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鮮血の夜叉姫(旧)  作者: 玖月セイル
第一部<朝>アヤメ
16/148

第四章:陰は暴かれる 3/4

<あらすじ>

五百年前、血の妖術によって全てを奪われた過去を持つ源次郎。鬼人として冷酷な一面を見せる源次郎に、強い怒りを見せる宰だったが、戦うことはあやめ自身の望みであると知って愕然としてしまう。言葉をなくしてしまう宰に、源次郎は気遣うような言葉をかける。そうして、いったん休憩することになる。


 源次郎は首を回してから元のあぐらに戻ると、ふと何かを思い出したように宰を見た。


「そういえば、宰。前におまえに言っといたことがあったよな」

「なにを?」

「歓迎会。おまえがこっちに来た夜に言ったんだが、忘れたか?」


 ……思い出してしまった。宰の何とも言えない心の思いが顔に出ていたのだろう。源次郎が「なんだ、その潰れた顔は」と、たちまちのうちに文句を言ってきた。宰は力なく首を振る。


「そこまでしなくていいです。てか、武村さんも止めてください」

「武村の一発芸はすごいんだぞー。ぶっちゃけ、俺も楽しみなのだ。……と、そんなことではなくだな。実はその折、おまえのことを桜瀧村おうりゅうむらの有力者らに紹介しようと思っているのだ」

「え? 桜瀧村おうりゅうむらの有力者って……永島ながしま家とかあきら家とか五色ごしき家とか、その御三家のこと?」

「なんだよ。知ってたのか?」


 源次郎が意外そうな顔をした。


「ううん。今日、倭が……ああ、えーと、僕の友達……友達? が、ちょっと話してくれて」


 一瞬、あの男は友達なのだろうかと考えてしまった。源次郎は「そうか」とだけ呟いた。


「その辺りの話は歓迎会の時にでもしてやるが、簡単に言うとそいつらも俺と同じ鬼人でな。あー、いや。それ以前に、この桜瀧村おうりゅうむらに住むほとんどが鬼人なのだ」

「え、そうなの?」

「ああ、そうだ。二百年前、俺とともにここに来た」

「ふーん。じゃあ、新市街の人たちは?」

「その呼び方も知ったのか……。ああ、何人か鬼人だ。だが人間のほうがはるかに多い。県外に住む鬼人もいるにはいるが、やはり人間のほうが圧倒的に多い。ここと違って、三和の霊域の影響を強く受けていない土地だ。鬼人も人間も、ここ以外なら自由に住まわせているのだ」

「へえー」


 そうなると、宰に話しかけてきてくれた桜瀧通おうりゅうどおりの人たちやE組のクラスメイト、桜瀧おうりゅう学園に通う生徒の中にも、源次郎と同じように何百年も生きている鬼人がいるということになるのだろうか。県外にも寿命のない人々がたくさんいて……ちょっと想像が追いつかなくなった。


「ここには組織がある。四国一帯の鬼人どもを支配する組織がな――。宰、俺はおまえの後見人だが、同時に四国の鬼人どもを統べる大ボスでもある。だからおまえのことは形式上、桜瀧村おうりゅうむらの有力者らに何かと話しておかなければならないのだ」

「大ボスが後見した人間だってことで?」

「そうだ」

「じゃあ、源じいの一人騒ぎじゃなかったんだ」


 ちょっと呟くと、源次郎が渋い顔になった。


「一人騒ぎじゃないわ、バカたれ。つか、小僧がいちいち生意気を言うんじゃねーよ、コラ」

「すみませんでしたー」


 真面目に謝ることはしなかった。とはいえ歓迎会と言いながら、意外と重大な意味があったようである。案外ただのアホじじいでもなかったのだなぁ、と宰は失礼なことを心に思った。


「あっ。今思ったんだけど、そういう話って僕にしちゃってもよかったの? 鬼人のこととか組織のこととか。なんとなくだけど、源じいたちで秘密にしている感じでしょ? 御三家の人たちと相談してからでなきゃ、僕にこういう話をするのはダメっぽい気がするんだけど……」

「俺を誰だと思っている? 四国の者どものトップに立つ男だぞ。それに、おまえのことは一年前からちょくちょく話しているんだ。今話そうが、後で話そうが、大した問題じゃねえよ」

「……ふぅん。それってつまり、最初から僕をそっち側に引きこむ気だったってこと?」


 サラリと言われた暴露に薄く目を細めてやると、源次郎も怯まずに薄笑いを浮かべてきた。


「どうせ気づくと思ったしな。予想に反して、おまえはもう気づいてしまったわけだが」

「ぐっ。ぼ、僕だって気づきたくて気づいたわけじゃ……」

「そんなこと言って、ここに来た時からなにかと気づいていたじゃねーかよ。堕ちモノが出る夜に神社で寝こけるようなバカをやっているかと思えば、勝手に人の話を盗み聞きしおって」

