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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

薄氷下の焔

作者: 高杉 透

“ケータイ持ち込み禁止。見つけ次第、没収”


 窓の外に光が消えて久しい時刻、教師からのメッセージが張り紙された廊下


を、ひとりの少年が音高く走っていた。等間隔に並ぶ特別教室のプレートが額


を掠めてしまうほどの長身に、鍛え抜かれた筋肉質な肉体。高校生にしては厳


めしい印象がある角ばった顔立ちに微かな焦りを浮かべた彼は、技術室、視聴


覚室、図書室……と通り過ぎ、美術室の前で足を止めた。少しばかり周囲を窺


うような仕草を見せた後、彼はドアの隙間から教室の中を覗き見た。


 美術室の黒板には“本日、校庭で写生”という文字が、この高校に通う生徒


にとっては馴染み深い筆跡で乱雑に綴られている。少年は無人であることを確


認し、美術室の中へと進んで行った。グラウンドからの照明があるおかげで足


元が見えないほどではないが、それでも暗い美術室は昼間とは随分と勝手が違


う。彼は整然と並ぶ机を幾度かきょろきょろと見回した後、出席番号順に割り


振られた自分の席へと辿りついた。ほんの少しごそごそと探っていた彼だった


が、ややあって机の奥から携帯電話を取り出した。


「ああ、よかった」


 安堵の息をつき、携帯電話をズボンのポケットへと納めたあと、そのまま踵


を返してドアへと向かう。そしてふと、美術室の壁に張られていたポスターの


前で歩みを止めた。表情もなくポスターの中の半裸の女を見つめていた彼だっ


たが、やがて悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべると、広い肩にかけ


ていた学校指定のカバンの中から筆記用具を取りだした。


「村上?」


 何の前触れもなく名前を呼ばれて、文字通り彼は飛び上がった。反射的に声


がした方を振り向く。そこにいたのは、片手に数冊の本を抱えたクラスメート、


水谷聖也だった。


「な、何だよっ! 驚かすなよっ!」


 彼は村上と同じ黒いスラックスをはいているから男子生徒であることには間


違いない。けれど、華奢な体つきに清楚で可憐な女優のような印象も相まって、


どこか中性的な魅力に溢れている。白くて綺麗な肌は陶磁器のようだし、銀縁


眼鏡の奥に隠された瞳は冬の凍った湖のように美しい。


「ごめん。村上が見えたから、何してるんだろうって思って。驚かせるつもり


はなかったんだ」


 水谷は作り物のように整った顔立ちに苦笑を浮かべ、何を思ったのか村上の


方へと近づいてきた。彼の視線を追って、村上は無意識に息を詰めていた。


「あ、いや、これは……」


「すっごいセンス。何だよ、これ」


 村上の手によって落書きを施された古代ギリシャの芸術、ミロのビーナスの


ポスターを見て水谷は声を上げて笑う。両腕を失ってその美しさに拍車をかけ


たと評される血の通わない冷たい石造りの女。彼女と同様に、村上の横に並ぶ


小柄なクラスメートの制服は、右腕があるべき場所が空洞のまま重力に引かれ


て揺れていた。


「天才バカボンの……“しぇ~”のポーズ……」


「え? おそ松くんじゃなくて?」


「そ、そーだっけ?」


 水谷から視線を逸らし、村上は無意味に坊主頭をかく。そして言葉を発する


きっかけを探すように、幾度となく息を詰めた。


「わりぃ……」


 挙動不審な村上を不思議そうに見ていた水谷に向かって、村上はその大きな


体からは考えられないほど小さな声で謝った。一瞬、なぜ彼が謝ったのか分か


らないという顔をした水谷だったが、ややあって声を上げて笑い始めた。


「気にするなよ。周りが思うほど自分は気にしてないもんだから」


「そ、そっか?」


「そうだよ」


 村上に向かってにっこりと笑いかけた後、ふいに水谷は表情を変えて落書き


されたポスターに視線を向けた。


「腕を生やしてみたいっていう気持ちは、よく分からない」


「へ?」


「むしろ、もぎ取ってやりたいって思うことはある」


 薄く氷が張ったような怜悧な瞳の奥に妙な熱を孕んだまま、水谷は村上の方


へ向き直る。何とも言えない彼の雰囲気に呑まれたように、村上は水谷の姿を


