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三十路から始める異世界生活  作者: 結城明日嘩
ローンガンナー
17/22

小さな仲間

ちょっと長くなりました……


昨日はPVが600を越えててドキドキ。

まあ、更新で目に付いただけなのかもですが

楽しんでいただけていれば幸いです。

 イタオさんに貰った金貨はすぐには使わなかった。返すのに使うとしても、最後の方がいいと思ったのだ。

 一時的に収入が増えるというのも不自然である。

(借金を返すとルカに会う口実がなくなる、とかじゃないんだからね)

 ぶっちゃけ、ルカの外見は好みなのだが、あの性格は怖い。こちらの骨の髄まで吸い尽くされそうだ。

(俺に余裕ができればあるいは……)

 などと考えても現状では仕方ないじゃないか。

 そのためには、少しずつでも蓄えを増やす事が必要なのだ。

(って思考がキャバ嬢に貢ぐ男になってるか)

 キャバ嬢が何かは一瞬で忘れたが。


 そんなこんなで俺は枯れ森へと通い、ゴブリン狩りよりは少し増えた稼ぎを積み立てていく。

 そして三日が過ぎたとき、それは起こった。

「食べてみてくれ」

 狩り帰りにひぐらし亭へと寄ると、目の前にピンク色の物体が現れた。

 生肉よりも蛍光色に近いケバいピンク色。艶のある桃のような色とでも言うのだろうか。

 自信ありげに勧められても、箸をのばすには抵抗がある。

「ほれ、毒なんかねえょ」

 そういって、俺の皿からピンクの物体を一本取ると、そのまま口に入れた。コリコリという意外と硬質な音を立ててから嚥下する。

「ええぃ、ままよ」

 俺は勇気を振り絞り、その物体を口に運んだ。

 身がしっかり詰まっているのだろう、しっかとした歯応え。噛みしめると、濃厚な出汁が溢れ出す。野菜とも肉とも違う、なんとも言えぬ旨味。かつてどこかで食べたような気もする。

「しい……たけ?」

「おう、俺もその名が浮かんだな。甘いだけでも塩辛さでもない、しっかりとした味だろう?」

「あ、ああ」

 俺は続けて二本目をかじる。その歯応えはしっかりとして、コリコリと音がするほど。そして、噛めば噛むほど味が出てくる。

 しいたけはこんなのじゃなかったという意識もあるが……。

「これは……美味しいかも」

「おう、今後の目玉メニューになりそうだ。そのまま食べるだけでなく、出汁をとるのにも使えそうだし、今までにない料理がつくれそうだ」

 改めてこのピンクのキノコの採取を依頼された。


 翌日、枯れ森へと足を踏み入れる。

 紫の視界にも、やや慣れてきた。鷹の目を活かして、あたりを見渡す。

 近くにオークの姿は無く、木の根元にピンクの群生を見つけた。

 近づいて見ると確かにあのキノコだ。

 傘が大きく開き、裏側は筋が深い。茎の部分は硬質で、身が締まっているのが分かった。

(よし、コレコレ)

 俺は早く見つかった事に喜びながら、キノコを摘んでいく。

 しばらくすると、何かの気配を感じた。

 オークではない。

 もっと小さい、僅かな鳴き声のような……。

 俺は耳を澄ませてその気配を探る。

「……」

 声にならない、かすれた呼気を聞いた気がした。

 近くの枯れ木に駆け寄り、その根元を見ると、傘の大きな茶色いキノコの陰に、白い物体がある。

 キノコをかき分けると、目を閉じて体を震わせる獣が倒れていた。

 純白の体毛に、犬科の顔。ボリューム感のあるしっぽ。柔らかな体毛は、まだ生後間もない感じである。

 俺は予備の浄化バンダナを取り出して優しくくるむ。ここの毒素にやられたのだろうか。

 その獣を懐に入れてあたりを見渡すと、近くに血痕が残っていた。

 それをたどっていくと、大きな血溜まりと動物の体毛。刃物を振り下ろして跡などがあった。

(この子の親か? オークにでもやられたのだろうか)

 我が子だけは守ろうと、木の陰に隠し、自分が囮になった?

 獣にそんな判断ができたのか不明だが、この子だけが残されていた理由はそれくらいしか思いつかない。

(何にせよ、安全なところに連れて行くか)

 俺は来て早々に、帰ることにした。


 イタオさんにキノコを届けつつ、獣の様子を見せる。

「うーむ、弱ってるな」

「ああ、枯れ森の毒素にやられたんだとは思うけど。獣医とか知ってます?」

「神官で直せるか?」

「アンタ、何ギルドに所属してるのよ!」

 食い入るように獣を見つめていたルカが、怒ったように声を出す。

「え? 狩人……、あ、そうか」

 狩人のスキルの中に、犬や狼を飼育して、猟に使うスキルがある。ペットの管理に関する諸々の知識は、狩人ギルドにあるのだ。

「俺、行ってきます!」

 白い獣をそっと抱えて、ギルドへと向かった。


 二十代半ばの爽やかな青年が、俺の指導教官だ。焼けた肌に、妙に白い歯が光っている。

「アルビノか……育てるのは難しいよ?」

「とりあえず、治療をして貰えますか?」

「うむ、それは何とかなるだろう」

 教官の青年、タリクは戸棚から緑の塊を取り出して、白い獣の口に詰め込んだ。

 薬草の塊なのだろう。

 突然のことに獣は目を見開き、続けてコンコンとせき込むように戻した。

 吐き出した緑の塊の中に、紫の液体が混ざっている。これが毒素か、あの森の水でも飲んだのだろうか?

