小さな仲間
ちょっと長くなりました……
昨日はPVが600を越えててドキドキ。
まあ、更新で目に付いただけなのかもですが
楽しんでいただけていれば幸いです。
イタオさんに貰った金貨はすぐには使わなかった。返すのに使うとしても、最後の方がいいと思ったのだ。
一時的に収入が増えるというのも不自然である。
(借金を返すとルカに会う口実がなくなる、とかじゃないんだからね)
ぶっちゃけ、ルカの外見は好みなのだが、あの性格は怖い。こちらの骨の髄まで吸い尽くされそうだ。
(俺に余裕ができればあるいは……)
などと考えても現状では仕方ないじゃないか。
そのためには、少しずつでも蓄えを増やす事が必要なのだ。
(って思考がキャバ嬢に貢ぐ男になってるか)
キャバ嬢が何かは一瞬で忘れたが。
そんなこんなで俺は枯れ森へと通い、ゴブリン狩りよりは少し増えた稼ぎを積み立てていく。
そして三日が過ぎたとき、それは起こった。
「食べてみてくれ」
狩り帰りにひぐらし亭へと寄ると、目の前にピンク色の物体が現れた。
生肉よりも蛍光色に近いケバいピンク色。艶のある桃のような色とでも言うのだろうか。
自信ありげに勧められても、箸をのばすには抵抗がある。
「ほれ、毒なんかねえょ」
そういって、俺の皿からピンクの物体を一本取ると、そのまま口に入れた。コリコリという意外と硬質な音を立ててから嚥下する。
「ええぃ、ままよ」
俺は勇気を振り絞り、その物体を口に運んだ。
身がしっかり詰まっているのだろう、しっかとした歯応え。噛みしめると、濃厚な出汁が溢れ出す。野菜とも肉とも違う、なんとも言えぬ旨味。かつてどこかで食べたような気もする。
「しい……たけ?」
「おう、俺もその名が浮かんだな。甘いだけでも塩辛さでもない、しっかりとした味だろう?」
「あ、ああ」
俺は続けて二本目をかじる。その歯応えはしっかりとして、コリコリと音がするほど。そして、噛めば噛むほど味が出てくる。
しいたけはこんなのじゃなかったという意識もあるが……。
「これは……美味しいかも」
「おう、今後の目玉メニューになりそうだ。そのまま食べるだけでなく、出汁をとるのにも使えそうだし、今までにない料理がつくれそうだ」
改めてこのピンクのキノコの採取を依頼された。
翌日、枯れ森へと足を踏み入れる。
紫の視界にも、やや慣れてきた。鷹の目を活かして、あたりを見渡す。
近くにオークの姿は無く、木の根元にピンクの群生を見つけた。
近づいて見ると確かにあのキノコだ。
傘が大きく開き、裏側は筋が深い。茎の部分は硬質で、身が締まっているのが分かった。
(よし、コレコレ)
俺は早く見つかった事に喜びながら、キノコを摘んでいく。
しばらくすると、何かの気配を感じた。
オークではない。
もっと小さい、僅かな鳴き声のような……。
俺は耳を澄ませてその気配を探る。
「……」
声にならない、かすれた呼気を聞いた気がした。
近くの枯れ木に駆け寄り、その根元を見ると、傘の大きな茶色いキノコの陰に、白い物体がある。
キノコをかき分けると、目を閉じて体を震わせる獣が倒れていた。
純白の体毛に、犬科の顔。ボリューム感のあるしっぽ。柔らかな体毛は、まだ生後間もない感じである。
俺は予備の浄化バンダナを取り出して優しくくるむ。ここの毒素にやられたのだろうか。
その獣を懐に入れてあたりを見渡すと、近くに血痕が残っていた。
それをたどっていくと、大きな血溜まりと動物の体毛。刃物を振り下ろして跡などがあった。
(この子の親か? オークにでもやられたのだろうか)
我が子だけは守ろうと、木の陰に隠し、自分が囮になった?
獣にそんな判断ができたのか不明だが、この子だけが残されていた理由はそれくらいしか思いつかない。
(何にせよ、安全なところに連れて行くか)
俺は来て早々に、帰ることにした。
イタオさんにキノコを届けつつ、獣の様子を見せる。
「うーむ、弱ってるな」
「ああ、枯れ森の毒素にやられたんだとは思うけど。獣医とか知ってます?」
「神官で直せるか?」
「アンタ、何ギルドに所属してるのよ!」
食い入るように獣を見つめていたルカが、怒ったように声を出す。
「え? 狩人……、あ、そうか」
狩人のスキルの中に、犬や狼を飼育して、猟に使うスキルがある。ペットの管理に関する諸々の知識は、狩人ギルドにあるのだ。
「俺、行ってきます!」
白い獣をそっと抱えて、ギルドへと向かった。
二十代半ばの爽やかな青年が、俺の指導教官だ。焼けた肌に、妙に白い歯が光っている。
「アルビノか……育てるのは難しいよ?」
「とりあえず、治療をして貰えますか?」
「うむ、それは何とかなるだろう」
教官の青年、タリクは戸棚から緑の塊を取り出して、白い獣の口に詰め込んだ。
薬草の塊なのだろう。
突然のことに獣は目を見開き、続けてコンコンとせき込むように戻した。
吐き出した緑の塊の中に、紫の液体が混ざっている。これが毒素か、あの森の水でも飲んだのだろうか?
