第75話 頼むから・・・・・・
「さっ、出来たわよ」
そう言って、「上出来だわ」と誇らしげに頷くマリア。
そんなマリアの前で、ちょこんと椅子に座っていたアンジェは、鏡に写る自分の姿に驚いて、声も出せずにいた。
(さ、さすが、化かす粉だぁ!!)
舞踏会開始まで、あと一時間と少し。
徐々に城へと集まりだす、皆、綺麗に着飾った貴族たち。
今回の舞踏会に招待された者は全員、いつもは王宮でせっせと働いて仕えている者たちだ。
そして、大半の者が従者や兵士といった、下級貴族。
いつもなら、舞踏会やパーティーなどを裏で支えている。
しかし、今回ばかりは、女官や大臣、騎士といった上級貴族に負けてられない。
負けず、劣らず着飾って、精一杯の貴賓を振りまいていた。
何ていったって、今回の舞踏会の主催者、彼らを招待して下さったのは、彼らの主・・・・・・この国の王であるアージスなのだから。
少しずつ賑わいを見せ始めた城の入り口。
その入り口から城を挟んだ反対側に、物騒と草と木、緑の生い茂る森があった。
もっとも、すっかり日の落ちてしまった今では、月の光がかろうじて当たるかどうかの真っ暗な様子で、とても気味の悪い雰囲気を醸し出していた。
そんな森に、微かだが複数の足音が聞こえてくる。
足音の正体は、闇に溶け込む黒い服を身にまとい、顔を隠すためのお面を被った、見るからに怪しい奴ら。
彼らもまた、王の招待を受けてやって来たのであろうか。
それとも・・・・・・招かざる客であるのだろうか。
場所を変え、今度は王宮の中。
ラドアスとサキとの会議を終わらせたアージスは、休む暇もなく、そのままの勢いで、今度は舞踏会に向けて身を整え始める。
いつもの慣れた手つき。
女官の手伝いも借りず、ハッシュル国の伝統衣装を身にまとい、装飾品から何が何まで全て自分で整えてしまうアージスは、いくら慣れているかとはいえ、見事である。
慣れているのだから、終えるのも早い。
自分が思っていたよりも早くに身を整えてしまったアージスは、はっきり言って、舞踏会までの時間が暇になってしまった。
「はぁー、これも長年の賜物ではあるが・・・・・・暇だな、しかし」
誰か暇つぶしの相手はいないのかと、ふと廊下に出てみたところ、ちょうどいいタイミングとばかしに、ジルとハルの双子が仲良く笑いながら話しているのを見つけた。
そして、その談笑へと、暇なアージスは当然交じる。
話しの内容は、ジルがアンジェのダンスの先生をしたということだったが、それにアージスとハルはもちろんのことながら疑う。
「お前にダンスの先生など・・・・・・なぁ?」
「そうだよ、ジル。
嘘をついてまで見栄を張るのは、惨めだよ?」
そう言いながら、ポンっとジルの肩に手を置くハル。
心なしか、ジルの肩が軽く震えているようにも見えた。
二人にそう言われたジルは、本当のことだと勿論のことながら反論し始める。
「ホントのことだって!!
まぁー、途中でラウルとサキはどっか行っちゃったけど・・・・・・方向からしてアーリア国の王子んとこだと思うけど・・・・・・」
「どっか行っちゃったって、きっと、ジルの教え方じゃいけなかったんじゃない?
ねぇ、アージスも・・・・・・って、アージス、どうかした?」
アージスに同意を求めたハルが、アージスを振り返り、異変に気付く。
振り返った時に見た、アージスが目を見張って、一瞬、固まっていたから。
「いや、何でもないのだが・・・・・・ジル、ラウルが王子のところへ向かったのは、確かか?」
先ほどまで笑っていたアージスが、急に真面目な顔をしてジルに聞く。
ジルはそれに、すこしたじろぎながら答えた。
「あ、あぁ、多分、行った方向からして、俺はそう思っ「わかった」・・・・・て、あっ、ちょっと!」
答え終わる前に、アージスの返事が返る。
返事が返ってきたと思ったら、今度はジルとハルが止める暇もなく、アンジェ達が行ったとジルが言いはる方向へと、さっそうとアージスは行ってしまった。
「あーあ、行っちゃったけど・・・・・・何かあんの?」
「さぁ。
でも、アージスも随分と大切にするよね」
「?
アージスが誰を大切にしてるって?」
「いや、まぁ、いいんじゃない。
誰が誰を大切にしようと・・・・・・ね、ジル?」
「何だ、それ。
さっきから、何言ってるのかさっぱりわかんねぇぞ、ハル。
・・・・・・あと、その俺に向ける、ニヤニヤ顔止めてくれ」
「えっ、何が(にこにこ)」
「いや、ほんと、頼むから・・・・・・」
どこか意味深な発言を言うハルに、ジルは、ただただ?を頭に浮かべるだけでした。