 続いて綺麗な水で口元を濯いで、もう一度、緑の塊を詰める。

 今度もコンコンと吐き出したが、先ほどよりも紫色が薄くなっていた。

「うん、これでとりあえずはいいかな。あとは綺麗な水を飲ませて、寝かしてやれば大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます」


 白い獣が落ち着いたのを見ながらタリクと話す。

「キツネ……ですよね?」

「そうだろうね。色素異常、アルビノって奴で、白いんだろう。こういうのは、日焼けに弱かったりして長生きしづらいよ」

 と言われても、今更捨ててくる気にもならない。

「獣育成系のスキルを取得します」

「まあ、何事も経験か。でも、野生の獣は、育成が難しいよ。『意思伝達』の儀式をすれば、大丈夫だろうけどアルビノだしねえ」

「意思伝達?」

「動物に人の考えを伝えれるようになるんだよ。躾をしなくても、ある程度の命令は聞くようになる」

 そう聞くと便利そうだ。

「費用が高いから長生きしない個体には、お勧めできないよ」

 逆に長生きさせる為には、必要なんじゃないだろうか。日焼けに弱いなら、外は危険だと教えなきゃいけないし、逃げ出したりすると大変だ。

 簡単な命令でも、できるに越したことはない。

「で、おいくらなんです?」

「金貨一枚」

「ぐっ」

 確かに高い……でも、払えなくもない。この前イタオさんから貰った一枚がある。

 これは天啓なんだろう。

「わかりました、お願いします」

 金貨を取り出して渡す。

「いいんだね? 下手すりゃ、1ヶ月も保たないかもだよ?」

「はい、後悔したくないので!」


 それからタリクに儀式をして貰う。魔法陣の上で、呪文とともに俺の血を舐めさせる。

 俺とこの子との間に、確かな絆ができた気がした。

「よろしくな」

『あり……がと』

 突然声が聞こえた気がした。

「これって、相手の声も聞こえるんです?」

「それはないよ、感情なんかは伝わる事もあるけど。腹減ったとか、怒ったくらいは分かるかもね」

 うーん、俺の気のせいか。

 子ギツネは、俺の事を見上げながら欠伸をする。

『もうすこし、ねます』

「お、おう」

 俺の膝の上で丸くなると、くうくうと寝息を立て始めた。

「簡単な飼育マニュアルは、サービスであげるよ。精々長生きさせてやってくれ」

 タリクが冊子を渡してくれる。

 俺は子ギツネをそっと抱えて懐に入れると、ギルドをあとにした。


 ひぐらし亭に戻ると待ちかねたようなルカがいた。

「で、どうだったの? 大丈夫なの?」

「あ、ああ」

 その勢いに押されるままに、懐から子ギツネを出してやる。狭いところに押し込めてしまっていたが、本人はあまり気にしてないようす。

『あったかかったです』

「そうか」

 俺は柔らかな布地をカウンターに敷くと、そこへ子ギツネをおろしてやる。

「おい、ここは飲食店なんだか……」

「だから何?」

 衛生的には動物の持ち込みを許可したくないんだろうが、ルカの睨みにイタオさんがたじろぐ。

 実際、衛生面を気にするような客はいないだろうしね。このボロ店舗じゃ。

「お前、今失礼なこと考えただろ?」

 妙に鋭いイタオさんに、睨まれた。

「お、俺だって、ルカに睨まれることはできねーんだよ……」

 鋭くなかった。


 ほわほわした微笑みを浮かべながら、子ギツネをブラッシングしてやるルカを、珍しげに見ながらイタオさんと話す。

「ということで、狩人のパートナーとして育てる事にしました」

「まあ、キツネも犬も変わらんだろうし、それはいいんだが……日焼けに弱いとか大丈夫なのか?」

「そうですね……服を着せるとか?」

「毛皮の上からか?」

「お洋服! いいわね、それ!」

『ふく?』

「いや、お日様にあたると火傷とかするだろ?」

『おそと、ひりひりします』

「それをマシにできるかなって」

『それしたら、いっしょ、できます?』

「様子見ながらだけどな」

『ふくきます!』

「おう、試してみような」

 子ギツネと話していると、イタオさんとルカが、『ヤバい、こいつ電波だ』的な顔でこちらを見ている。

「いや、あのですね、『意思伝達』というスキルが……」

 狩人ギルドでのいきさつを話して聞かせる。

「金貨一枚……ねぇ」

「うっ」

 価格までポロッとこぼして、ルカに睨まれた。

「でもペットと会話できるのは便利だな、躾しやすそうだ」

「何か人の意志を伝えるだけっぽいんですが、この子はこっちにも話せるみたいで」

「狩人ギルド……転職しようかしら」

 ルカがそこまで小動物好きだとは思わなかった。


「で、この子の名前は?」

「名前……そう言えば、名前は何て言うんだ?」

『なまえ?』

「親とかに何て呼ばれてたんだ?」

『うーん、おい、とか、わがこ、とか』

 どうやら名前という概念がなかったみたいだ。

「じゃあ、つけてやる方がいいな……ハクコとか?」

「そんな適当な! カヨウとかダッキとかタマモなんかがいいんじゃない?」

 よく分からないが、禍々しい雰囲気を感じる。

『ハクコ、ハクコがいい』

「うん、じゃあ本人も気に入ったみたいだしハクコで。よろしくな、俺はタダナリだ」

 ルカは不満そうにしていたが、本人の意見を尊重する。

 こうして俺に新たな仲間ができた。

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