第一章:とある日常に潜む影 8/8
隠々の東の長・永島真咲と再会。
「さーて。なんだか可愛らしい声が聞こえてきたかと思えば……一体どうしたんだ、田中」
「まさき先輩ぃぃっ」
古都子がしゃくり上げながら顔を上げた。その大きな瞳は涙で潤んでおり、頬は上気してほんのりと赤くなっている。真咲の言うように、可愛らしいことになっている。だが、今はとても話せる状態にはなさそうだ。ここは宰が説明したほうがいいだろうと、真咲の隣に並んだ。
「ドアの上に花をつけようとして、古都子が脚立から落ちたんです。頭から」
「頭からだと? なるほど。それでみんなして泣いていたわけか。怪我は……なさそうだな」
「はい。頭もぶつけてません。それは大丈夫でした」
その言葉を聞くと、不真面目そうに笑っていた真咲が本当に安心したように息をつく。
「災難だったな、田中。だが、次からは気をつけろよ。救急車でピーポーパーポーになるぞ」
「はいぃぃっ。ごめんなさいぃぃっ」
古都子が泣きながら謝った。それを見下ろす真咲は年上らしく落ち着いており、意外なことに立ち姿がカッコよかった。……そういえば、と宰は思い出す。真咲の忍は彼女のカリスマに心酔しているという話である。なるほど。うまく言葉にはできないが、真咲には源次郎と似たような大きな何かがある。そこにいるだけで何人もの人を従わせてしまいそうな大きな器が。
(そうか。この人って、実はカッコいい人だったんだ……)
長年探せずにいた失せ物を発見したような気持ちで真咲を見る。その真咲が視線を落とし、ニタリと笑った。宰が感じていた今の感動を焼却炉へ放り投げるような真っ黒い笑顔だった。
「それよりも、田中。実は、現在進行形でおまえよりも災難な目に遭っているヤツがいる。そろそろ、うまいダシが出た頃なのではないか? いい感じに料理してやってはどうだろう?」
「りょうりぃ……? ああっ! ナギぃぃーーっ!」
古都子たち六人に踏まれ続けていた倭は、魂を吐き出したような顔で沈黙していた。体の上から下りた古都子が、急いで倭の肩を揺さぶり始める。だが、倭は死んだように白目を剥いたままだ。すっかりダシを出し尽くしたのだろう。ダシと言えば、宰はダシ巻き卵が大好物だ。
「あー、なるほど。こいつがつけられなかったわけか。ふっ、造花のクセして小癪なやつめ」
その横では、黄色い造花を持った真咲が脚立を起こしている。身軽にその上に乗ったので、彼女が代わりにつけるのだろう。しかし、その真咲でも造花をつけるのが難しいようである。
「あらあらーっ。どうしたの、みんなーっ」
すると今度は、前からニューハーフティーチャーがやってきた。花模様のカーディガンをヒラヒラとなびかせ、スキップしながら近づいてくる。だが、倭の異変に気づくや否や、女の子のような悲鳴を上げ、「倭クンがぁっ!」と、暴走したダンプカーのような勢いで飛んできた。
「ナツ先生ぇ! ナギがっ、ナギが動かないよぅぅっ!」
「大丈夫よ、古都子チャン! 今、ナツ先生が助けるわ! ――えいっ。冷えぴったん!」
古都子の嘆きに、ニューハーフティーチャーが汎用性万能薬(?)冷えぴったんを登場させる。ペリッと透明なシートを剥がすと、倭の額に勢いよくジェルシートを叩きつけた。
「冷たぁっ!?」
倭が一秒で飛び起きた。
「よかったよぉ、ナギぃぃーーっ!」
「抱きつくなぁぁっ! 忍が見てるかもしれねぇだろぉおおおおっ!」
一番に自分自身の心配である。この様子なら、もう大丈夫そうだ。宰は力が抜けたようにため息をつき、彼らのそばに膝をついた――のだが、その瞬間、倭がいきなり噛みついてきた。
「ヴィッキーっ、てめえぇええええっ!」
「ちょっ! いきなり大声出さないでよ。ビックリしたじゃないか」
怒鳴り声に耳を塞いでしまった宰だが、倭は一切構わずに怒りやら不満やらを爆発させた。
「てめえっ! なんで俺を助けなかったんだっ、ヴィッキーのくせにぃいいいいっ!」
「そんなこと言われても。あんなに踏まれていた状態で、一体僕にどうしろって言うのさ」
「そもそも踏まれたり蹴られたりするのは、みんなてめえの役目だろーがぁああああっ!」
「それ、冗談じゃないよ! なんで僕がそんなことっ」
「口答えすんな、ヴィッキーのクセにぃいいいいっ!」
「むぐーーっ!?」
額の冷えぴったんを剥がした倭が、宰の口に飛びかかるように叩きつけてくる。そればかりか、勢い余って床へ押し倒してくる。乱暴に口を押さえつけられ、途中から息もできなくなった宰は、やめろやめろと、倭を叩いたり蹴ったりする。古都子たちの悲鳴が響くが、倭はいっこうにやめようとしない。やめたのは、宰の蹴りが偶然倭の横腹に直撃した時だった。
宰は何とか解放される。だが、これにはさすがにキレていた。自分の口に貼られていた冷えぴったんを力任せに剥がすと、特に痛がっている様子もない倭に俄然と飛びかかった。
「よくもーーっ!」
「やめろっ! 間接キスなるわっ! キショイっ!」
「知るか、腐れ外道ぉおおっ!」
