第35話 ムホッ?
「それは三年前のことでした。
アージス様は十六になられ、これから王としての日々を迎えることになりました。
いつお命を狙われるかわからない王には、やはりお早くお世継ぎをつくって貰わなければなりませんから早速、アージス様の婚約者を后として王宮に迎えることになりました」
「言っとくけど、この婚約者はサラ様じゃないぜ」
ラドアスが話している途中にジルが口を挟む。
「えっ、サラ様ではないの?」
「おう。
アーリア国とは反対に位置する隣国、カナリア国の第一王女で確か名前が・・・・・・何だっけ?」
「ちょッ、ちょっと、それぐらい覚えてなさいよッ!!
アンタの主人の未来のお嫁さんよ。
つまり、アンタの未来の第二の主人になる方よっ」
「と言われてもなー、俺、一回も会ったことねぇーもん。
なぁー、ハルも会ったことねぇーよな」
「そうなの?」
「まぁ、そうだけど。
名前ぐらい覚えておこうね、ジル?」
「うっ、は、はい・・・・・・」
ハルの言葉にジルがどこか怯えながら答える。
それを見て、「思わぬところで双子の上下関係見ちゃった」とマリアは思った。
「名前はアンジェリーナ、無事に生きておられるならもうすぐ十七になられるよ」
「無事にって?」
「ゴホン。
話が少しそれましたが、まぁちょうど良いでしょう。
そのアンジェリーナ様が当時から七年前、今から十年前に何と行方不明になられておりました」
「ええッ!!
行方不明ッ!?」
「はい。
行方不明になられた時はアンジェリーナ様のお父上である王がお亡くなりになられて丁度次期王を決めるときでしたので、そのいざこざに巻き込まれたようです。
カナリア国もその事をもっと早く言って頂ければよかったのですが、どうも知らせにくかったようで、もう出迎える用意をしていたこちらは大混乱でアンジェリーナ様には申し訳ありませんでしたが至急他の婚約者候補の中から后を迎えることになりました」
「その候補の中から選ばれたのがサラ様だよ。
サラ様のお父様も有能な大臣で、誰も反対することもなく決まったんだ」
「でも、サラ様には恋人がいた」
「恋人?」
「そう恋人。
その恋人っていうのがセーランドだったんだ」
“セーランド”
ハルが言ったその名前にマリアは考えた。
「“セーランド”?
どっかで聞いた名前だけど・・・・・・一体誰だったかしら?」
そんなことをマリアが考えているときだった、聞きなれた声がドアの方からしたのは。
「あっ、思い出したッ!!
“セーランド”ってあのときの酔っ払ぁ・・・ムホッ!!」
「「「「ムホッ?」」」」
「おいっ、アンジェ。
あれほど黙ってろと言ったというのに!!」
そこにいたのはウィリアムとの会談を終わらせて来た、アージスとアンジェだった。