天使との約束
俺の隣には綺麗な女性が座り込んでいた。俺の手を取り涙を流している。
しかし俺にはその涙を拭うことも、艶やかな黒髪を撫でてやることも、震える細い肩を抱きしめてやることもできない。
(俺にできることはないのか……)
「金貨十枚払ってから死んで」
「うわあぁぁ!」
何か言いようのない恐怖に狩られて目が覚めた。
「起きたかね?」
「うわあぁぁ!」
そして目を開けると、しわくちゃのじいさんの顔が、キスしそうな距離にあった。
「失礼な奴じゃな、うなされてるから起こしてやろうとしたのに」
こ、ここは?
てか、俺に何があったんだっけ?
「あら、ようやくお目覚め?」
既に見慣れた感がでてきた小柄な女性のローブ姿が、そこにはあった。今も目深にフードを被っている。
俺はルカから詳しい話を聞いた。どうもあのミリアとかいう女を倒した後、ルカに助けられたらしい。
「寝起きにルカの泣きそうな必死の声を聞かされて、夢かと思うたわ……」
じいさんが何か言い掛けたが、不自然に黙った。
血塗れの俺は、元神官の経営する診療所に連れてこられた。そこで治療を受けて、一命を取り留めたらしい。
ただ潰された左目は視力を失っていた。
魔法で傷口を塞いでも、失った血液までは戻らず、意識の回復に三日かかったそうだ。
「どうもありがとうございます」
「礼ならルカ嬢ちゃんに言うんだな」
「ルカさん、ありがとう」
「べ、別に、アンタに死なれると、寝覚めが悪くなるから、仕方なくよ」
そっぽを向いてそんな事を言う。
こ、これはツンデレというやつか!
「それと感謝料で金貨十枚貰うからね」
「ふぇ!?」
金貨は銀貨百枚に相当する。
それを十枚とか無理である。
「そうね、まずは銃のレシピを買って貰いましょう」
俺が寝ている間に、色々と考えていたようだ。
鍛冶屋のボルツさんに銃の製造権を買って貰うことになった。既にルカから話は通っていたようで、金貨十枚で売れる。
画期的ともいえる技術なので、もっと高く売ることもできたが、初心者パーティーの生存率をあげる事にもなるので、そこは妥協した。
「もちろん共同開発だから、私も五枚貰うわよ」
貰った金貨の半分が、ルカの手元へ。
診療所に行くと、治療費として金貨五枚を請求された。絶対口裏を合わされているが、助けて貰った事は間違いないので支払うしかなかった。
「働いて払います」
「うむ」
久々にやってきたひぐらし亭で、金貨十枚の感謝料を支払う契約書にサインさせられた。
ヘミナ城跡で一日頑張れば銀貨十枚、百日もあれば返せるさ……いや、その間の宿泊費や食費、装備も必要で……半年はかかるか。
「とりあえずタダナリの快気祝いだ、今日はおごってやるよ」
イタオさんの好意に涙が出そうになる。
出された料理は、肉厚のステーキ。思い切り頬張ると、ジューシーな肉汁が……。
「って、辛っ、辛い!?」
慌てて水を飲むが、いっこうに治まらず、かえってピリピリが酷くなる。
「な、なんれ、これ、からひっ」
「お前、俺との約束破って、マコトの仇をとろうとしただろうが」
イタオさんも大層ご立腹だったのである。
心配してくれていたのだろうが、今は辛さで死にそうになってるんですが!
しばらくそうやって悶絶してたのを堪能して、ポーションを飲まされる。
何とか舌のピリピリは治まった。
辛さは舌がダメージを受ける事で感じる味なんだそうな。なので治癒ポーションを飲むと緩和されるらしい。
「これに懲りて、俺の言うことは聞けよ」
「ふぁい、すいまふぇんでした」
こうして多額の借金を背負うことになったが、俺は命をつなぎ止めた。
マコトの元へはまだ行けないみたいだ。
もう少し待っててくれよな。
土産話を仕入れて置くから、楽しみにしててくれ。
これは俺とマコトとの約束だ。
前回で賞を終えるつもりでしたが、後日談をまとめて書いてみました。
次は多額の借金を返す展開になっていくはず?




