第63話 あのね・・・・・・
走って、走って、走って。
見つけた見慣れた部屋のドア。
ノックもせずに入ってしまったのは、
ただ、アージスに会いたい。
その一心だけだったから・・・・・・
バンー
「アージス、話があるんだっ!!」
勢いよくノックもなしにドアを開け、いきなり叫んだアンジェ。
ジルとハルは若干、ビクッとしていたが、部屋の主は、まるでアンジェが来ることを分かっていたかのように余裕のある笑みを浮かべていた。
「いいだろう。
俺もお前にちょうど話が聞きたかったんだ、ラウル」
「さて、それじゃあ僕たちはお暇させてもらおうか。
ねっ、ジル?」
「はぁ?
何で?」
多分、マリア辺りに作ってもらったのであろう菓子をボロボロこぼしながら頬張って、部屋から出る気配のないジルを、「何でうちの兄は・・・・・・」と小さなため息をついたハルが無理やり引きずって部屋から出て行ってから数分後。
「ほう、ウィリアムはお前にそんなことをさせたのか」
「うん。
それでね、あとね・・・・・・」
アンジェはアージスに今まであったウィリアムとのやり取りを全て話した。
いや、実は全てではない。
二つの重大なことを残して、全てであった。
「わかった、だいたいは呑み込めた。
ウィリアムはお前のことを“姫”と呼んできたり、お前を使ってウィリアムが従者として連れて来たサキの部屋を物色させたりしたんだな?」
「うんっ!!」
「そーか・・・・・・」
アージスはアンジェの話を聞き終わると、姿勢を整え、何か考え込むかのように手を顎にあて、机の一点を見つめる。
そして、数秒考え込んだ後、パッとアンジェの方に顔を向けると、アンジェの触れてほしくなかった質問をしてきた。
「ところで、アンジェ。
お前、何でウィリアムの言いなりになっていたんだ?
何か脅迫でもされたのか?」
「うっ、それは・・・・・・」
「お前、やっぱりそこの部分隠してただろ」
アンジェの反応を見て、「やっぱりな」と呟くアージス。
(ど、どうしよう。
やっぱり、言った方がいいんだよね・・・・・・)
サキにアドバイスしてもらい、元々はこの事を話すために来たアンジェだったが、実際言うとなってみると、何だかアージスに怒られそうな感じがして少し躊躇ってしまう。
この事を話すこと。
そう、ウィリアムに女だとばれてしまったということを。
(だめだ!
ここで逃げたら、また言う機会がなくなっちゃうっ!!)
そう思って、アンジェは「よしっ!!」と気合を入れ、言う決心を決めた。
「あのね、アージス。
私、一つ、アージスに言ってなかったことがあるんだっ」
この時、アンジェは忘れていた。
もしかしたら、脳が勝手に思い出さないようにしてたのかもしれない。
自分も知らない自分の過去をウィリアムが知っている。
それを話すには、アージスに自分が七歳前の記憶がないと伝えなければならない。
それはまだ早い。
どこかで無意識にアンジェはそう思ったのかもしれなかった。