おやつは三百円まで
この亀はブレイクしますよ。オーナー制っていうことで世話する手間なんてかかりません。一年で二割は固いですよなんていうインチキ商法くらい嘘くさい話。
だいたいこの現代で丑の刻参りする女子高生ってどうよ。
「だから呪いの依頼を受けることにしたの」
あっと言う間に趣旨変えした彼女は、しっかりと報酬も受け取ることにした。ブランド物の鞄やピアスや服。中には十万渡してきた生徒もいるという。
聞いているうちに気分が悪くなってくる。
親が必死で働いた金をこうやってお宅のお嬢さんたちはどぶに捨てるみたいに使っているんだよと、今すぐ電話したい。
依頼先から相手の髪や触ったものなんかを貰ってイケメンに渡す。すると次の日には怪我したとか病気になったとかで生徒は学校を休む。
初めに少しは感じていた罪悪感も消えて、今はビジネスライクに請け負っていたらしい。
「だって呪うって言ってもちょっとした怪我とか病気になるだけだもん」
そう言って安部 由香里はオレンジジュースをごくりと飲んだ。
それだけ……自分には不相応の格好や持ち物と引き換えに人に危害を加えておいて、彼女は実にあっけらかんとしていた。
手を汚してないから? 自分はただの仲介者だと思っているから? やっぱり本当に怖いのは人間だ。
「助けんの止めない? 俺なんだか気が乗らない」
いっぺん怪我すりゃいいんだ。気に入らないとかいう理由で呪われた人たちの痛みを知ればいい。くさくさした気分で席を立った。
「そんな……わたしを見殺しにするの?」
「うるせーっ。今までさんざん人にやってきたくせに」
ところが、そのまま立ち去ろうとする俺のズボンをがしりと猫又の手が掴んだ。
「なんだよ」
「怪我だけではすまん。それでもいいのか。夢見が悪いぞ」
怪我だけじゃない?
「今回はおまえの髪を使っていたんだろ、そいつ」
青い顔で頷いた安部 由香里の肩を猫又が引き寄せる。
「そいつが狙ってるのはおまえだな、由香里ちゃん」
ファンシーなカフェで大泣きする安部 由香里をテーブルから必死で引っ剥がして俺は急いで店を出ることにする。
「三千七百五十円になります」
「げっ」
安部 由香里の分まで俺の支払いかよっ。貰ったばかりのお小遣いが一瞬で心もとない額に減って落ち込む。それに追い打ちをかけるのが店を出る前に聞えた会話だ。
「ねえ、あの三人三角関係だったのかなあ」
「ほんとあのルックスで二股なんて信じられないよねぇ」
うるさいわっ。
友人に呪われるわ、大金(俺にとっての)使わされるわ、俺だって散々だ。俺のルックスに文句あんなら母さんに言ってくれ。
「ひとまず帰る。夜中の一時に神社に集合。おやつは三百円までだっ」
「今すぐじゃないの?」
心細そうな安部 由香里が手を伸ばすが猫又はその手をぴしゃりと跳ね退ける。
「夜中にならんとやつは出てこんだろう。妖ちゅうもんは結構デリケートにできとる」
じゃあ、昼間っから出歩いてるおまえはどうなんだよと口の先まで出かかったが俺だって勉強している。そんなこと言えばどうなるのかは分かってる。
ただ、おやつは三百円までって、持って行っていいのか。
昼間はあんなに暑かったのに夜中ともなると気温がぐっと下がって肌寒いほどだ。
「上着着てくれば良かった」
「これくらいで根を上げるとはモヤシっ子だな、相変わらず」
だっておまえ尻尾首に巻いてるじゃん。
「一つ寄こせよ」
「何をだよ、『吟醸ニボシ』ならやらんぞ」
「いるか、そんなもん。って、俺が買ってきたんだよ、それ」
俺が欲しいのはそのあったかそうなもんだ。思った時には手が伸びて猫又の首に絡んでいた尻尾の一つを掴んでいた。
「な、なにすんだ、コラァ」
「いや、寒いからさ」
自分の首に巻こうとしたけど首までは届かない。仕方ないので両手で揉み揉みしてたらいきなり猫又の蹴りがの尻に入った。
「痛えっ」
「ドアホ、何度も言わせるなよ。痛くしてんだよ、尻尾を放せ。わざとやってんじゃないだろうな」
――え?
「ったく気安く触んじゃないっ」
ぶうとふくれる猫又は心なしか顔が赤い。なんで赤いのか判断に迷う。怒ってるとかだったら危険極まりないけど……?