第四章:白を染める紅 13/16
(前回のあらすじ)
「会合の場で、猿鬼の話題を出すのはやめなさい」
あやめにそう注意された宰は、猿鬼を取り巻く複雑な背景を知る。その話をもう少し詳しく聞きたいと思う宰だったが、池田たちは話しにくい様子だ。あやめはそんな時、宰に霊術の話を振ってくる。
鬼になりかけるほどの強い恨みを持つことで、鬼人になること。その人たちの影響を受けて、鬼人になること。そして、霊域の影響を受けて鬼人として生まれること。鬼人の発生の仕方には三つのパターンがあり、桜瀧村の最年少であるという真咲は、最期のパターンで生まれた珍しい鬼人であることを宰は知った。そこで、宰は思う。
「……あれ。そういえば僕、どうして鬼人なんだろう?」
「あなたは生と死の境界が曖昧だから、鬼人になった理由はわからないわ。けれど、当主様があなたに真咲をつけたとなると、恐らくあなたは真咲と同じタイプの鬼人なのでしょうね。東京に霊力はないけれど、大都会の怨念があるわ。鬼人が生まれることもあるのかもしれない」
「そもそも、大都会の怨念って……」
「それは、当主様がちゃんと話されていたでしょう? 大都会の怨念は、桜瀧村のような場所にも集めることのできない怨念のことよ。だけど、怨霊を化生させたことはまだないから、それ以上のことはなにもわからないわね。放っておくことのできないものには違いないけれど」
そういえば、確かに源次郎に話してもらった気がする。霊力のない東京に大量に溜まっているという怨念。鵺事件の夜、桜瀧通りであやめに助けてもらった時のことだとふと思い出す。
「そっかぁ。じゃあ、僕の生と死の境界が曖昧なのもそういう関係なのかな?」
「わかるわけないでしょう」
あやめの返事は身も蓋もなかった。
「今思ったんだけど、生と死の境界ってあやめにも見えてるの?」
「科捩よ。殴るわよ」
「はいすみませんごめんなさい! ……えと。しな、ねじ、にも見える、の?」
「ええ、見えるわ。生まれながらの鬼人か、そうでないかも見分けられる」
「それって、かなりすごいことなんじゃない? じゃあ、僕って今どんな感じに見えて――」
「人の話を聞いていたのかしら? あなたの生と死の境界は見えないのよ」
「はいすみませんごめんなさい!」
若干怖い目つきになっていたあやめが元の無表情に戻り、ふうとため息をつく。
「とにかく、話はこれだけよ。猿鬼のことは考えないようにしておきなさい。いいわね」
「わかった。ありがと、あやめ。教えてくれて――」
「科捩よ。本当に殴られたいようね」
「はいすみませんごめんなさい!」
「……ところで、真咲。大広間のほうはもう全部片づいたのかしら?」
あやめが思い出したように振り返る。その真咲は、未だに池田を「処刑中」のようだった。
「んあっ。池田がこの畳を持ってって、それで全部終わりだなっ」
「やめてぇ、真咲! 落ちる落ちる! ホントにお盆が落ちる!」
両手に畳を持ったままお盆を頭に乗せ、真咲の魔の手をかわしていた池田。だが、さすがに限界だったようだ。ついにお盆を落としてしまうが、あやめが危ないところでキャッチした。
「真咲、京香さんのお盆なのよ。傷をつけたらどうするの」
「あっ。それもそうだな」
え、俺のことは? とゼエゼエ息を切る池田の呟きはスルーされる。
「ひとまずこれは私が持っていくわ。真咲も、やることを終えたなら退治に出なさい」
「あい承知」
「――って、まさか堕ちモノ退治!? これから!?」
今日は定期会合があったのにっ、と思わず大きな声を出してしまった宰に、真咲が頷く。
「私は東の長だからな。リーダーが出てなきゃ、締まらんだろ?」
「俺もこの後出るよ。今日は堕ちモノの数が多いみたいだからね」
「……そう、なんですか。大変ですね……」
「それが俺たちの役目だからね。まっ、休むときはちゃんと休んでるし、大丈夫だよ」
普通のことだと笑う池田に、宰は何もいえなくなる。自分でもよくわからない複雑な気分になり、視線がひとりでにあやめを向く。踵を返そうとしていたあやめが、気づいて宰を見る。
「私も出るわ。池田のいうように、今日は堕ちモノの様子が少しおかしいみたいだから」
「……そっか……」
その言葉が重りだったように、宰の視線は足元に落ちる。口の中には苦いものが広がった。
「……怪我だけはしないでね」
「あなたに心配されることじゃないわ」
あやめはそれだけを言うと、今度こそ踵を返した。ふわりと花の香りが鼻腔をかすめる。
真咲や池田は「またな」と手を振ると、先を行くあやめの後ろを追いかけていった。宰は無言で彼らを見送る。三人の姿が廊下の闇の中に紛れても、宰の立ち尽くす場所にはあやめの残り香が感じられる。いい匂いなのに、苦しい思いが膨張してきて、宰は重く俯いてしまった。
(また……、あの時みたいになったりしないよね……)
鵺事件の前夜、宰を庇ったあやめは鵺に胸を刺し貫かれた。血のにおいと動かない体、羽のような軽さと氷のような冷たさ。あの時感じた恐怖を思い出すたびに、宰の胸は苦しくなる。
本当は、今すぐにでも戦うのはやめてほしいと思っている。けれど、あやめに宰の思いは届かない。真咲の苦しみや池田たちの思いすらも、あやめには何一つ届いてはいないのだから。
ならば、宰が強くなるしかなかった。あやめよりも、ずっと。
もう、傷つけさせないと決めたのだ。
あやめを守るためには、それ以上の方法はないのである――。
「お? ンなところでなにしてんだぁ、宰」
ふいに、あやめたちが消えた廊下の奥から源次郎が歩いてきた。暗闇の中なのでよく見えなかったが、機嫌よさそうに笑っているらしい。宰のデザートを半分食べられたからだろうか。
――源次郎は、猿鬼を認めさせるために宰を騙してきた。
そのことを思い出して一瞬身構えてしまった宰だったが、すぐに笑顔を作ってみせた。今はこのことを悟られたくない。何も考えてはいけないと自分に言い聞かせて、彼に声をかけた。
※10/24/土……前書きを一部削除しました。
ふぁああああああああ(ry
次の投稿は、4/10(金)の22:00すぎになります。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
次回もよろしくお願いします!!
追記)諸事情で、4/10(金)の投稿は、4/12(日)の12:00すぎにさせていただきます。急で申し訳ありませんm(_ _)m