第89話 うじうじするな。
「・・・・・・」
ウィリアムの問いにも黙りこむアージス。
しかし、彼が口を開かない限り話は全く進まない。
ウィリアムの問いには、彼の明確な答えが必要なのだ。
例え、分かりきっている答えだとしても・・・・・・。
沈黙が続く。夜はどんどん老けていく。
だけど、誰ひとりとしてアージスの答えを促そうとも、文句を言おうともしない。
みんな、彼の心の中の整理が出来るのを静かに待っているだけだ。
そんな時。
バンッ。
突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
ぜぇー、ぜぇー。
開いた本人が肩で息をし、俯きながらもそこで扉を支えている。
「・・・・・・アージス様。彼女にも知らせておくべきだと思いまして。
私の独断で知らせました」
扉の数歩後ろにはもう一人。
目線を床に落としながらも、ラドアスはそう告げた。
ラドアスが報告しなければ、彼女はこの事実を知らなかった。
彼女はその事実を知って、急いで帰りの馬車から飛び降りて、走って城へと戻ってきたのだ。
彼女は叫ぶ。そして、泣き崩れる。
「・・・・・・あの子は“アンジェリーナ”でも“ラウル”でもないわ。
“アンジェ・イズ・スーダ”よ!!
私の幼馴染の元気な女の子で・・・・・・そりゃ、天然入ってるおバカだけど。
ハルデン伯爵にも認められるほどの強い女の子で・・・・・・・。
私があの日、アンジェを王宮に行くのに連れていかなきゃ良かった。
そしたら、こんなことも無かったし・・・・・・・私はあの子が攫われる現場には居なかったわ。
兵士に先導されるがまま、他の客と一緒に逃げた弱い一人。だけど、あの子は勇敢に敵に向かっていったっていうじゃない。
あんなに初めての舞踏会に心弾ませてたのに。お化粧もして、とても綺麗に・・・・・・王様!!
あなたが側にいるって言うから、私はあなたを信じて何か分からない計画に共謀したのよ!!
何も、攫われるためにあの子をドレスアップしたわけじゃない。
綺麗に・・・してあげたのは・・・アンジェが王様の隣に・・・居るから・・・・・・うぅ」
言いたいことはいっぱいある。
だけど、今はこれだけしか出てこなかった。
王様に当たってもしょうがない。それは、マリアにも分かってたから。
マリアは、そのまま絨毯の上に座り込み、泣き続けた。
涙が紅い絨毯の上に、黒い染みをどんどんつくっていく。
「マリア・・・・・・」
そんな彼女の背中をさすってやるのはジル。
彼なりの優しい声で、彼女の名前を呼ぶ。
「ジル様。マリア嬢をこちらへ・・・・・・」
「あぁ」
ラドアスがジルにマリアを別の場所で落ち着かせるよう指示する。
ジルはそれに頷き、マリアの肩を支え、立たせて連れて行こうとするが、マリアは首を振る。
まだ、ここで言いたいことでもあるようで。
しかし、重いドレスでここまで走ってきたマリアに今、ジルを振り切るほどの力はない。
ただでさえ、アンジェのことで心が弱り切っているのだ。
マリアはジルに付き添われながら、どこかへと連れて行かれた。
バタンー。
突然の来訪者は、叫ぶだけ叫んで。泣くだけ泣いて。
弱弱しくも、去っていった。
しかし、この言葉こそがアージスの心に響く。
「・・・・・・ラウルって本当に女性だったんですね。
しかもスーダ家っていったら・・・・・・代々この国の軍事を司ってきた家じゃないですか」
ハルは驚く。
しかも、もう一つ。
「ハルデン伯爵も、ハッシュル国軍の現役隊長してるよね」
こちらはウィリアム。
二人の発言から結び合わせると。
ラウル・・・・・・いや、アンジェは二人の軍事関係者の後ろだてがある。
そりゃあ、剣術や戦闘が上手いわけだ。
「その二人にアンジェの世話を預けるよう手配したのは俺の父だ。
まぁ、ハルデンがまず戦場で発見し、保護したのが始まりだったわけだが・・・・・」
答え。
やっと、アージスが話し始めた。
まだ、どこか虚ろな瞳のままだが少しは回復した様子。
(俺がうじうじしている場合じゃないんだ)
「さっきの質問だが。
あぁ、俺とアンジェの出会いは元々仕組まれていた。
セーランドを辞めさせたのは計画外だった、しかし結果的に俺の手元にアンジェが来た。
―――やっと来たんだ、ずっと待ってた俺の本当の花嫁が」
そんな彼女が再び失われてしまった。
しかし、誘拐はもとより、俺とウィリアム王子の計画の一部。
国民のためにも仕方がなかった・・・・・・・でも彼女のためにはならなかった。
だから、今度は彼女のために。
―――俺はアンジェを必ず助けに行くから。
だから、どうかまだ無事で――― 愛しい人よ。
ゴトンッ
急ごしらえのボロい馬車。
ボロいおかげでこの満月の光に照らされても目立つことがないが、小石一つ踏むだけで凄い振動が伝わる。
「たくっ。
もっと、ましなのなかったのかよ」
ぼやくが静かにぼやく。
今、彼の膝の上に彼女がすやすやと眠っているから。
そんな彼女を起こさないために、彼は自らの膝の上を枕に。話声も小さく。
彼の向かい席には、彼女の弟。
弟もすやすやと眠る。
「こういうところからは、本当の姉弟っぽいよなぁー」
似ている寝顔。
見比べてみるが、本当にそっくり。
「はぁー、でも、何でアイツはあんなにコイツを気に入ってたんだ?」
膝の上の彼女を見て、彼は一言。
まだ、幼さ漂う彼女の顔。
まじまじと見てたら、口がむにゃむにゃと動いた。
「・・・・・・アージス」
どうやら、寝言のようだ。
ガタンッ ゴトンッ
暗い森の中。
馬車は無言のまま走り続ける。