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鮮血の夜叉姫(旧)  作者: 玖月セイル
第一部<夜>オダマキ
33/148

第三章:戦うこと 5/10

   ・・・


「ここだな」


 先にその場所で足を止めたのは、源次郎だった。宰もほぼ同時にその後ろで歩みを止める。


 他の二人も禍々(まがまが)しい空気を感じているのだろう。全身には、強い緊張をみなぎらせていた。


 宰は周囲を見回してみる。


 先程の戦闘場所とは違って、道幅は狭く、雑草がボウボウに覆いしげっている。源次郎が刀を振るには不向きな場所だ。細長い木々が何本も立ち並び、枝を伸ばして真っ黒な夜空を覆っている。右側の坂から川の流れる音が聞こえてくるが、だいぶ下だ。急な下り坂になっており、一歩右に移動しただけでも転げ落ちてしまいそうだった。いや、あるいは、大量の雑草や小枝が転げ落ちるのを防いでくれるかもしれないが、それでもかすり傷程度では済まないだろう。


 そこは不気味なくらい真っ暗なところだ。夜の闇にどっぷりと浸かっており、何時間もまともな光を見ていなければ、多分五メートル先も見えなかっただろうと思うほどの漆黒である。


 ……なんて、クサイ。目にしみるようなニオイに、宰は鼻を押さえてしまう。


「鬼はここにいるはずだ。本当にいるかどうかは言いきれんが。……宰、ニオイはどうだ?」

「血のニオイもあるよ。けど、今は食べ物が腐った感じの生臭いニオイのほうが強烈だ」

「沖田凜をさらった堕ちモノのニオイのことか?」

「うん。このニオイは間違いないよ……。沖田さんをさらった堕ちモノは、今ここにいる」


 もう、隣にいると言っても過言かごんではないくらい近くにいる。心臓が早鐘はやがねを打ち始めた。


 沖田さん、沖田さん。心の中でそう呼びかけながら、宰は再び周囲に視線を走らせる。


「俺はさっき、限界まで血の妖術を使ってしまったからな。霊術は役に立たんし、迂闊うかつに戦えん。ここでの戦闘は、おまえたちに任せた。――科捩、池田。殲滅せんめつだ。宰は俺が捕まえとく」

「はいっ」

「承知!」


 源次郎の命令に、あやめと池田が素早く返事する。既に、臨戦態勢にあるようだった。


 宰も慎重に息を吐く。鼻から手を離し、風のささやき声に耳をすませるべく雑念を捨てる。


 ……誰も、何も、喋らなかった。


 凍った空気はささくれ立って、ピリピリとした痛みが肌を舐める。足元の土が削れていき、足の裏には引きつった痛みが走る。裸足はだしで夜の道を走った昨夜の傷が開いてしまったらしい。


 ……無音の空気に、神経がとがる。


 この世の全ての音が闇へ吸いこまれていくように、辺りはひっそりと静まり返る。


 耳に痛い静寂だった。宰はふと、風の音が聞こえなくなったことに気づかされた。


(風が消えた……?)


 ここは、衣擦きぬずれの音もしないほど黙しており、静かの海に沈むようだった。凍りついた海の中で、氷にパキパキとヒビが入るように、徐々にある言葉が浮かび上がってくる。


 嵐の前の静けさ。それは、油断、であると。


「――ッ」


 目の前がスパークしたようにニオイが鼻を貫いた時、森の木々が一斉に叫び出した。


 耳をつんざく怒号。周りの空気が急激に変わり、皆が同じ方向を振り向いた。


 左側。その坂の上。そこから、巨大な黒い物体が凄惨せいさんな奇声を上げて躍り出てきた。


「うわ!?」


 だがその直後、宰は注意を向けていなかった後ろから片足を掴まれた。その勢いに倒れて顔を打ち、斜面の下へと引きずり下ろされる。刃物のような雑草や小枝が体に激痛を走らせる。


「宰ッ!」


 源次郎の叫ぶ声がした時、宰は地面から生えていた木の枝をとっさに掴んだ。木の枝はミシリと嫌なうめき声を上げたが折れない。もう片方の手ですがるように握りしめる。と、男のものとも女のものともわからない笑い声がすぐ足元から聞こえてきた。宰は思わず見て、戦慄する。


 人の形をしたブヨブヨの化け物が、口から粘り気のあるヘドロを垂れ流していたのである。


「――触るなッ!! 僕に触るんじゃないッ!!」


 こんな堕ちモノに触られているのが激しく嫌だ。宰は破れかぶれに自由な片足で暴れまくった。だが、堕ちモノに掴まれた足をまれてしまって、ぬめりのある感触に総毛立つ。


「木行!」


 瞬間、青の光。池田の叱声しっせいに従って周囲の木の枝が堕ちモノに巻きつき、宰から引き離す。


「うぐっ――池田さん!」


 宰の前に降り立った池田が、腰の忍者刀を引き抜き、坂の下にうごめく堕ちモノに飛びかかる。


「宰!」


 源次郎がザッと坂を滑り降りて宰の肩を掴んだ時、池田は最初に狙いをつけた堕ちモノの首を刎ね飛ばしていた。噴出する赤。煌かせる銀色。霊術で木の枝を操りながら、池田は張り巡らせたそれらを足場にして、鳥のように飛び回った。体術を駆使し、堕ちモノを蹴り飛ばす。


 上からは、地鳴り――。体を分裂させた堕ちモノが、残っていたあやめに襲いかかる。


 だが、あやめは冷静だった。腕を振るって血の妖術【ケツ】を弾けさせると、大量にいた堕ちモノを血のやいばで八つ裂きにした。切り刻まれずに済んだ堕ちモノもいたが、それには血の妖術【ベツ】を使う。弾丸のごとき血の弾が放たれて、堕ちモノを大きな蜂の巣へと変える。


 あやめの戦いも、池田の戦いも、どちらも過激だ。息もつかせぬほどの強烈な光景。


 そんな彼らの戦いに目を奪われている中で、唐突にゾッとするような鳴き声がした。


 ヒャハハハハ!! ――まるで、首を絞めながらトンネルの中で甲高く笑うような声だった。


 感電したように全身がビクリと震え、宰は源次郎と頭上を見上げる。木の枝には、人型の堕ちモノが何体も足を引っかけてぶら下がっている。ゆらゆらと動き、急に動かなくなる。かと思えば、口の端をとがった耳の上まで引き裂き、鉄砲玉のようなものすごい勢いで降ってくる。


「ちっ!」


 源次郎が即座に抜刀。左から右に、白銀の光をまばゆくほとばしらせる。


 ――一瞬だった。


 七体はいたはずの堕ちモノが、たった一振りで消し飛んだのだ。白いペンキをバケツでぶちまけたような一瞬。先程の戦いの時とは全く違う早業に、宰は驚くべき声を出してしまった。


「うひぃっ!?」

「ほう、こいつはいいな。ヤツにしては、随分といいものをくれたじゃねーか」


 やいばには血が一滴もついていなかった。そればかりか、そのやいばが白く発光しているようにも見えた。闇の中でも煌々(こうこう)と輝くあまりに、宰の間抜け面がその表面にくっきり映るほどだった。

次の投稿は、1/6(火)の22:00前後になります。


次回、凜を助け出すことはできるのか?

続きも是非よろしくお願いしますm(。-ω-。)m

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