息を詰めてじっと見つめていた。


「ぼくの、この腕なんだけど」


 精巧に作られた陶器の人形のような左手の指が、布だけが垂れ下がるシャツ


を撫でる。無意識に、村上は水谷の手の動きを目で追いかけていた。


「母親に……されたんだよ」


 水谷の唇が紡いだ言葉に、村上の顔から表情が消えた。


「ゴミ収集車に向かって、突き飛ばされた。よく覚えてないけど、死ねってい


う、その言葉だけは今でもはっきり覚えてる。気が付いたら病院で、右腕が無


かった」


「なんだよ、それ……」


 村上の指先が震える。肩にかけていた荷物が大きな音とともに床に落ちた。


開けっぱなしのカバンから空になった弁当箱が覗いている。それを見つめる村


上の瞳はそれまでの澄みきっていた様が嘘のように嫌悪と憎悪を孕んでいた。


「なんだよ、それっ!」


 語気荒く、村上は水谷に詰め寄る。そんな彼の反応に、水谷は驚いたような、


それでいてどこか反応を楽しむような表情を浮かべていた。


「なんで村上が怒るんだよ」


「な、何でって」


「優しいね、村上は」


 言いながら、水谷は視線を床に落とした。


「前から思ってたけど、村上ってホントにいいヤツ。クラスで人気があるのも


納得できる」


「お前だって人気者だろ?」


「どうだか」


 ふいに水谷が顔を上げ、真っ直ぐに村上の方へと歩み寄って来た。


「いいヤツの村上からしてみれば、さ……」


 互いの体温さえ感じ取れるような距離に、村上は一瞬だが鼻白む。だが、水


谷が持つ独特の美に魅入られてしまったかのように、その場を動くことができ


ずにいた。


「こういうことをするぼくを、軽蔑する……?」


 まるで小鳥の羽根が唇を掠めていったかのような、一瞬のキス。水谷と至近


距離で見つめ合う村上の指先が震え、その額に汗の粒が浮かんだ。


「ごめん」


 身長差を埋めるために浮かしていた踵を床につけ、水谷はどこか悲しげな顔


をして視線を逸らす。そしてそのまま、ドアの方に向かって歩き出して行った。


その体を、弾かれるようにして村上は抱き締めた。


「水、谷……、俺……!」


 後ろから羽交い締めにするかのように、水谷の華奢な体に強く腕を回す村上。


そんな彼の腕に、白い指が重ねられた。


「ありがと、村上」


 水谷の視線が流れ、村上が落書きを施したポスターの上で止まる。そして背


後の村上に向き直り、二人は再び唇を重ねた。先ほどよりも長いキスの後、水


谷は情欲に濡れた瞳で村上を見つめる。言葉もなくただ水谷を抱きしめる村上


の逞しい胸板に頬をつけ、水谷は暗い焔を瞳に宿したまま微かに笑みを浮かべ


ていた……。

ここまでお読みくださって誠にありがとうございます。


本家本元、矢岳先生の「かいな」はこちらです。


http://ncode.syosetu.com/n1131n/


……やってしまいました、BL! まあ、大したことはないですけど(笑)今度はぜひとも冷静で冷酷で計画的で知能的なのに殺人と性の衝動を抑えられない秩序型殺人犯に独特の心理と行動を追及した二人の話が読んでみたいですにゃあ~。ニヤリ。矢岳先生、よろしくっ!


BLに立ちはだかる壁への突破口を作って見せます、などとほざいたは良かったのですが、どうやら壁をブチ破るための砲弾と一緒に自分も壁の向こうの世界へと飛んで行ってしまったようで、なんか妙にハマりそうな雰囲気です(笑)


え? 禁断の扉の向こうはどんな世界かって?


精神と時の部屋なみに真っ白です。


これからいろいろと着色していくのですよ(笑)と、いうワケで矢岳先生ご一緒にこちらの世界へようこそ~!

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやあ、驚きました。 失礼ながら、こんな耽美な作品が書けるなんて。 今までの作品とはまったく違う雰囲気にびっくりしています。 [一言] 拝読しました。 ここでも使いましたね。「しぇ~」を。…
2012/01/24 17:01 退会済み
管理
[一言] 透たんもついに魔道に堕ちたか…(笑) じゃあ今年はぜひこの路線でww
[一言] あっ、大王様、続きを視野に入れているぞ? 続きありだ。 まさか、これで無いとは言うまい・・・。
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