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短編小説

汝、ハーレムを望むか

作者: 夕凪

 



 俺は今仕事中だ。

 冒険者としてギルドからの依頼であった「エレベスト霊峰のモンスター分布調査」の報告書を書いている。正直、こう言う事務職は全くもって得意じゃないんだが、任せられる相手どころか今現在パーティを組んでない俺には仲間すらいない。

 仕方なくギルドの方で用意された会議室(小)に籠って書類仕事をしていたら、小さく、控えめなノックが響いた。

 机に広げられたのは俺が日本語で書き記したモンスター情報。今はそれをこの国の言語に訳して体裁を整えているだけなので誰かに見られても問題はないだろう。応えを返せば、まさにおずおずといった風情で、冒険者にしてはかわいらしい風体の兎耳少女が入ってきた。

 ふぉおお! ケモ耳は正義! と思っていた時代を苦く懐かしく思って用件を促せば、彼女は差し入れだとパイの入ったバスケットを赤くなりながら机に置いた。

 俺は一度それを視線で追い、彼女を見上げてもう一度バスケットに戻す。


 相手は頬を染めて期待した目でこちらを見ている! 

 どうしますか?

  1.ありがとうと言うだけにする

  2.受け取って食べる

  3.いらないと突っぱねる

  4.無視


 さて、俺は4を選択したんだが、女の子にそんなことひどいとか文句あんのか。......それは、俺の話を聞いてから言ってもらおう。


 俺は、日本からの転生者だ。

 何がどうしてこうなったのかは知らないし、知識もどんな風に生きて死んだかも覚えているが、特定個人名や顔は全く出てこない。トラックの運ちゃんだった父親の顔はどんなだった? 専業主婦だった母の名前は? モテてた弟が、何をとは言わないが俺よりずいぶん早く卒業した弟が、俺に見せたからかいの表情は? あえて言うなら、俺の前世って言う小説を読んだ気分だ。思い出せないから彼らの風貌を勝手に予想し、当てはめている。全部思い出すことが出来たならきっと、挿し絵を初めて見た読者の気分で、こんなイメージじゃないと思うんだろう。

 けれどそのお陰で、俺は前世を客観視できている、と思う。特定の名前が思い出せないだけで感情移入が出来ないなんてな。だから前世と今世を区別できてるのだ。まあ、交通事故によって死んだ25歳オタク童貞の生涯なんぞ、誰が読んで楽しいんだっつうね。

 とか言いながら、俺も最初は興奮していた。

 異世界転生なんてネット小説で腐るほど読んだし、貴族には生まれなかったけど剣と魔法に関してはテンプレなチートだった。日本人感覚で金髪碧眼の前世に比べたら格段にいい顔立ちももってた。今は更にスキルを磨いて、洗濯や繕い物などから刺繍や編み物に至る装飾、家庭料理からコース料理、草笛からリュートなどの楽器類も極めた。戦闘に至っては暗殺者一人から百人単位の軍隊までなら軽く殲滅できるんじゃないかな、チートだし。やったことないが。

 今の俺にとって出来ないことを探す方が難しいんだよなあ、はははは。......はあ、ここでこう言ってもかなり虚しい。正確に言い直そう。

 

 俺には、チートとハーレム属性が付いていた。


 元はこの国で育った農民とは言え、やはり子供の頃は記憶も混濁していたし、俺はずいぶん早くから落ち着いた思考が出来ていたはずだ。

 25歳の日本人として、サブカルの世界にどっぷり浸かったオタクとして、異世界転生ktkr! と思わずにはいられなかった。農民の三男だった俺は将来的に農地を継ぐことはない。ってことは冒険者フラグ立ってね!? と調子に乗るのも仕方ないと言える。加えて、すでにニコポナデポを実感していた俺は、将来ハーレムを作ってやろうとも思っていた。だって、近所の女の子がプラマイ5歳くらいならにっこり笑ったり頭撫でたりするだけで頬を染めんだぞ? 向こうからくっついてきてくれんだぞ? 大好きーって笑ってくれんだぞ!? イケヅラだと思っていた顔面偏差値は中の中なのに! つーか異世界イケメン多すぎんだよ。............まあ異世界転生で調子に乗ってたからできた芸当で、よくも前世オタク童貞が仲良くもない(仲良くてもだが)女の子の頭を撫でれたよ、と思ったりもする。妹がいるせいか、今でもあまり抵抗がないが。

 とにかく幼少時、俺はこのもって生まれたものを有意義に活用しようと思ってた。

 剣も魔法もあり、獣人にエルフも居るこの世界で俺は主人公なんだと。


 結論を言えば、確かにラノベ的主人公の位置に俺はいた。

 モンスター討伐依頼で村に寄った冒険者がAランク冒険者パーティで、剣と魔法を教わった。お前すげえ才能持ってんなとギルドに登録を促され、晴れて冒険者に。同じランクの格闘家とコンビを組んで、たまたま出会ったエルフの魔術師とパーティになり、猫耳シーフに気に入られ、合法ロリ僧侶にきょにうなお色気アサシンと仲間になった。ちなみに全員女の子。他にもツンデレ幼馴染み、ギルドの受付嬢と、あの頃色んな諸々で敵対していた組織の女幹部。各種取り揃えられた美女美少女たちは、みんな俺のハーレムの一員と言ってよかっただろう。

