第76話 これは嘘じゃない
アージスは急いでウィリアムの部屋に向かっていた。
「王子・・・・・・打ち合わせと少し違うぞ」
確かにドレスを用意する手はずなどは彼に任せた。
しかし、彼女を直接部屋に呼ぶなんて話は聞いてない。
(もし、またアンジェを困らせるようなことをしていたら・・・・・・)
そう思えば思うほど、気が気でなくなってくる。
早歩きながらも、衣装は乱さず、呼吸も乱していない。
そう、見た目は平静を装っていた。
しかし、内心は心配でどうしようもなく、心が乱れてる・・・・・・まぁ、一言でいうと、焦っていた。
そして、あまりに焦るために、いつもは(一応ながら)守っているマナーを違反をしてしまう結果となる。
ただ、ドアを開けただけ。勢いよく、ドアを開けただけ。ノックなしに・・・・・・。
バンッ
「おい、アンジェ!!無事か!!」
勢いよく、開け放たれたウィリアムの部屋のドア。
先ほどまでの平静を装っていたのが、嘘みたいな慌てた大声。
それに、アンジェが反応する・・・・・・
「あっ、アージス!
いったい、どう・・・・・・」
よりも早く、反応した者がもう一人。
アージスの慌てた声に負けず劣らずの大声の・・・・・・叱咤。
「まぁ、王様!!
レディーの身支度中に訪問なさるなんて!
しかも、ノックなしに部屋にお入りになって・・・・・・いくら王様でも許される行為ではございませんよっ!!
まったく、この国の王様のマナーは、一体どうなっているんですか、本当に・・・・・・」
クドクドクドクドクド・・・・・・(以下、エンドレス
マリアの説教。
アージスは一番、見つかっては面倒くさい相手に見つかってしまったと思う。
しかも、心配の原因であるウィリアムはいない。
(はぁ、何のために慌てて来たんだ、俺は。)
もういっそ、ここにいるのがマリアではなく、ウィリアムであれば良かったのにと、アージスはマリアの説教中、不本意にもそう思ってしまったのであった。
「・・・・・・わかりましたか、王様?
貴方様は、これでも王様なのですから、これからはちゃんとしてくださいよっ!」
「こ、心得た・・・・・・」
女官に説教されていた王様。
マリアの「これでも」発言に気付いていながらも、突っ込まず聞き流したのは、アージスなりの譲歩であったりもする。
当のマリアは、一通りの説教が終わったからなのか、気を利かせたのかは置いといて、おそらくアンジェに会いに来たのであろうアージスとアンジェを部屋に残し、「失礼します」と部屋から出て行った。
「アージス!
何か久しぶりだねっ」
二人っきりになった部屋で、アンジェがそう言う。
「あぁ、そういえばそんな気もするなぁ」
「何だか、ここ最近、忙しかったもんね。
私もダンスで疲れて・・・・・・まぁ、マリアちゃんに怒られているアージスを見たら、何だかほっとしたよ」
後半、笑い声が混じっているアンジェの言葉に、アージスは少し怒ったのと同時に思い出した。
そう言えば、アージスはアンジェのことが心配で、この部屋に駆け付けたのだ。
「なっ・・・・・・と、そういえば、アンジェ!!
お前、ウィリアム王子に何かされなかったか!!」
「えっ、何かって、何もされてないけど・・・・・・」
「本当にか?
何か前みたいに、弱みを握られて口止めさせられたりしてるんじゃないのか?」
「本当に何もなかったよ!!
反対にウィリアム王子には、ダンス教えてもらって(ほんのちょっと)助かったし・・・・・・それに、ほらっ、このドレスとかだって用意してくれてたんだ!!」
「本当にか?
