紅葉の下には
汗の臭いの染み込んだ部活の鞄を半ば落とすようにして置き、私はベッドに倒れ込んだ。マットレスが大きく軋む。べっとりとした髪が頬に張り付いて不快な感覚を与えた。
疲れた、な。ぼんやりとした頭で私は思った。ほとんど動かない指で髪留めを湿った髪からずるりと外す。このまま寝たら風邪をひくかもしれないな。外はもうすっかり寒かった。
目の前に、はら、と何かが落ちた。赤い。紅葉の葉だ。斑に色の混ざった葉だったが、白いシーツの上だと、赤が映えて色鮮やかだ。払い落とそうかと思ったが、億劫で止めた。
紅葉、といえば。私は思考した。丘の上の紅葉は、もう散っただろうか。今年はまだ行っていないな。前までは、一人で眺めたのに。部活が忙しくなったからなぁ……。
丘の上の紅葉は、とても美しい色をしていた。今私の目の前に落ちているこれとは比べ物にならない位、赤々として、まるで、血を吸ったように。そういえば、桜の下には死体が埋まっているなんて話もあったな。私は瞬きした。桜は下に骸が埋まっているからこそ、あのように心奪われる、魂を吸うような色を発するのだと。
あの儚い薄紅色が死体の色なら。私は重いまぶたを閉じる。
この目の覚めるような紅葉は、何の色なのだろうな。
私の意識は、鈍く落ちて行った。
まぶたの向こうの明るさに、私は目を開けた。月の光が飛び込む。それと同時に、枯れ草の匂いがふっと突き抜けた。赤色が私の目に映る。それが何か悟ると同時に、私は驚愕した。
紅葉の木だ。あの丘の上の、紅葉の木。あの赤色、間違えようもない。記憶の奥底に刻み込まれた、あの赤だ。
紅葉の木は私の十数歩前で揺れていた。葉が擦れ合って、心地よい音を立てている。真っ暗闇の中で月に照らされ、紅葉は何とも言えない輝きをその身から放っていた。私は以前からつきまとっていたけだるさも忘れた。ただ我を忘れ、紅葉に見入った。
しばらくそうしているとふと目の端で何かが揺れた。布のように見えた。目で追うと、それは着物の袖だった。同時にそれが女性の着物であると気づく。紅葉の木の下で女性が、黄の混じった紅の着物の袖をつかみ立っていた。一人だと思っていた私は面食らった。
女性は木と同化してしまいそうな色の着物をまとい、夜の風に深い黒髪をなびかせている。長いまつげは伏せられ、唇をきゅっと引き結び、うつむき加減で立っている女性は何かを待っているようだった。肩に一片紅葉が乗るのも一向に介さず、私のように紅葉に見入ることもしなかった。
突然、女性が顔を上げた。頬がみるみるうちに紅潮し、嬉しくて仕方がないという様子で一点を見つめている。振り向くと、立っていたのは一人の男だった。黒い髪を頭頂で結い上げ、真紅の着物をはためかせながらこちらに走ってくる。男の顔が赤いのは走ってきたからだけではあるまい。目にはあの女性がはっきりと映っていた。
女性も足元の紅葉を跳ね上げ走り出した。下駄が落ち葉や赤を蹴ってゆく音が夜に響いた。暗闇の中で赤い着物が揺れていくのを、私はただ見ていた。女性が男に愛おしげに抱き付くと、男も女性の髪に顔をうずめ、抱擁する。二人の周りを、真紅が舞った。女性の薄紅色の指先が男の指と絡まる。そして二人の体が、ぐらりと傾いた。自分の上げた声が遠くに聞こえる。紅葉の葉が舞い上がった。
二人の姿を紅葉の葉が覆い隠す。女性と男は微笑みをたたえたまま踊るようにその中へ消えていった。
はっと目を開ける。電灯のついた部屋で、私は制服のまま寝転がっていた。夢だったのだろうか。体を起こしてぼんやりと考えていると、はらりと何かが白いシーツの上に落ちた。赤い、紅葉の葉だった。先ほどの物とは違う。丘の上の紅葉と同じ、深い赤色だった。その目の覚めるような色を見た途端、私は図らずも微笑んでいた。先ほどの斑の葉の隣に、寄り添うように置いた。二つの葉は愛おしそうに重なるように見えた。
紅葉の下には、恋が埋まっていた。