 何をとは言わないが卒業させてもらったし、俺は楽しく過ごしていた。だから他の娘もそう思っていると思っていた。



 権力者が女を侍らせる、ハーレムってのは本来ならそういうことだ。それは王家の血筋を絶やさないため、それが出来るだけの財力と権力を王様が持っているからだ。

 そして、権力者......たとえば王様がそれに耐えられるのは、王様が全員を愛している訳じゃないから、側室が王様を愛している訳ではないから。全員が全員って訳じゃないだろうから心から王様を慕っている女性が居ないとは言わないけど、王妃様とか第一夫人とかには立場に付随した仕事や義務があるから王様大好き! だけじゃ務まらないし、側室は側室で実家の利害とか序列とか泥々な裏事情が絡む。

 王様も侍る女性たち(もしくはその実家)も諸々全部を理解しているから成り立つんだ。

 

 だが、調子に乗った農民出の権力もなにもない俺が調子に乗ってニコポナデポを量産した結果出来た俺ハーレムは、すべて俺大好き! で出来ている。そして彼女たちの立場が対等なものだから、生まれるのはそう、俺争奪戦。

 最初はそう大きなものじゃなかった。俺のとなりに座るのは私だとか依頼を受けない日に出掛けるのは私だとかその程度。俺がちょっと困ったように笑って見せれば彼女たちは照れながらも譲り合ってくれていた。見えないところで足を引っ張りあってるのかもしれないが、女が本気で隠せば男に見破れるものはないと思う。俺の経験が足らんせいかもしれんが。

 人間、男も女も関係なく欲ってのは際限がない。一個手に入れればもう一個、俺のそばにいる立場から俺の唯一の存在になりたいと、そう思うのは自然で。

 俺は鈍感主人公になりたかったと本気で思った。都合よく聞き逃す耳や、ラッキースケベをラッキーだと気付かない鈍感さ、そもそもハーレムを作りたいと思った時点で不可能かもしれないが、そういうものがあれば耐えられたんだろう。

 

 ある日、最初にコンビを組んだ格闘家の少女に告白された。

 思い詰めたような顔に、真っ赤に染まった肌。素直に可愛いとは思った。他の皆も俺に好意を持っているのはまるわかりだったから出し抜いて告白しに来たと、自分のことを好きになってほしいけど、それが無理なら何番目でもいいから俺のものにしてくれと。

 その台詞に衝撃を受けた。

 ひどい奴だよな。調子に乗ってたのは事実だし、皆、俺を取り合わないでなんてふざけて思っていたのも本当。それは、そんな俺のどこを気に入ったのか真剣に好きだって言ってくれるこの娘や、他の娘たちにも失礼なことだと今更気付く。この娘は俺が誰かを特別に好きじゃないって気付いてる。たぶん、他の娘もそれはわかってるだろう。皆それぞれに可愛いし好ましいとは思ってるけど、彼女たちが欲しい特別じゃない。

 何番目でもいいからなんて相手に言わせる俺自身が、ものすごい情けなくなった。どんだけ調子に乗ってんだよって話だよな。

 そう思ってしまったら、ただチヤホヤされてモテたかった俺ってなんて中身のない人間だったんだろって、一気に落ち込んだ。目の前でおろおろしてる格闘家の娘にもなんの反応も出来ずに、前世の俺がどんどん卑屈に思考を導いていく。

 最終的にごめんとしか言えなかった。


 俺の答えに、涙目になってわかったと言ったあの娘は、しばらくしてパーティを抜けていった。申し訳なく思いながらも卑屈になった思考回路から抜け出せずに勝手にも軽く女性不信に陥っている俺に、止めを指したのは誰だったか。


 その後、イケイケな性格の娘も大人しい性格の娘も、俺に告白してくることはなかった。けど、側からも離れない。俺がいつか誰かを選んでくれるんだって、序列争いが激化していった。今までは表面上皆仲良くだったのに、あの娘の告白に遠慮だってしてられんという一種の脅迫状態に陥ったのか? 完璧に隠されていたいじめみたいなもんも発覚したり、俺が見て見ぬふりをすると思ったのかパーティメンバーが公然と喧嘩(とかいて戦闘と読む)とかはじめてもうめちゃ怖えんだって。

 自分が望んだハーレム状態なのに俺は疲れてしまって、ソロで腕を磨くとかなんとか言ってパーティも拠点にしてた街も離れた。要は、戦略的撤退ってやつだ。想いを告げられる前に逃げて知らんぷりしようっつう......やっぱ俺情けねえってか最低なやつだ......。あ、でも格闘家の娘には会いに行って、お礼と謝罪をちゃんと言った。ばかって言われたけどその通りで、俺は苦笑いしかできなかった。

