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猫又と俺 2  作者: 青蛙
3/7

バカップルな二人

 大き目のカップに注がれた甘いラテにはミルクを使ったアートがバリスタによって描かれていた。

「クマだ、クマ。そっちは何だ?」

「ウサギだって」

 一人で入るには無茶苦茶勇気を試される所に俺はいた。まあ、一人じゃない、猫又と一緒だ。一応女子の格好してるせいで店に普通に入れた気はする。

 ファンシーな雑貨に囲まれたカフェなんて男子だけじゃ絶対入れない。なんで安部 由香里はこんなとこで呪う相手と待ち合わせする気になったのか?

「熱っ、火傷するじゃないかっ。まあ、このチーズの菓子は上手いな」

「なあ、どう思う?」

「やっぱ、チーズは裏切らんよなぁ……」

「おい、猫又っ」

 何か言ったか? と顔を向ける猫又はこの状況を存分に楽しんでいる。だけど手づかみで食うな、手づかみで。

「待ち合わせしてるやつのことだよ。本当に呪いができるかってさ」

「おまえのその平たいやつ、上手そうだな。ちょっとくれ」

「え、やだよ。だいたいケーキセットが千五百円って高くないか? モックなら三人分食えるのに」

 つまり、待ち合わせしてるだけで三千円取られるってことだ。腹が減ってて思わずセットにしたけどコーヒー単品にすれば良かったと今は大後悔していた。

「でも、俺サマは楽しいぞ」

「俺は呪われてんだ、楽しめるか」

「悪いな、俺サマは呪われてない」

 なんてやつ。もう絶対『カリカリ』なんて買ってやるかっ。安もんのキャットフードにしてやる。そんなことを考えて手が止まったのを見逃すわけもなく、横から猫又がメープルシロップがかかったパンケーキを奪い去る。

「おい、こらっ、返せ、泥棒猫っ」

 やだねと言いながら両手でパンケーキを持った猫又がわしわしと豪快に口に入れていくさまは家での『グルメササミ』を食べてる様子と重なって滅茶苦茶猫っぽかった。ふいに周りの席の客の視線が気になる。

「おまえ、見られてるっ。そんな食い方すんな」

「俺サマは可愛いからな」

 じゃなくて、野生動物みたいな食い方するなっちゅうんじゃ。

「手を舐めんのやめろ」

 ん? 何で? そんな感じで手についたシロップをべろべろ舐めてる猫又の手首を掴むとおしぼりでごしごしふいてやる。

「そっちの手も貸せ」

 ついでに口の周りについたクリームもおしぼりで拭いてほっとしたのもつかの間、周りの視線が熱い。

やっていたことを反芻して顔が赤くなる。いやもうなんかバカップル全開なマネだった。家で猫又の世話してる気持ちになってたが、今こいつは人型だった。

 まったく、公衆の面前でなにやってんの、俺。

「丘野君だよね」

 振ってきた声に顔を上げると、髪を背中まで伸ばした華やかな感じの女の子が俺たちを見下ろしていた。お互いに制服で会うことにしていたので、この娘が安部 由香里なんだろう。

「それでこっちの子は誰なの?」

 俺より猫又が気になるらしく、安部 由香里の視線は猫又に釘付けだ。どうせ俺は影が薄いよ。不貞腐れ気味に横に目をやる。

「俺サマは悠斗の仲良しのお友達だ。そんなことより、一体何をこいつの家に引き入れようとした?」

 猫又の言葉に安部 由香里はぎくりと体を震わせた。

「今のどういうこと?」

 俺の問いに心底めんどくさそうに猫又は頭を振った。

「呪いをかけるのには相手の体の一部が必要だ。例えば髪だとか皮膚だとか、唾だっていい。その理由を知らないこいつの背後で実際になんかしているのはたぶん(あやかし)だ。

 妖怪は自分だけでは家には入れない。家主の承諾や、あらかじめ自分の一部を先に家の中に入れる必要がある。持って帰った紙の中にあったのは悠斗の髪だけじゃなく、そいつの髪と爪らしき破片も混ぜてあった」

 そうなのか? 

「お化けってどこにでも入れるもんだと思ってた」

 俺の言葉にちっと猫又が舌打ちする。

「玄関ってのは、建物の主要な出入口だが、吉凶の出入りするところでもある。中国の道教では体内に気を通す最初の場所って意味だ。禅では『玄妙の道に入る関』

ってことになってる」

 玄関ってそんな意味があるとは。靴を脱ぎ履きする場所と単純に思ってたとはとても口にできない。

「あ、あたしは……」

 そわそわと安部 由香里が落ち着かなくなっていた。

「これ、返す」

 つーっと五角形に畳まれた紙を人差し指で彼女の方へ滑らせると見る間に顔が蒼白になる。

「なあ知ってるか? 呪いってのは破れると術者に反ってくるんだぜ」

 猫又がぺろりと口の端を舐めた。

「助けて」

 ふんと猫又が顎を上げる。

「だったらきりきり喋らんかいっ」

 観念したように安部 由香里は喋り出した。黙ってなくていいとほっとしたのか、やたらと喋る。要約すると、ブルジョアなクラスに入ったものの、阿部由香里の家はそんなに裕福でもないらしい。俺から言わせれば短期留学を繰り返すようなクラスに入れるほどなら金持ちだよと思うけど。

 だが、阿部由香里によると持ってるもんが全然違うらしい。財布だけで十万近くするような物をとっかえひっかえ持っているらしい。

 行きつけの美容院はカリスマ(死語か、これ?)美容師のいる所で、カットだけで二万近いんだと。高校生のくせしてエステだのネイルだのに通っているそうだ。

 それのどれもが全然うらやましくないが安部 由香里にとっては大問題だったらしい。

 初めはそのクラスの女の子を呪うつもりだったが、夜中に行った神社近くの森の中ですっごいイケメンと会ったことで意味合いが違って来たそうだ。

 夜中に突然現れたすごいイケメン……あまりにも胡散臭い。そいつが言うには自分には力があるので由香里ちゃんの手助けをしたいそうな。

「え、それ信じたの?」

 思わず聞いてしまうくらい嘘くさい話もイケメンなら許される。その理不尽さに俺は怒りさえ覚えた。


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