第96話 前を見ろ、
若者のヒソヒソ声と大人たちの苦しい顔に見守られて、一本道をペタペタと歩き続けた。
歩き続けている途中、何度もアンジェは一緒に連れられている老人を見た。
アンジェの一歩後ろを歩く老人を見るのは至難の業で、チラチラとしか見れなかったが、いつ見ても老人と目が合う。何の後悔もないように、堂々と前を向いて歩く老人の強い眼差しと、合う。
(おじいさん…………私のせいで捕まったんだ)
目が合う度に、焦ってアンジェは前方に視線を戻していた。老人にまともに顔を見せられないから。
目線を城へと戻し、その度に申し訳なくなった。
おじいさんのその行動、態度……すべて今のアンジェには眩しく、その瞳に答えられない。それほど心は弱っている。
ついに、懐かしの城の門に着いた。
ゴツゴツとした石の門……ではなく、滑らかに削られ、白くお化粧されて組みたてられた木々が、生前の面影もなく行儀よく鎮座している。そこに取ってつけたような、ただ重いだけの錆びた鉄の仕切りがギギギギッと耳障りな音を辺りにまき散らし、歯切れ悪くノロノロ上がって、やっと入り口が開いた。
一通りの作業をぼーと眺め、そしてアンジェは何も思わなかった。
その理由は……まぁ、心情的なものもあるだろうが一つ、これだけは言えることがある。
門が重々しく開くのと同時にアンジェはすぐさま城内に目をやったのだ。
先日、思いだしたばかりの新鮮で懐かしい記憶たちを回想しながら、見える視界いっぱいの範囲を隅々昔と照らし合わせてみた。
結果。
一つも一致するものはありませんでした。
コツコツと歩くと鳴る明るい色の城へと続く石畳は、馬車が通った跡がよく見える土に。
大きく彫刻を飾した噴水とその華美さに負けず劣らず目立つように噴水に沿って咲いていた薔薇たちは、何処にやら。面影もないくらい地味な馬小屋が、堂々とそこには立っていた。
その他諸々。
街だけでなく、城も。
きっとカナリア国全土、アンジェがいない間の変貌は凄まじいものだろう。
よって、何もアンジェは感じない。
懐かしさもこれといって起こらず、おかげでこれ以上、涙を流すことはないだろうが何だか寂しい思いもあった。
(唯一変わらないのは旗だけか……)
今朝、ここへ向かう道中での馬車の窓から見た景色。
あの、風に城のてっぺんで揺れる真っ赤な旗だけが、アンジェの中でのカナリア国の“今”だった。
カツン、
踏み込んで感じていた土の感触から一変、建物外と内の隔たりを経て石造りの城の中へと、一歩。
ここも例のごとく変わっており、門と同じく木だったのが全て石造りのレンガへと変貌している。
大きなシャンデリアも無い。あるのは申し訳程度に壁に引っかかってる蝋燭。
石と蝋燭の織りなす、何とも冷たく寂しい雰囲気。
ジャラリ、
(それに加え、今の自分の格好は何ともよくマッチしてるねぇ)
また一歩。今度は右足を城内へと突っ込んだ。
さっきは黒服たちに引っ張られて入った。次は自分の意志で入った。
何だ。
昔と全然違うところだから。
私の知ってるカナリア国と違うところなのだから。
あっ…………そんなに辛くない、かも?
(いやいや、私には断じて誘拐されたり縛られたりする趣味は無いよ。全くもって!)
軽く頭を振り、心の中にツッコム。
でもちょっと、心に余裕ができてきたのは本当。
門をくぐって城内へと入る前より、心は軽くなった。
それよりも前。城下町に入る前よりも、カナリア国に入った時よりも、顔が前を向いているような気がする。
後ろからヨロヨロと追ってくる足音。
少しでも、捕まったおじいさんに申し訳ないと思うなら、
まだ私を生きてると信じて、待っててくれた弟。
サキにも、本当の温かさを思い出してもらいたいし、
辛そうに見えた、最後のアージスの顔。
ちょっとでも早く、自分の居場所に帰りたいのなら、
(よし!
前を見ろ、私。現実を受け止め、脳をフル回転させるんだ、私っ)
さてさて。
主人公がやる気を取り戻しつつある今から、
リアル脱出ゲームの開幕です。
――――もちろん、彼女のミッションも。
「さてさてー、合格すっかなー♪」
大きく伸ばした右手には一枚の紙。
彼女はこの一枚だけを持って、過去の王女を迎えたばかりの王城へとつま先を向ける。
さっき路地の壁からはぎ取ったばかりの、新鮮な求人広告。
『“悪魔の王女”の世話係。急募。』
お久しぶりでございます、春日です。
色々と忙しく、二か月も更新出来てない状態でしたが(すみません)、その間に一つ、番外編を書きました。
一応、リクエストで書いたものなのですが本編とリンクしてます。
読まなくても大丈夫です(というか、番外編内容には本編でもう一度触れる予定)が、もしよければ読んでみてください↓
http://ncode.syosetu.com/n7653n/
では。