第93話 久しゅう
「お久しぶりですね、ルドゥカ叔母さま」
先ほどまでの不安を一気に引っ込め、アージスはさも驚いたように訪問者へ話しかけた。
そんなアージスの隣で少しハラハラしていたウィリアムだったが、訪問者の名前を聞いて意識が方向転換した。
(ほう、この女性があの有名な・・・・・・)
“貿易商ルドゥカ”
ハッシュル国の前王の腹違いの末妹。
大体の“王”になれなかった王族はそのまま大臣や他国に嫁ぐケースが多い中、彼女は“貿易商”という前例の無い職についた変わったお姫様で有名だ。
しかし、有名なのはそれだけじゃない。
彼女にはちゃんと“貿易商人”としての腕がある。
ハッシュル国の王族でありながら、その名を大陸中に轟かせ、自ら船にのって色んな国を駆け巡っていると聞く。
彼女の売り渡るものは全て逸品。品質の高さ、希少価値の高さ、信頼性の高さ、ある一定のブランド感覚までがついている。
(実はアーリア国王宮内でも彼女の品は重宝してたりするんだよね)
初めて会って見たので、ウィリアムの中では今、ルドゥカに対して“アージス王の苦手な人”と“貿易商ルドゥカ”の二つで興味が湧いていた。
「久しゅう、アージス。
・・・・・・はて、さっき我のことをルドゥカ“叔母”様と呼んだかえ?」
聞き間違えじゃろうか?とわざとらしく小首を傾げる。
それを見て、アージスは嫌々訂正することにした。
こんな些細なことで機嫌でも悪くなられても困るから。
「失礼、“ルドゥカ”様。」
“叔母”を抜いた。
それだけでこの人は満足そうに笑う。
「よろしい。
そちだけは特別じゃ。
なんてったってアージスは、兄様の若い頃にそっくりっ!!
さすが息子じゃて・・・・・・はぁ、その声色で名を呼んでもらえるだけでドキドキするのぅ」
冗談か、本気か。
擦れ擦れの答えを述べて、ルドゥカは顔をポッと赤くした。
―――本気かも。
アージスは知ってる。もう何年も前から。
(だから苦手だ、この人は。)
父のたくさんの兄妹の中の末妹。
彼女のアージスに寄せる疑似愛。
それは叶わなかった恋。何でも欲しいがままにしてきた姫様の、唯一手に入れられなかった禁断愛。
相手が結婚して、子供を産んでも彼女の恋は終わらなかった。
対象が“相手の子”に変わっても終わらなかった。
だって、彼女が好きなのは―――
“15才~”のアージスとアージスの父。
貿易商のルドゥカにとって、人も物としか見てない立派な証拠。
しかも、「欲しい物は絶対手に入れる」の彼女のことだ。
この一方的な恋、しつこい。
さてさて、今回もまた・・・・・・はぁ。
「それでルドゥカ様、今日は何用で?」
一先ずそれ。
アージスはギリギリの笑顔で聞いてみた。
「それはもちろんアージスの顔を見に・・・・・・っと忘れておった。
人を待たせておるのじゃ・・・・・・呼んでもよいか?」
「?
別に構いませんが・・・・・・」
慣れない敬語を頑張って使いながら、語尾が疑問に満ちる。
珍しい。
このルドゥカがアージスに人を会わせたがるなんて。
よっぽど気にいっている人なのかも知れない。
多分そうだ。
だって彼女の“良い物”と“悪い物”の差別は厳しいから。
「待たせたな、入って良いぞ!」
あたかも自分がこの部屋の主であるかの口ぶり。
その上からの言葉に従って、二人は入って来た。
―――かなり久しぶりに。
「・・・・・・っ。」
アージスは自分が息を飲んだのも、驚いたのもわかった。
(今度は一体何のつもりなんだ。この人は完全に解っててっ!!)
ウィリアムは隣で静かに納得。
(なるほど、こう来たというわけね)
「フフン、驚いたかえ?
それもそうじゃろう、何せそちの良く知る人物じゃからのぅ」
先ほどまでとは違うルドゥカの笑み。
勝者の笑み、といったところか。
「ルドゥカ様。
何故、その二人がそちらに?」
平静。
装って見たけど、ダメだ。すぐに見破られた。
「まぁ、そう急かすな。
我はまだまだここにいるつもりじゃからのぅ。
紹介はゆっくり。話はゆ~っくりでえぇのじゃ」