フィルム
俺は恋をした。彼女は俺をいつもじっくりと見つめてくれている。だが俺は彼女に触れることすらできない。
犯人が路地裏を逃走している。追いかける女警官が銃を向ける。銃弾が発射され、犯人の腕を掠める。彼女は舌打ちをして、再び追いかけ始める。
狂った殺人鬼が、斧を彼女に振り下ろす。家の中は赤く染まり、彼女の夫も、幼い子供二人も、一家は皆、息絶えた。窓から漏れる夜の月光に照らされて、殺人鬼は咆哮する。
気付いてもらう為に、俺は何でもした。いや、本当は気付いてくれているのだ。だって彼女は何度も俺の名前を読んでくれている。俺の努力を何度も褒めてくれている。それでも俺の言葉に耳を傾けてくれていないのは、俺がチョイ役だからなのかもしれない。
俺は「光景」。あらゆる映像作品の一瞬としての存在。
「ねぇ、今の俺はどうだった、監督?」
「うん、また良いシーンが撮れた!」
彼女の笑顔が、俺の生きがい。
2016/09/03 初稿