第82話 ダメだよっ
「はーい。
最強な俺様参上いたしましたよ・・・・・・皆さん、滑稽な慌てっぷりで俺を楽しませてくれ」
男がそう言った瞬間、男の後ろに待機していた黒いもの達がいっせいに腰から何かを抜きながら、会場の中へと走り込んで来た。
「剣だ!!」
誰かが叫んだのかもしれない。
叫ぶ以前に自らが気付いたのかもしれない。
異常事態に気がついた人々の悲鳴とパニックが会場いっぱいに広がった。
先ほどまでの楽しい舞踏会から一変。
貴族たちは我さきにと出入り口へ群がり、勇敢な兵士や騎士達はそんな彼らを敵から守る位置につく。
しかしながら兵士や騎士、彼らは現在、戦闘になんの役にもたたない煌びやかなだけの服しか着ていない上に、皆、丸腰である。
『王の許可なしの帯剣、または武器の行使は不可である』
いつぞやかの、アンジェがアージスの護衛役になった理由の一つが思いだされた。
彼らはその掟を守るために、武器を持っていないのだ。
しかし、ここである特別な者たちが思い出される。
王の非常事態に、いつ何どきも対応する役職・・・・・・王の護衛を専門とする彼らは、帯剣が唯一、許可される存在だ。
そして、第一騎士“ラウル”が事実上いない今、彼ら二人が、必然的に前へ出ることになる。
「いいね、ジル。
これは遊びじゃないんだ、真剣にやりなよ!」
「わかってるって、ハル。
お前もあんま細かいことばっかり気にせずいけよな」
第二騎士のジルと第三騎士のハルだ。
二人が前へ出たことにより、人々の期待が少し膨れ上がる。
「ジル様、ハル様、頑張ってください!!」
どこからか娘の声が聞こえた。
一人が応援し始めると、皆いっせいに勢いを増して期待を膨れ上げた。
そうだ。
ここにはこの国でも優秀な剣士、“ファンブル家”の三男と四男がいたじゃないか。と。
もちろん、二人はその大きな期待にも答えられるだけの力が十分にある。
しかし、人数のリーチの差があまりにも多すぎるのだ。
2対30~50程度。
彼らはまず、この状況を打開すべく、襲ってくる敵を次々に手早く倒し、そして倒した者の武器を奪っては後ろにいる兵士や騎士に渡すという行動に出て、着々と戦力を増やしていこうとした。
だが、これが意外と上手くいかない。
敵だってそんな考えお見通しのようで、二人の行動をじゃまするように動いてくる。
「クソっ、何でこんな時にラウルがいねぇーんだよ」
剣を振り上げ、その剣を敵の懐へと下ろしながらジルが愚痴った。
「私だって戦わなくちゃいけないのにっ」
ジルの愚痴にしては大きすぎるその言葉は、戦いの喧騒の中、彼よりも右側のずっと奥にいた彼女にも聞こえていた。
アンジェは二人の姿と現状、何よりジルの言葉に歯がゆく思う。
普段の彼女なら、思う以前に即行動に出ていたことだろう。
ヒラヒラのドレスに、歩きづらいヒール、ギュウギュウに苦しいコルセットをつけた“姫”である今の格好のままでも、剣を振い、最前列で人々を守るために敵と戦いたい。
それが今のアンジェの心情。
だが、今の彼女もまた、手が出せない状態にあったのだ。
彼女には今、何も出来ることがない。
何故なら、彼女ももちろん丸腰状態であったから。
そして、現状はもっと最悪であった。
だって、本来、アンジェが守らなければいけない人に守られている現状だったから。
「アージス!!」
キンッ
剣と剣がぶつかり合う音が耳へ、甲高く響く。
アージスはギリギリのところで腰に帯剣していた飾り用の剣を抜き、対応した。
「へェ~、なんだ。
これくらいならまだ受け止めれんだな。俺としては、ここでバッサリ行きたかったんだけどよ」
「フンっ、これくらいで俺の実力を見極めようとは・・・・・・・全く、俺は貴殿に甘く見られたようだな、イザラ王子」
アージスと対峙している真っ最中の男。
彼は会場へと侵入した直後、他のもの達には目もくれず、真っ先にこちらへと向かって来た。
その行動の速さは尋常ではない。
果たして、一体どれほどの人が彼の侵入に気がついたのだろうか?
一つ言えるのは・・・・・・ジルとハルさえも、今だに気が付けていないということ。
「アージス、油断しちゃダメだよ。
この人、かなり実践の数を踏んでる手錬だ」
彼、アーリア国の第二王子イザラは、
漆黒に揺れる森をも照らし、見透かす月のような銀色の短髪を靡かせ
敵国の王、ハッシュル国のアージスに堂々と剣を向ける形で、
手勢、50人ほどの屈強な者達を引き連れながら
いとも容易く、城へと侵入してきたのであった。