続いて綺麗な水で口元を濯いで、もう一度、緑の塊を詰める。
今度もコンコンと吐き出したが、先ほどよりも紫色が薄くなっていた。
「うん、これでとりあえずはいいかな。あとは綺麗な水を飲ませて、寝かしてやれば大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
白い獣が落ち着いたのを見ながらタリクと話す。
「キツネ……ですよね?」
「そうだろうね。色素異常、アルビノって奴で、白いんだろう。こういうのは、日焼けに弱かったりして長生きしづらいよ」
と言われても、今更捨ててくる気にもならない。
「獣育成系のスキルを取得します」
「まあ、何事も経験か。でも、野生の獣は、育成が難しいよ。『意思伝達』の儀式をすれば、大丈夫だろうけどアルビノだしねえ」
「意思伝達?」
「動物に人の考えを伝えれるようになるんだよ。躾をしなくても、ある程度の命令は聞くようになる」
そう聞くと便利そうだ。
「費用が高いから長生きしない個体には、お勧めできないよ」
逆に長生きさせる為には、必要なんじゃないだろうか。日焼けに弱いなら、外は危険だと教えなきゃいけないし、逃げ出したりすると大変だ。
簡単な命令でも、できるに越したことはない。
「で、おいくらなんです?」
「金貨一枚」
「ぐっ」
確かに高い……でも、払えなくもない。この前イタオさんから貰った一枚がある。
これは天啓なんだろう。
「わかりました、お願いします」
金貨を取り出して渡す。
「いいんだね? 下手すりゃ、1ヶ月も保たないかもだよ?」
「はい、後悔したくないので!」
それからタリクに儀式をして貰う。魔法陣の上で、呪文とともに俺の血を舐めさせる。
俺とこの子との間に、確かな絆ができた気がした。
「よろしくな」
『あり……がと』
突然声が聞こえた気がした。
「これって、相手の声も聞こえるんです?」
「それはないよ、感情なんかは伝わる事もあるけど。腹減ったとか、怒ったくらいは分かるかもね」
うーん、俺の気のせいか。
子ギツネは、俺の事を見上げながら欠伸をする。
『もうすこし、ねます』
「お、おう」
俺の膝の上で丸くなると、くうくうと寝息を立て始めた。
「簡単な飼育マニュアルは、サービスであげるよ。精々長生きさせてやってくれ」
タリクが冊子を渡してくれる。
俺は子ギツネをそっと抱えて懐に入れると、ギルドをあとにした。
ひぐらし亭に戻ると待ちかねたようなルカがいた。
「で、どうだったの? 大丈夫なの?」
「あ、ああ」
その勢いに押されるままに、懐から子ギツネを出してやる。狭いところに押し込めてしまっていたが、本人はあまり気にしてないようす。
『あったかかったです』
「そうか」
俺は柔らかな布地をカウンターに敷くと、そこへ子ギツネをおろしてやる。
「おい、ここは飲食店なんだか……」
「だから何?」
衛生的には動物の持ち込みを許可したくないんだろうが、ルカの睨みにイタオさんがたじろぐ。
実際、衛生面を気にするような客はいないだろうしね。このボロ店舗じゃ。
「お前、今失礼なこと考えただろ?」
妙に鋭いイタオさんに、睨まれた。
「お、俺だって、ルカに睨まれることはできねーんだよ……」
鋭くなかった。
ほわほわした微笑みを浮かべながら、子ギツネをブラッシングしてやるルカを、珍しげに見ながらイタオさんと話す。
「ということで、狩人のパートナーとして育てる事にしました」
「まあ、キツネも犬も変わらんだろうし、それはいいんだが……日焼けに弱いとか大丈夫なのか?」
「そうですね……服を着せるとか?」
「毛皮の上からか?」
「お洋服! いいわね、それ!」
『ふく?』
「いや、お日様にあたると火傷とかするだろ?」
『おそと、ひりひりします』
「それをマシにできるかなって」
『それしたら、いっしょ、できます?』
「様子見ながらだけどな」
『ふくきます!』
「おう、試してみような」
子ギツネと話していると、イタオさんとルカが、『ヤバい、こいつ電波だ』的な顔でこちらを見ている。
「いや、あのですね、『意思伝達』というスキルが……」
狩人ギルドでのいきさつを話して聞かせる。
「金貨一枚……ねぇ」
「うっ」
価格までポロッとこぼして、ルカに睨まれた。
「でもペットと会話できるのは便利だな、躾しやすそうだ」
「何か人の意志を伝えるだけっぽいんですが、この子はこっちにも話せるみたいで」
「狩人ギルド……転職しようかしら」
ルカがそこまで小動物好きだとは思わなかった。
「で、この子の名前は?」
「名前……そう言えば、名前は何て言うんだ?」
『なまえ?』
「親とかに何て呼ばれてたんだ?」
『うーん、おい、とか、わがこ、とか』
どうやら名前という概念がなかったみたいだ。
「じゃあ、つけてやる方がいいな……ハクコとか?」
「そんな適当な! カヨウとかダッキとかタマモなんかがいいんじゃない?」
よく分からないが、禍々しい雰囲気を感じる。
『ハクコ、ハクコがいい』
「うん、じゃあ本人も気に入ったみたいだしハクコで。よろしくな、俺はタダナリだ」
ルカは不満そうにしていたが、本人の意見を尊重する。
こうして俺に新たな仲間ができた。




