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三十路から始める異世界生活  作者: 結城明日嘩
一章 33歳のルーキー
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天使との邂逅

 あれから一週間が過ぎて、俺の収支はとんとんの状態になってきた。

 義勇兵の多くは、ゴブリンなどの妖魔を相手にするため、森で小動物を狩る者はいない。

 そのため、狩った獲物は安定して売ることができた。

 ただ獲物を見つけれるかが、収支に直結する。動物達の生息域が分かってくるにつれて、発見率も上がってきていた。

 ゴブリンと遭遇することもあったが、二、三匹で行動しているので、逃げるか隠れるかでやり過ごした。

「いや、義勇兵の狩人ってなぁそういうんじゃねえから」

 とはイタオさんの言だが、今のところはどうしようもない。

 ただ稼ぎを上げていかないと、生活環境を維持することもできなくなる。

 着ている服も、使ってる弓も痛んでくるし、矢に至っては消耗品だ。補充する度に、財布が軽くなってしまう。

「やっぱり稼ぐには妖魔を退治するしかないんだよなぁ」

 そうは思いながらも小動物を探す。茂みに身を潜め、辺りの音を感じるのだ。わずかな草の揺れ、木に当たる音。鳴き声。それらを捉えて狙いを絞る。

「……!」

 すると声というか、悲鳴らしきものが聞こえてきた。

 この森に義勇兵が来ることは少ない。ゴブリンも居るには居るが、その数が少なく遭遇するには時間がかかるのだ。狩り場としておいしくないのだという。

 俺自身、この森で他の義勇兵に出会ったことはなかった。

「……すけ……」

 その声はこちらに近づいて来ている。俺はそちらに向けて走り出した。


 一週間の狩猟生活で、この辺りの地形と、音による方向判断は鍛えられていた。

 間違うことなく現場に到着する。

 小柄な人影がゴブリン三匹に追われていた。俺はそれを確認すると、弓を構えて射撃。ゴブリンの肩に矢が突き立った。

「ぎょひょっ!?」

 突然の痛みに声を上げ、キョロキョロと辺りを見回す。他の二匹も立ち止まる。

 おかげで狙いやすくなり、次の矢は一体の喉を貫いた。

 数を減らす事には成功したが、相手にもこちらの位置が知られる。こちらを指さしながら駆けてきた。

 まだ多少の距離があったので、二射ほど射掛けたが、ゴブリンの持つ板きれのような盾に防がれた。

 俺は腰から鉈を引き抜いて身構える。本来は草木を切り払うものだが、近接では凶器となり得る。斬る道具なので、堅いものとは相性が悪いが、ゴブリンの粗末な装備ならなんとかなる……はず。

 左肩から矢を生やしたゴブリンから狙う。相手の左側に回り込む様にしながら鉈を繰り出すと、板きれで防ごうとしてくる。

 盾の上から何度か殴るうちに肩に響いてきたのか、盾を使わず避けようとする。そこを詰め寄って切りつけると、浅いが傷が付きだした。そうなればもうワンサイドだ。

 一方的に切り続け、何とか仕留める。その頃には息が上がって、注意が散漫になっていた。

「ぐがっ」

 訪れたのは痛みと言うより衝撃。後頭部を殴られて、地面に転がった。

 ゴブリンはそんな俺を踏みつけながら、こんぼうとも呼べない木の棒で殴り続ける。

 俺は頭を庇うだけで精一杯だ。

 相手が疲れるのを待つしかないのか?

 頭はガンガンと痛み始め、意識が遠のきそうになる。これで俺は終わるのか……?


「えいっ」

 そんな声と共に、ぽかっという音が聞こえた。

「くぎゃ?」

 叩かれたであろうゴブリンは、戸惑うような声を出した。

 誰かが攻撃したようだが、全く効いた様子はない。ただ俺への攻撃も止んでいた。

 俺はいつの間にか瞑っていた目を開けて、周囲を確認。鉈の落ちてる位置を確認すると、一気に上体を起こした。

 俺を踏みつけていたゴブリンは、バランスを崩して尻餅をつく。

 鉈を拾い上げると、ゴブリンに覆い被さるように叩きつける。もう立ち上がるだけの気力はない。目には汗が流れ込み、開けていられない。手探りで鉈を振るって、ゴブリンの息の根を止めた。


「光の女神ルミナよ、この者に癒しの奇跡を」

 その声と共に身体が暖かくなる。

 ガンガンと割れるように痛かった頭が治まってくる。

 すると洗ってない靴下というか、履き古した靴のような異臭に顔を上げた。

 倒したゴブリンに突っ伏して、ボロ布のような服に顔を埋めていたようだ。

「お、おぇっ、ぷっぷっ」

 あまりの悪臭にえづき、口の中の唾を吐き出す。水筒で何度も口をすすいで何とか落ち着いてきた。

「あのっ、大丈夫ですか?」

 俺の背中をさすりながら、鈴が鳴るような綺麗な声で語りかけている存在に、ようやく気付く。

 振り返るとそこには天使がいた。


 幼い丸顔に大きな瞳、長い睫毛。上気した頬は朱く染まり、桜色の柔らかそうなぷっくりとした唇が、不安そうに歪んでいる。

 柔らかそうなプラチナの巻き毛がそんな顔を縁取っていた。

 潤んだ瞳に見つめられると、落ち着かない気持ちにさせられる。

「だ、大丈夫、大丈夫」

 そう言いながら慌てて立ち上がろうとしたが、思った以上に力が入らない。またへたり込んでしまう。

 そんな俺にすっと手が差し出される。そのまま握ろうとして、手が赤黒いのに気づく。慌てて手袋を外してその手を握る。

 小さくて柔らかな手だった。

「あ、ありがとう」

「いえ、こちらこそ、危ないところを助けて頂きました。ありがとう」

 そういって微笑みかけてくる。


 天使の名はマコトというらしい、義勇兵として森に木の実や薬草の採取に来たところを、ゴブリンに見つかり追いかけられていたそうだ。

 神官なのだがどうにもパーティーに馴染めず、今は一人でこなせる仕事をやっているらしい。

 思わずパーティーを組まないか誘いそうになったが、下心があるように思われるのを恐れて切り出せなかった。

 そう思ってしまっている時点で、下心はあるのだろうが……。

 二人で義勇兵用の寄宿舎へとそんな話をしながら戻った。


 宿舎の自分の部屋に戻った俺は、ひどい疲れにそのまま寝てしまおうかと思ったが、全身血塗れだ。洗濯しないと着る服はないし、ベッドも汚れてしまう。

 疲れ切った身体を引きずるようにして、共同浴場へと向かう。

 風呂桶にお湯を汲み上げ、服を入れると真っ黒というかドロドロ状態になっていた。何度かそうやって汚れを落としていると、新しい客がやってきたようだ。

 脱衣所で服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿で現れたのは、マコトだった。

「えぇっ? マコト!?」

「あ、タダナリさんもお風呂ですか?」

 思いっきり顔を逸らしながら考える。

(これはアレか、助けてくれたお礼にお背中流します的な素敵イベント? いや、ここで会ったのは偶然だったような感じだ。俺が女湯に入ってた!? 疲れていたし間違えたか!)

 いや、頭の片隅では理解していた。顔を背けた振りして、しっかりと見ていたのだ。

 マコトは男の娘だということを。

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