 俺から離れていったって言っても、納得してない娘はもちろんいるわけで。色んなバリエーションのキャラ属性の女の子が集まってたってことは執着の強い娘もいて。何で女の子って女の子を標的にすんだ? 俺にまたハーレムっぽいものができかけていたとき、俺の前に現れたきょにうお色気アサシンは、俺がいる目の前その子達を後ろから切りつけようとするし! 止めたけどさ。止めたあと、何で止めんのかすっげえ泣かれたんだよな。出来る出来ないはあるだろうけど普通止めようとしないの? 目の前で誰か殺されそうになってたら。

 他にも気がついたら俺んちにいて、ご飯作ろうとしてたエルフ魔術師が用意した材料が、それ何の毒つくんのってくらい禍々しかったり。

 その子たちが俺のためになにかをしようとーーー自分から離れていかないように依存させて手綱を握る行為で、胃袋を掴むってのもそういうことよね、と後から聞いて鳥肌がたったーーーあの手この手で世話を焼いてこようとするので、俺は戦闘能力に家事能力、各種技能的なことは何でも出来るように鍛えていった。結果が今の俺だ。


 今の俺になったのは彼女たちのおかげ、というか、彼女たちのせいというか、そもそもの原因は俺なんだけど、まあそういう経緯ががあってで。

 ハーレム要らないのに作っちゃうってのもそういう主人公っぽいが、要らないと思うと煩わしい。特に俺が持ってるハーレム属性攻撃「にっこり」は制御できないし。ニコポは思い出し笑いでも発動するのが難点だよなあ。「なでなで」はしなきゃいいんだから。今では妹にもやらんしね。ってーか妹の結婚相手にそこはかとないヤンデレ臭がするんだが俺はどうすればいいんだろうか。


 ってわけで、俺は差し入れ猫耳女子に対して4を選択した。異論は認めるしお説教も妬みも受ける覚悟はある。

 が、あれから10年経って、やっと好きな娘が出来たのに、今更ハーレムがあったってしょうがないだろ。前世を含めて52年。やっときた初恋だってのに。あ、どうしよう、なんか恥ずかしい。


 やっぱ人って無いものを求めるし、失敗も繰り返すのかね。

 好きな娘ができて、よっし今こそニコポナデポで! と思ったら効かないばかりか虫けら見るような目で見られました。調子に乗っちゃいけないってことですねわかります。あれ、目から汗が......。

 ただそうすると俺にアピールポイントなんてないし、そもそも口説きかたなんて分かんねえし、俺なんかが近くにいたらダメなんじゃないかとも思えてくる。

 

 とりあえず今は、無意識ハーレムを作らないようにしつつ、好きな娘の、こう、付かず離れずな位置にいて上手いこといったらいいなって妄想する日々を過ごしてる。告白なんてまだ早いし! 無理無理!

 

 置いていかれたパイを食べつつ(魔法でしっかり検査はした。食ったら髪の毛デロリとかまじで死ぬほど怖かったからな!)、報告書書きながら好きな娘を思い浮かべ、思わず緩んだ口許にやべ、と声を洩らす。いかんいかん、ニコポはこれでも発動するからなあ。

  


 俺はもう、ハーレムを望まない。

 そういうのは二次元に限るよな、としみじみ実感したから。




 

主人公

 日本人オタクの転生者で超ハイスペックイケメン。前世の影響か能力があるとは認めているのに自己評価はかなり低い。実は各国が今最も欲しがっている冒険者で、最年少でSランクに上がっている。また自分の顔がそれほど良いとは気づいておらず、日本人が外人見るとかっこいいなあと思う意識が働いてるんで回りの方がイケメンに見えちゃってる。

 健全な男性らしくモテたい願望があり、十代後半でハーレムを築く。しかい一般的な高校生くらいの年齢の男に彼女たちの気持ちまで受け止めてあげる包容力があるはずもなし、恋もしたことがなく経験も浅い日本人感覚をもつ主人公は純愛少女漫画さながら俺情けねえ状態に陥る。ちなみに、告白されたことは格闘家の少女にのみ。告白すらしにくい女にとっての高嶺の花だったりする。

 無意識だが女性たちのキャットファイトへオタク的に恐怖を感じており、女性は二次元に限るという前世の思考と俺情けねえ状態とが相俟って軽い女性不振に。

 好きな娘とは道で絡まれているところを何故か助けたことになっていて知り合う。俺から口説かれてもな、でもやっぱちょっとくらいしゃべりたいしと情けなさそのままに付かず離れずな位置で満足している。スススストーカーじゃねえし。初恋は実らないとか今言われると結構傷つく豆腐メンタル。


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めのセリフと最後のセリフ、それに至るまでの経緯、全部ひっくるめて一貫性と説得力があり、とても面白く読ませていただきました。 巷に溢れるハーレムものとか異世界ものに正直偏見のような、みんな…
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