「うるっせぇええっ! つか、こっち来んじゃねっ。腰抜けヴィッキーがぁああっ!」
「いだっ!」
倭が殴るように宰の手を弾いた。風船が破裂したような音がして、宰の手を離れた冷えぴったんがブーメランのごとく飛んでいく。そしてそれは、ある人物の口にペタッと貼りついた。
――ニューハーフティーチャーのぷるぷるとしたピンクの口へ、ペッタリと。
突然の氷河期が訪れる。蒼白く凍りついた世界の中に、恐ろしく長い沈黙が沈んでいった。
「よぉーしっ、できたぞっ。私の手にかかれば、造花であろうと反抗は……ん? なんだ、この静けさは。というか、斉藤先生。口に冷えぴったんなんか貼って、なにやってんですか?」
脚立から降りた真咲が、ニューハーフティーチャーの口に貼りついていた冷えぴったんをペリと剥がす。途端に、それまで固まっていたニューハーフティーチャーが「ダメよぅ、宰クゥン」と、赤い頬を押さえながらモジモジし始める。真咲が不思議そうに宰を見やった。
「いっひひひひ。おめでとう、ヴィッキー。大親友のゴールインをお祝いするぜぇ」
邪悪な笑い声に無言で振り返る。下劣な本性を顔ににじませた倭が、宰の肩を叩いてくる。
――宰は、その顔を拳でぶん殴った。
今のは予想外だったらしい。倭は潰れた奇声を上げながら背中から床へとひっくり返った。
「ええっ!? ヴィッキー!?」
引きつった古都子の声に反応することなく、宰はその場を立ち上がる。真咲の持っていた冷えぴったんをスッと引き抜くと、鼻を押さえて呻いている倭の顔面に、力の限り叩きつけた。
「~~~~っ!!」
倭が声にならない叫び声を上げて激しく抵抗する。が、宰は自分の手の力を決して緩めはしない。ドタンバタンと暴れる倭を床の下にねじこむように、無言で彼の顔面を押さえつける。それでやっと気が済んだ宰は、笑顔になると、ニューハーフティーチャーたちを振り返った。
「すみません。事故が起きたみたいです。ところで、冷えぴったんはもう一枚ありますか?」
「ええ、ええ! あるわよ、あるわよ! もう、どんっどんっ使っちゃっていいからぁん!」
「箱ごとはいいです。一枚いただきます」
宰は使用済みの冷えぴったんを倭の口から剥がすと、新しい一枚を彼の額に貼った。
「はい。浄化」
「ヴィッキーっ!! てめえぇええええっ!!」
口元をピンクに染めた倭が猛然と飛び起きた。
「あのね。僕だって本気で怒ることあるよ。いくらヴィッキーだからって、やりすぎは要注意だからね。息もできなかったんだからさ。……あっ。顔を殴っちゃったのは謝る。ごめんね」
「それだけじゃねぇだろぉおおおおーーーーっ!!」
火を噴く勢いで怒鳴る倭に、ニューハーフティーチャーが「アタシを取り合わないでぇっ」と抱きつく。無論、それで落ち着くはずもない倭は「離れろ、非人類ぃいいいいっ!」とうるさく叫び出し、彼女(?)に「なによ、それぇっ」とピンクの唇をぷるぷると震わせていた。
一方、してやったりな宰は爽快な気持ちになっていた。倭の吠える声がミュージック・セラピーのように聞こえてくる。思った以上に倭への鬱憤を溜めこんでいたようだ。ニューハーフティーチャーの間接キスという最高の形で放出することができた宰は、心の底から笑顔になった。倭に仕返しできたのがものすごく嬉しい。今日という日を記念日にしたいくらいだった。
「……ヴィッキーって、怒るとすっごく怖かったんだね……」
「へ?」
だが、予想もしない古都子の呟きが聞こえてきて、宰は彼女たちを振り返ってしまう。
古都子が真っ青な顔で宰のことを見つめていた。震えながら日野と抱き合っており、涙目になっている女の子たちがそんな古都子たちにひしとくっついている。その様子に、宰はかちんこちんに固まった。なぜこんなふうに怯えられているのか、全くわからなかったからである。
と、真咲が噴き出した。彼女は苦しそうに腹を抱えると、心底おかしそうに笑い出した。
――明日は一年生歓迎会だ。宰にとって、桜瀧学園に来て初めての学校行事となる。
――一体どんなことになるのだろうか。宰にはまだ、明日のことはわからなかった。
なんだ、このラブコメ(汗)
読んでくださり、ありがとうございます。これで第一章は終わりです。
次の投稿は、一日休みを取って、2/14(土)の12:00すぎになります。
第二章は、学校行事の話がメインになります。
短めですけど、中身は……おほほほほ。
勇気を振り絞って、とあるワードをぶちこむ予定です
書くのにすごい勇気を振り絞りましたYO(爆)
まあ、それはともかく。
次回もぜひぜひ読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いしまするm(*´∀`*)m
おまけ↓
※主人公が初めて暴力を振るいましたが、それについては第二章で。
※(懐から出した)冷えぴったんがなぜ冷たいのかは、気にしない。
※何か大事な問題をスルーしている主人公ですが、これも第二章で。




