第94話 よいな?
「入って良いぞ」
そうルドゥカに命じられ入って来た二人。
その二人がアージスの書斎に入るのは、とても久しぶりなことであり、また二人一緒に入るのは初めてだった。
あることないと思っていた。
こうやって二人一緒に肩を並べて歩くなど。ましてや王の前に堂々と現れるなど、絶対にないと思ってた。
だから、
だからほんの少し、貴方もドキドキしてたのかもしれないわね。
私と同じように―――
「・・・・・・っ。
ルドゥカ様、何故二人が?」
アージスはそう質問しながらも、何となく何故その二人が現れたのかぐらい察しがついていた。
しかし、満面の笑みを浮かべるルドゥカが何故今のタイミングで、何故“ルドゥカ”がそれをするのか読めない。
(一体、どうしたいんだっ)
ゆっくりなんて冗談じゃない。
すぐさま要件を聞いて、早急に手を打たなければいけない。そんな嫌な感じがする。
「予想通りの驚きっぷりじゃなぁ、アージス。
やはり、この二人を連れてきたのは正解じゃったようだのう。
二人も久々にここに来れて嬉しいじゃろ?・・・・・・セーランド、サラ」
そうルドゥカに話を振られた二人は、まだドアの前に立っていた。
全体的に大人しそうな濃い青のドレスに身を包んだサラが、少し小首を傾げて微笑む。
「えぇ。
大変懐かしく、また大変忘れがたいところですから」
その何気に言われたようなサラの一言にアージスが一瞬たじろぐ。
まぁ、あえて誰もそんなアージスには突っ込まなく。
次にサラの横で恭しく一礼し続けているセーランドが口を開けた。
「お久しいかぎりです、アージス様。
私が醜態を晒して以来、アージス様にはずっと申し訳なく思っていました。
そこで、一つお話があるのですが・・・・・・」
顔を上げてチラリとルドゥカの方を見た。アージスの方は見ない。
「お、おい!
例の出来事はお前は一切悪くないだろう、アレは俺と父様が・・・・・・」
一度も自分と目を合わせようとしないかつての側近に対し、アージスは焦ってしまい、口を滑らせてしまいそうになった。
それを慌ててウィリアムがアージスの肩を掴み、小声で止める。
「ちょっ、王様焦りすぎ!!
その例のこと、僕たちやセーランド殿は知ってるかもしれないけど、サラ嬢やルドゥカ嬢は知らないんじゃないの?(ボソッ」
「あっ・・・・・・」
言われて急いで口をつぐんだ。
なんてことだ、情けない。
アンジェが居なくなってからというもの、俺は完全に取りみだしている。
今だって仮にも敵国の王子に注意を受けてしまったし、ほら見ろ。あの人がニヤニヤと笑って、俺を見ているじゃないか。
俺がボロを出したら、完全に相手の思うつぼだ。
しっかりしろよ、自分!!
「良いぞ、どうせ我との契約の話だろう?」
「ありがとうございます。では、」
“契約”?
何の話だ?
アージスはふと、顔を上げてセーランドを見た。
するとちょうどセーランドが前に出て自分に何かを差しだしたところだった。
「これを、アージス様。」
「?・・・・・・って、おい!?
セーランド、一体急にどういうことだっ、辞任ってお前、今までずっとこの宮殿に仕え続けて・・・・・・」
もっと言ってやりたかった。驚きと、すでに不安や後悔でいっぱいなのだから、こんな時に昔からの付き合いのセーランドを失うのは痛手過ぎる。とにかくすぐさまその辞表をつき返したかった。
しかし無理だ。
昔から俺に仕えてくれてた奴が自ら辞表を突き出した・・・・・・その時のこんな笑顔を見て一体誰がつき返せるというのだろうか。いや、誰にも出来ない。
「―――セーランド?」
「聞いてください、アージス様。
貴方様には亡き王妃が存命だった頃から仕えてきましたが・・・・・・サラのことでも色々と気遣って頂きました。
そんな貴方にこそ一番、この報告を聞いていただきたく。
・・・・・・この度、私は完全に王宮の仕事から手を切り、ルドゥカ様のお側にお仕えすることになりました」
嬉々。
あの物静かなセーランドのは珍しい笑顔。
「・・・・・・アージス」
気がつけば隣で、今まで無言をつき通していたハルが自分の震える肩を支えていた。
きっと、ハルもつらい。
ハルとジルにとってセーランドは騎士として憧れる存在であり、あのアンジェが代わりに第一騎士になるのを邪魔しようとしたぐらい大切な先輩。
「アージス、落ち着こう。
セーランド、本気で嬉しいことでもルドゥカ様との契約であるのかも知れない。
でもきっと、あのルドゥカ様のことだからセーランド買収してまでもの何かを企んでるんだよ」
こちらも、アージスに聞こえるだけの小声。
しかし、目だけはまっすぐとセーランド、ルドゥカの方に向けられている。
大丈夫だ。
自分は大丈夫だ。
近くに自分を支えてくれる仲間がいる。こんな不甲斐ない王を支えてくれる仲間。
連れ去られてしまったアンジェのことを考えると、自分はどんなに恵まれていると思うんだ。
誰も味方がいないかもしれないアンジェを救えるのは、俺なのに。
何とか、アージスは自分を落ち着かせる。
心情が幾分かましになってきた気がした。
「まぁ、セーランドは有能な男だからのう。
そう心配せんでも大切に雇うぞ、アージス?」
パサっ
ルドゥカが持っていたド派手な扇子で口もとを覆う。
きっとその下には、とてもとても大きな笑みを浮かべていることだろう。
「そんなことより、じゃ・・・・・・サラ?」
口もとを覆っていた扇子を今度はサラへと向け、指名した。
セーランドの件を「そんなこと」扱いするぐらいだ。
今度はどんなことを言いだすのだろう。
まだまだ、ルドゥカにはアージスに対するサプライズが用意されているのだろうか?
アージスは固唾をのんだ。
ハルもウィリアムもまた、一歩後ろで唾を飲み込んだのがわかった。
三人からの注目をいっせいに集めたまま、
ルドゥカは満を持したように、ゆっくりと口を開いた。
「アージス。
お主にはそろそろ、婚約者サラとの結婚をしてもらうぞ。よいな?」