「仕方ないじゃん。変な声、聞こえたんだもん」

「もん、じゃねーよ。おまえじゃなかったら大問題だ。つかおまえ、神社で寝ていたのはぶっちゃけ危なかったんだからな。俺が行かなかったら、おまえ、あの時どうなっていたか……」

「ええっ! ウソっ!」

「ウソだ。フフン」

「……ねえ、源じい。蹴っ飛ばそうか」

「もう一度言ってみるがいい、宰」

「はいすみませんごめんなさい、ウソです生意気でしたもう言いません!」


 へえへえと平伏する宰を見ながら、源次郎は首の後ろをポリポリとかいた。


「今は事態が安定しない。それゆえ、歓迎会の日取りも何も決まっておらん。だが、可能なら来月にでもり行いたいと思っている。奇数月には定期会合があるからな。ちょうどいいだろう。それと、ついでといってはなんだが、その時『隠々(かくれがくれ)』の話もしてやろう」

「かくれがくれ?」

「おまえに目をつけた忍どももいる、俺の配下のことだ」


 衝撃のお話にぶうっと噴き出した。途端に、源次郎が嫌な感じに笑い出した。


「いやーっ。早速忍に目をつけられるとか、全く期待どおりのことをしてくれるよなぁ、宰!」

「冗談じゃないよっ。てか今日、下駄箱開けたら『妬ましい』の手紙があったんだけどっ」

「妬ましいだと? 最上級のもてなしじゃないか。アイツラにえらく気に入られた証拠だぞ」

「どこがっ! 怖いんだけどっ!」

「だから、それだけ気に入られたということなのだ。忍はシャイだがアグレッシブだからな!」

「源じいーーっ! 僕の話、全然通じてないでしょーーっ!」


 今日の苦労を思い出して半泣きになるが、源次郎は他人事のように大笑いする始末だった。


「ああ、そうだそうだっ。おまえ、忍の話は誰から聞いたんだっけか?」

「倭だよ、古賀倭っ。源じいみたいな腐れ外道だよっ」


 源次郎といい、倭といい、何という連中ばかりなのだろう。僕こそ平穏な日常を潰されてるよっ、と宰は大声で叫びたくなった。――なにがサンドバッグだ、なにがヴィッキーだ。倭は明日蹴ってやる。てか、明日は休みか。ダメじゃん、私立なのに土曜が休みとか。それもこれもみんな倭と源じいのせいだ。忍に狙われたのだってそのせいだ。僕の平穏を返してほしい。


 そんな意味不明な恨み言をたたみに伏せながらぼやいていた時、源次郎が何かを呟いた。


「……そこまでわかったか……」

「え?」


 源次郎は今までのふざけた態度を全て捨て去ると、再びゆったりと腕を組んだ。


「宰。おまえは今日、科捩しなねじに猿鬼のことを聞いたそうだな」

「猿鬼……? ああ、うん。聞いたよ。だって倭は猿鬼じゃないか。僕もあや……しな、ね、じに注意されるまでは、鬼人の事情とか知らなかったからさ。昨日の猿鬼がクリームパンなんか食ってるもんだから、あんまりビックリしてね。思わず本人に昨日のこと聞いちゃったよ」


 名字で言おうとしたら、またしても噛みそうになってしまった。


「でもさ、今の倭は知らないってどういうことだったの? あれがいまいちわかんなかったんだ。しかも倭は、聞いてもなんだか微妙な反応だったし――」

「なぜ見抜いたんだ?」

「へ?」


 間髪を入れず源次郎に聞かれ、ちょっと目を丸くした宰はすぐに答えた。


「目と鼻の形が同じだったんだ。あと顔の輪郭りんかくとか。そういえば倭ってニューハーフ……さ、斉藤先生と同じ仲間なの? もしかして隠々とか? だから空を飛んだりとか、あんなすごい動きができたわけ? でも、あれ? 髪は白くなってたし、別人みたいな無表情だったし……」

