朝
冬の厳しい気温のせいでかじかんだ手に息を吐く。
正直、手袋とマフラーを忘れたのは誤算だった。まあこんな日の早朝に思い立ちで出るのもどうかと思うが。
座ったままで、傍らに置いていたカバンから携帯を取り出し、開いてディスプレイを見る。黒い字で『01.01 AM5:47』と表示されていた。もうすぐだろう。
今度は携帯をカバンに戻して、ジャケットの裏ポケットから一枚の写真を取り出す。これは丁度一年前、正にここで撮った物だ。何故自分が、またこの写真を撮りに来たくなったのか未だ分かっていない。だが、この写真から何かを感じたのは確かだろう。
確か去年は靴下を忘れた。それほど楽しみにしていたんだ。しかし今回は違う。ただ急いでいただけなのだ。その分おっちょこちょいな自分が腹立たしい。
ふと少し前の地面に目を向ける。そこに移る影は、先程より濃くなっていた。
その瞬間、我に帰った。手に持った写真を裏ポケットに戻す。後ろの柵を支えに立ち上がって振り返った。
初日の出。すぐにカバンへ飛びついた。
必死に中を漁る。確かここに……
ない。……ここにも、ここにもここにも、無いのだ。
カメラが。
写真を趣味にしている者として、これほど恥ずかしいことはない。
急いだ自分がまた腹立たしくなった。電車は十分間に合っていたのに……
……いや、腹を立てても仕方ないか。写真に残せなくても、じっくり見て頭に焼き付けておけばいいだけのこと。
カバンのファスナーを閉じ、立ち上がった。柵に手を掛けて眼前の景色を見つめる。
眼下にある住宅街はまだ起きていない。その先にある山間に、眩しく光る太陽が顔を出していた。どこにでもありそうな風景だが、僕に言わせてもらうと、他とは違う特別なものなのだ。
去年見た、はずなのにそれは全く違うもののように見えてしまう。
ポケットから写真を取り出し、それを縦に破って前方に放り投げた。
写真の残骸は風に乗って飛んでいった。僕にはこの景色を見た記憶があるので、あの写真はもう必要ない。
僕は、ひとしきり満足するまでその景色を見つめた後、カバンを背負った。
「さ、帰るか」
そう呟いて、僕は帰路に着いた。
もしかしたら来年もここに来るかもしれない。その時もまた何かを忘れるかもしれない。だが、そうなっても大丈夫だ。心と電車賃を忘れなければ。