第74話 心配になってきたわ
パンッと、部屋中に鳴り響くウィリアムの手拍子。
その最後の音が耳に入るのと同時に、アンジェは床にドタッと倒れこんだ。
「や、やっと、終わった・・・・・・よ」
ぜぇー、ぜぇー言っている自分に気が付き、えっ、これもしかすると、剣の稽古よりも辛かったかもなどと思ってしまった。
まー、何が何であれ、ドレスを一通りは一応、踊れるようになったアンジェ。
そんなアンジェ以上に、達成感を感じている人が一名。
その一名は、ここまでアンジェを踊ることが出来るようにしたウィリアムでした。
「はぁ、姫が踊れるようになるまでの、この道のり・・・・・・生まれて子の方、僕はここまで人に尽くして良かったって思ったことは、これが初めてだよ」
お城育ちの王子様の初めての経験。
達成感とやっと終わった感が漂う部屋のなか。
トントンっと、ドアがノックされた。
そのノック音にウィリアムが反応する。
「あっ、そう言えば、姫のお友達を呼んでいたのを忘れてたよ」
そう言われて、一瞬、緊張状態に入っていたアンジェの体が解れる。
「なんだ、マリアちゃんか・・・・・・」
アンジェが「ほっ」とした理由・・・・・・今のアンジェは、服装からしても“女”の状態だから。
いくらばれないとしても、ウィリアム、アーリア国の王子の部屋で、“女の子のアンジェ”を知らない者に見つかるのは非常に危険なことである。
まぁ、実際、女装中(?)のアンジェが見つかるような失敗を、ウィリアムがするわけもないと思うが。
ウィリアムはマリアに入る許可をあたえ、マリアが粛々と入ってきた。
入ってきたマリアは、いつもの女官の格好ではなく、アンジェと王宮にやってきたあの日と同じ、薄い桃色のドレスにマリンブルーのネックレスなどのいくつかの装飾品をつけ、綺麗な金色の髪を一つにまとめて横に流している、といったおめかしをしている状態であった。
「うわぁー」
「な、何よ、アンジェ。
目なんて、輝かして」
「いやいや、何だかマリアちゃんも、やっぱり女の子だなぁと思って」
「ちょっと、アンジェ。
それ、どういう意味よ!
その言葉、アンジェにだけは言われたくなかったわ・・・・・・」
「?
えー、なんでぇー?」
微笑ましいマリアとの会話に、アンジェの先ほどまでの疲れは吹っ飛ぶ。
(あれ?そういえば、マリアちゃん。ここに何しに来たんだろう?)
ふと、頭の隅っこにその疑問が上がったとき、先ほどまで黙って部屋のソファーに座っていたウィリアムが立ち上がった。
「本当に姫と仲がいいね、マリア嬢。
お喋りが弾むのも良いけど、時間も気にしてね。
パーティーまでに、姫をいかに化かせるかが、今夜の勝負だから・・・・・・。
じゃあ、僕は一度、部屋から退出させて頂くよ」
ウィリアムがそう言って、部屋から出て行こうとする。
すると、先ほどまでアンジェと和んでいたマリアがビクッと反応し、すぐさま立ち上がったかと思うと、カタコトで、
「は、ハイ、アトはマカせてクダサい」
と、ビクビクしながら答えた。
「?
マリアちゃん。
何で、さっき、あんなにウィリアム王子の言葉に緊張してたの?」
ウィリアムが出て言ったあと、いつも身分隔たりなく、王のアージスの前でも堂々と話しているマリアのいつもと違う行動について気になって、聞いてみた。
それにマリアはまたもやビクッとなって、そっとアンジェの方を振り返って言う。
「・・・・・・アンジェ。
あんた、あの王子様の話し方、前と変わったって思わない?」
そう言われて、アンジェは考えてみる。
「うーん、前からこうだったんじゃ・・・・・・って、あっ!!
そういえば、違うねっ!!」
考えてみて、気付く。
そう言えば、王宮に来たときのウィリアムの話方というか、イメージは“女好きのぐーたら王子”だった。
しかし、今ではどうだろう。
もう、思いっきり、“紳士な王子”の雰囲気を振りまいている。
(紳士は紳士でも、ちょっとイジワルな紳士だけど)
いつからウィリアムの性格がすり替わったかは、覚えてないが、変わったのは事実だ。
「でしょ、違うでしょう!!
私、あの王子様、前から苦手だったんだけど、優しくなってから、もっと苦手になっちゃって」
そう言いながら、鳥肌を立たせるマリア。
きっと、紳士なウィリアムでも想像したのだろう。
「うわぁ、マリアちゃん。
相当、ウィリアム王子のことが嫌いみたいだね。」
「嫌いっていうか、苦手っていうか・・・・・・それは、そうと、アンジェっ!
あんた、早く、鏡の前に座りなさい」
「?
そういえば、マリアちゃん、さっきウィリアム王子に、私を『化かす』とか言われてたような・・・・・・」
化かすとは、一体どういうことなのか?
疑問に思っているアンジェの背中をドレッサーの方に押し、マリアはそのままアンジェを椅子に座らせた。
そして、持ってきたものだと思われる箱を開け、何やら準備し始める。
マリアが箱を開けた瞬間、辺りに花の良い香りなどが充満する。
どこか、覚えのあるその香りで、アンジェは気がついた。
「あっ、お化粧品の匂いかっ!!」
「そう、化粧品よ。
っと、早くしなきゃ、時間は足りないわ。
何せ私は、今からあんたを、この国一番の美女に化かさないといけない、重要なミッションを遂行させなきゃならないからね」
舞踏会まで、あと二時間。
マリアの奮闘劇が、幕を開いたのであった。
「ところで、アンジェ。
あんた、王子様にいつのまに、“女”ってばれちゃったの?」
「あー・・・・・・、け、けっこう前に、ばれっちゃった」
「・・・・・・はぁ。
私、アンジェのこれからがもの凄く、心配になってきたわ」