「猿鬼は違う」


 源次郎は短く、だがはっきりと言った。


「猿鬼は鬼人ではない。あれはもう四十四代目だ」

「四十四代目?」

「ちょうどいい機会だな。これも話しておこう。……宰。今、何時だ」

「えっと」


 ポケットからスマホを覗かせて、今の時刻を確認する。


「六時十分だよ」

「そうか。じゃあ、いいな」


 源次郎は竹でできた小さな笛を和服の袖の中から取り出すと、口にくわえて高く吹き鳴らした。鳥の鳴き声のような透き通った音である。


 ぽかんとする宰の前で元のように竹の笛をしまうと、彼は袖を直して腕を組んだ。


「今、なにしたの?」

「すぐわかる。もう来たぞ」


 あごでしゃくられ、宰は後ろを振り返った。


 部屋の外は既に薄闇の中に沈んでいた。だがその彼方かなたから、瞬く間に黒い点が迫ってきた。


 ――風切り音を鳴らして、影が庭に着地する。


 宰は直後、腰を浮かせた。見覚えのある青黒い中国服に、純白に染め上げられた白い髪。獣のような独特のしゃがみ方をしたその人物――紛れもない、血に濡れた昨日の男だったのだ。


「猿鬼。宰におまえのことを話しておきたい。中に入れ」

「承知」


 感情のこもらない低い声で返事して、猿鬼と呼ばれた男が音もなく縁側に上がってきた。やはり裸足である。彼は部屋に入ると宰の斜め後ろで片膝をつき、俗に言う忍者座りになって源次郎を見据えた。その目つきは昨日のようにとても鋭い。そして、宰に一切の関心を向けようともしない。冷たくてかたくななその態度に、宰は思いがけず戸惑わされてしまった。


「あ、あの……」

「猿鬼。宰に顔を見せてやれ。もうバレている」

「承知」


 猿鬼に声をかけようとしたところで、源次郎がその彼に短い指示を送った。猿鬼は言われたとおりに頭の頭巾ずきんを外すと、顔半分を覆うマスクも引き下ろして、初めて宰に視線を向けた。


 宰はその瞬間、息を止めた。――現れたのは宰のよく知る人物、古賀倭の顔だったからだ。


 やはり、倭は猿鬼だったのである。


 だがその瞬間、宰は奇妙な感覚にもおちいった。……なぜ髪の色が違うのだろう。その身に纏う雰囲気は著しく異なっているし、悪意のある笑顔さえ浮かべていない。宰を射抜く目には光がなく、冷徹で淡々としており、何の感情も宿していない。それこそ「別人」のようであった。


 ――なぜだろう。たった今、「倭」と「猿鬼」が同一人物だとわかったはずなのに。

 ――宰には逆に、それぞれが別の存在であるように感じられてしまったのだった。


「しかし、驚いたな。まさか猿鬼の正体を見破るとは」


 源次郎が落ち着いた調子で呟いたので、宰は「どういうこと?」と彼を振り返った。


「普通は見抜けないものなのだ。本当に強力な妖術をかけているからな。たとえ俺に似せた模擬人格がなくても、『猿鬼』と『古賀倭』が同じ存在だと、誰も気づくことはできないはずだ」

「誰も気づかないって、なんで……え? 模擬、人格?」

「おまえ、昨日の夕食の時に言っていたよな。友達認定してきたヤツが、この俺に似ていると」


(……あ……ッ)


 ツララで撫でられたように背筋が冷える。嘘みたいな衝撃に心臓が止まった心地になる。


 ――ああ、そっか。なんか似てるんだ、源じい――

 ――僕を友達認定してきた人。あんな最低なヤツ、初めて見たよ――


 脳内に響くのは自らのセリフ、何気ない言葉。空白のスペースにパズルのピースがぴたりと当てはまって、そのことに愕然とさせられる。そうして今更ながらに、そのことがひどく恐ろしい事実であるかのように感じられる。……あれは、ただの八つ当たりなどではなかった。もしかしたら宰は、「源次郎」と「古賀倭」を同じ存在のように(・・・・・・・・)感じていたのかもしれなかった。


 にわかには信じられないことである。けれど宰は、間違いなく(・・・・・)気づいてしまっていたのだ。


「おまえの勘は鋭すぎるな、宰」


 突如、源次郎が低い声で切り出してきた。


「初めて出会った時からずっと思っていたことがある。そして、此度のニオイや猿鬼のこともそうだ。これは、もはや尋常なことではない。やはり、普通の人間ではないのかもしれんな」

「え?」


 源次郎は一瞬口を閉ざした。自らの正面にいる宰を見据えて、そしてその言葉を口にした。


「この際だからはっきり言おう。おまえは人間ではない」


 え、とかすれた声がもれた。


「おまえは人間ではない。――おまえは鬼人なのだ、宰」

・6/10、7/10を統合しました(15/2/2/月)

・サブタイトルを変更しました。内容に変わりはありません(15/4/20/月)

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