『|Long live the celery《セロリ万歳》』だ。何?そんな事どうでもいい?当たり前だ。どうでもいい話題だからな。
二階の自室から一階のリビングに行くとソファにちょこんと座る倉間。
「飯作るから手伝うか?」
「う、うん…でもあんまり上手じゃ無いよ?」
「良いよ、手取り足取り教えるから」
「へ⁉︎」
「ん?」
「な、何でも無い…」
何でプシューッて真っ赤になってんだ?男同士、問題無いだろ?
「そう、僕は男なんだ…だからこんな感情持っちゃいけないんだ…クソ…男じゃなけりゃ…」
何か背筋がゾッとしたな。窓空いてたかな?
一先ずキッチンに向かう。倉間が前に立ち、俺は後ろから見る。
「ほら、こっち来い」
「う、うん」
「包丁はこう握るんだ」
「こう?」
うーん…違うんだよな。何でそう逆手持ちするかな?仕方ない…
「こうだ」
「わひゃぁあ⁉︎」
「どうした?」
「うなななななななななな⁉︎」
「どうしたんだよ?そんなに暴れると怪我するぞ?」
「てててててて手を⁉︎」
「こうした方が早いだろ?」
一体全体どうしたってんだよ?包丁を握る手を上から握っただけじゃ無いか。
「こうする」
「う、うん…」
「そうそう、じゃあ今度はこいついってみようか?」
そう行って筋子を出す。すると顔を青くする倉間。本当にどうした⁉︎
「気持ち悪…」
「これはこうすると…な?」
「え?テニスラケットなんて何に…って凄い!」
俺は筋子に少し切れ目を入れて古い目の開いたテニスラケットに押し当てた。そして擦り付けるとポロポロとイクラが出てくる。
うん、この裏技は発見した時俺が一番驚いたからな。楽だのなんだのと喜びに喜んだな。
「これを昆布と鰹節の入った出汁醤油に漬け込んで…でもって鮭は昆布で挟んで…」
「挟んで?」
「俺は少し風呂に行く」
「風呂?え?でもこれは?」
「しばらく置いておく」
そう言って俺は二階の自室に向かい、タオルと下着を取り出す。
そしてタオル一枚で階下に下りると倉間と会った。
「たたたたたたたたたたた拓人ぉ⁉︎なな…何その格好⁉︎」
「風呂行くからだけど?」
「た、タオルの下は?」
「何も履いてないけど?」
「…一緒に入っても?」
「良いけど?」
そう言うとまるで壊れたゼンマイ車のように走って行き、暫くするとタオル一枚だけで来た。目がギラギラしててやばかったな。大丈夫か、あいつ。
暫く廊下で佇んでいるとタオル姿の倉間が戻ってきた。ていうか…
「何で胸元まで隠してんの?」
「今は死んじゃって居ないけど…生きてた時、父さん達から風呂に入るときはしっかり胸元まで隠せって言われて来てて…一人暮らしの今でも癖になってるんだ」
「ふぅん…」
変わってんな…ま、入るか。
カラカラと扉を開け、タオルを置き一糸纏わぬ姿で浴室に入る。
何故か倉間はタオル外さないけど。
「倉間、タオルくらい外せよ」
「え?でも…僕お前と体つき全然違うよ?気味が悪いくらいに」
「だから?」
「…不気味すぎて拓人はきっと嫌う」
「…はぁ」
呆れた俺は椅子から立つと頭の上に手を置いてくしゃくしゃと撫でた。
「バーカ」
「バッ⁉︎馬鹿とは何だ⁉︎投げ捨てるぞ⁉︎」
「馬鹿だよお前は。だから馬鹿っつったんだよ馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うな!何が馬鹿なんだよ‼︎」
俺は倉間の腕を引くと浴槽に入って、力一杯引っ張り、引き摺り込む。
「うわぁ⁉︎」
「ぷはっ…おい倉間」
暫くすると水面に頭だけ出す倉間。湯船は温泉の素が入っていて濃い白になっている。
その中から手を出し今度は顔を挟んで向かせる。
「お前と俺は親友だろ?」
「うん…」
「んな下らねぇ事で嫌うかっての」
「…本当?」
「おう、本当だ」
そう言うとキュッと口を結ぶ。そしてザバリと立ち上がった。タオルは濡れて体に密着し、その姿をありありと浮き彫りにさせた。
そして俺は倉間を浴槽に引き摺り込んだ事を、この上なく後悔した。
何故なら…そのタオルの胸元には、男にはあるまじき柔らかそうな双丘が有るからだ。