レズクマ
.レズクマ嵐
まだ陽は沈まないバイト帰り。新作の格ゲーのボタンを必死に叩いている午後。別にこういったアーケードゲームが好きなわけではない。ただ今操作してるキャラに一目惚れしてしまったから、ここ数週間は毎日のようにやりに来ている。テディベアみたいな可愛らしい見た目に反して、攻撃するたびにファックだのデュードゥだの叫ぶこの姿は中々心にぐっとくる。攻撃方法もだいたいが罠を設置する技ばかりで、開発者は気が触れていたんだろうと推察してしまう。〆は投技で罠に向かって投げて、罠での強制硬直キャンセルからの空中コンボに――
「ファック! 話と違うじゃないの!」
WINの表示が出ると同時に、どうやら反対側の筐体で一悶着が起きたらしい。そっと脇から覗いてみる。今ボクが倒した対戦相手とその連れが口喧嘩している。彼女にかっこいいところを見せつけようとして、運悪くボクと当たってしまったわけだ。こう言うのに巻き込まれるのは厄介だ。コインも尽きたし、とっとと荷物をまとめて帰ろう。
「ちょっと君!」
不意に肩を叩かれて振り向く。先ほど対戦相手と口喧嘩していた女性。どうやら逃げきれなかったらしい。
「ね、ねぇ付き合える?」
「えっ、いや、もう帰るんですけど」
そう言って手を振り払い、そそくさと出口へ足を向ける。
「じゃ、じゃあついてっていい?」
アパートの一室。ボロ屋だが薄くはないので隣で壁を叩かれることもない。備え付けのベッドに腰掛ける。勝手についてきた彼女も隣に座って、他人のパーソナルスペースにずいずいと入り込んでくる。
「なんで部屋までくるんですか」
「理由いる? 貴方が好きになっちゃった」
そう言って彼女はすっと顔を近づけて来た。ゲームセンターの暗い照明で気が付かなかったが、よく見ると目鼻立ちが整っていてかなりの美人だ。あの対戦相手もこの顔で騙して捕まえたのだろうか。でもボクは――
「帰ってくださいよ」
「それだけじゃないけど、ほら、気づかない? じゃあ……デュードゥ!」
彼女の口から出てきたのは聞き慣れた言葉。そっくりな声に思わずたじろぐ。あのクマの声優が、何故か僕の部屋にいる。この状況はよくわからない。
「開発の人がね、クマが使用率が高いゲーセンがあそこだって言ってたから、どんな人が使ってるのかなって気になっちゃって」
「そんなんでわざわざ会いに来たってことなの?」
「クマちゃん全国的にもあんまり人気ないって聞いて結構ショックなのよ。貴方とっても上手いから、今度ある大会でクマで勝って欲しいなって」
「大会? 無理だよ。ボクあのゲーム初めて三週間しか経ってないし。格ゲーならもっと上手い人がいるでしょ。それに、人が多いところは嫌いだよ」
「ねぇ、いいでしょ。私、貴方の彼女になるからぁ」
「あのねぇ……ボク、そう言うのに興味ないよ」
どうしてこの人は会ったばかりの人間と付き合おうとか言えるのだろうか。きっと美人に産まれると誰だって自分を愛してくれると勘違いしているのだろう。ここらへんで現実を突きつけてやるのも悪くない。
「なんでよ。貴方かっこかわいいっていうか、とにかく女性受けしそうな顔だけど」
「いや、だってボク、女だよ?」