本当にダンスやドレスを・・・・・・」
アンジェの肩に手を置き、アンジェを責めるように勢いよく聞いていたアージスの言葉がある言葉に止まる。
『このドレスとかだって』
アージスの目線は、そう言いながら白い手袋をはめた手で、純白のドレスの裾を掴んでいるアンジェの姿にいく。
そして、ようやく気付いた。
アンジェがいつもの騎士の格好ではなく、同世代の女の子たちがしているように、お化粧をし、装飾品もつけ、綺麗な深紅の髪もおろし、その赤が映える純白のドレスを着て・・・・・・綺麗になっていることを。
「あ、あの、アージス。
質問攻めにあったと思えば、今度はいきなり黙ってどうしたの?」
不思議そうにするアンジェの前に、突然フリーズしてしまったアージスがいる。
(ど、どうしたのかな、アージス・・・・・・)
いつもと少し違うアージスの行動にアンジェはだんだん不安になってきた。
(もしかして、まだマリアちゃんの発言に対して怒ってるのかな。
そして、それを笑った私に八つ当たりでも考えて・・・・・・ひィ~(泣))
アンジェがそう考え始めて、若干テンパリ初めてころ。
やっと、アージスが口を開いた。
「綺麗だ」
たった一言。
たった一言だけ、アージスがそう言った。
それを聞いて、一瞬、アンジェはポカンっとなったが、その一言が自分への感想だと気付き、慌て始めた。
「えっ、綺麗って、アージス。
何言ってんの、わっ、私がこんな格好似合うわけないの知ってるじゃん!!」
「あははははっ」とアンジェは笑いながらそう言った。
しかし、アージスは一緒に笑わず、真面目な顔つきでアンジェの目を見て答える。
「綺麗だ。
これは嘘じゃない、本当に似合ってるぞ」
目と目があったまま、もう一度言われた。
アージスは嘘を言っていないのは、その揺るがない瞳でわかった。
アージスは素直に自分のことを綺麗だと言ってくれている。
そのことに気付いたアンジェの瞳からは、知らず間に大粒の涙が次々と出ていた。
「あっ、あれ、何で私泣いてなんか・・・・・・」
アージスの言葉を聞いた瞬間、アンジェの中で何かがほぐれていったのだ。
それは、不安と緊張だったのかも知れない。
アンジェにとっての初めての舞踏会。
一度は憧れた日もあった、初めてドレスを着て、化粧で綺麗になって出向く、舞踏会。
そこには、期待や興奮とともに、不安や緊張も。
舞踏会開始時刻が近付くにつれて、「自分の格好は変じゃないだろうか?」、「ダンスは上手く踊れるだろうか?」といった気持ちばかりがつのっていた。
アージスはそんなアンジェの気持ちを上手くときほぐした。
いつもは不器用なアージスが、今回はアンジェの気持ちを察したのかもしれない。
(実際、そこまではさすがに考えてないのかもしれないけど)
泣きじゃくりながらもそう思っているアンジェに、アージスはもう一言、心強い言葉を言ってくれる。
「大丈夫、お前は本当に綺麗だ。
何よりもこの国の王がそう言っているのが、証拠だろう?
それに、俺がそばでついててやるからな」
最後の言葉とともにアージスの手が、アンジェの頭にぽんっと優しく置かれる。
その手の優しさと、アージスの優しさにアンジェはより一層、心が軽くなるのがわかった。
「うん!
アージス、ちゃんと私の隣にいてね!」
いつもは、アンジェがアージスを守っている。
しかし、今夜だけは、アージスがアンジェを守る。
二人の絆が、より深まった気がしたのであった。
「ところで、アンジェ」
「ん?」
「お前、泣くのはいいが・・・・・・化粧の方は大丈夫なのか?」
「あっ!!
・・・・・・お化粧のこと、忘れてた!!」
「はぁ、もう一度、マリア嬢に直してもらうか・・・・・・多分、俺も、もう一度怒られるであろうな」
溜息をつくアージスの予感は、見事に的中。
後に、アンジェの化粧を直しながらアージスにガミガミ文句言うマリアと、苦笑いをするアンジェとアージスの姿がありました。