犬も食わないなんとやら
「その男って仕事の依頼主だっただろ?」
おまえが『由香里ちゃん』を繋いでおきたいためにし始めた仕事の。だったら焼きもち妬いてんの、おかしいだろ。お客じゃないか。
俺の言葉に豚、いや猪がぶぎゃああと雄叫びを上げた。
「な、なんだよ」
声にびびって後ろに下がる手を猪の蹄が掴んだ。いや、挟んだのか、これは。
「由香里が今日の依頼人は格好良かったって嬉しそうに言ったんだ」
ああ、林、罪なやつ。
今までの猪の話を総合すると、この猪は『丑の刻参り』しに来た安倍 由香里に一目ぼれして変な知恵つけて自分を売り込んだ。そして、ラッキーなことに安倍 由香里はとんでもなくマニアな美的センスの持ち主だった。
ラブラブだったのに、依頼人の男の容姿を褒める彼女に嫉妬した豚、いや猪は嫉妬で彼女に『おしおき』することにした――ってことか。
ってことは犬も食わないっていう痴話げんかじゃないの?
今の話に一部なんかおかしいと思うことがあったが、どこだか分からない。けど、もう関わらなくていいのではと思う。
痴話げんかなら、二人で解決しろ。
「イノ君」
その声に猪がはっと後ろを振り返った。声を出したことで術が解けたらしい。
「由香里ちゃん」
「イノ君、ごめん。あたしの一番はイノ君なのに」
走り寄って来た安倍 由香里と猪は抱き合う。
恐ろしく気色悪い光景だが、本人たちがよければいいんじゃないのか。そう思ってどこかに隠れているらしい猫又を探した。
「おまえら、離れろ」
神社のありがたいご神木の上から猫又が飛び下りてくる。当然スカートはまくれ上がってお馴染の花柄パンツも丸見えだ。
「猫又、いいじゃないか」
猫又が吼えるように俺に反論する。
「ドアホがっ。人間と妖怪の恋愛などあるわけがない」
その言葉になぜか傷ついた。現に今目の前で仲良く抱き合っている人間と妖怪がいるじゃないか。
「止めろ、本人同士がいいならいいじゃないか」
そう言った俺の方に猫又がゆっくりと顔を向ける。
「バカか、おまえ。あれでいいと本気で思ってるのか、悠斗」
「お、思ってるよ」
じゃあ聞くがと猫又は顎をしゃくった。
「おまえのダチの林はぶさいくなのか」
「い、いや。どっちかというと爽やかなスポーツマンって感じの男前かな」
「あ……」
そこで、さっきの猪の話でおかしいと思ったところがあったのを思い出す。林を格好良いと思う美的感覚を持っているのにこの猪を『イケメン』呼ばわりすることに違和感を覚えた――そうだったんだ。
「猫又、もしかして」
そうだと頷いて見せた猫又が猪の後ろ脚に蹴りを入れる。体に似合わずそこはあまりにも華奢であっけなく猪は地面に倒れた。
「正体を安倍 由香里に見せてやるんだな、クソ豚野郎」
殴りかかった猫又をやっと避けて転がる猪。それに容赦なく猫又が蹴りを入れる。猪も反撃しようとするがあまりにも動きに差があるために猪は一方的に蹴られてる。
ブヒブヒ言いながらごろごろと転がりながら逃げる猪に構わず蹴りを入れる猫又。一体どっちが悪者なのか分からなくなりそうだ。頭を庇いながら安倍 由香里の方へ必死で猪は進んで行く。