俺サマの出番
「面白そうだろ、丘野」
「いや全然」
「えええ~」
えええじゃねえよ。そういうのには近寄らないのが一番なんだよ。ブルジョア女子、霊感どっちを取っても手に負える気がしない。
「確かめに行こうぜ」なんて言うと思うか、バカタレ。
立ち上がった俺に林はちぇっとわざと大きなため息をついて見せて、田口の肩に手を置いた。
「おまえは興味あるよな、田口」
「そ……んな……」
「悠チン、助けて」
林に引きずられるように田口は学食を出て行った。ごくろうなこったと俺は二人に向けて手を振った。助けてって……まったく田口ったら俺よりヘタレなんだから。でも今日はいつものヘタレに磨きがかかってなかったか?
いくら草食系とはいえ、高校男子がお昼にプリン一個で足りるんだろうか? それにああ見えて怪談話とか前はノリノリだったような?
身体の調子が悪かったのか?
聞いてやろうかと思ったのに、午後になって林はともかく田口まで俺を避ける。なんだよ、話に乗らなかったのがそんなに腹が立ったのか?
「ちぇっ、こっちからは絶対話しかけてやんねえ」
面白くない気分だったが、別にその後も何があることもなく、家路についた。
「ただいま」
「よ、帰ったか、悠斗。なんか背中が痒いんだよなぁ。ってことで背中掻いてくれ」
足元でじゃれつきながら猫又がからんでくる。
ああ、声が聞こえなかったら普通なのに。
飼い主が帰ってきて単純に喜んで出迎えてる飼い猫の図……なのに。惜しい。
「何が惜しいんだよ」
声に出ていたらしい。
「何でもないって」
部屋に入ると後ろにいたはずの猫又がぴょんとベッドに飛び乗った。
「悠斗、ほれほれ」
二本の尻尾が手招くみたいにゆらゆら揺れる。仕方ねえなあと呟きながら俺は猫又の背中をがしがし掻いてやる。するとほんとの猫みたいにごろごろと喉を鳴らした。
「結構可愛いな、おまえ」
「へっ、今頃気づきやがったのか。そんなんだから高校生にもなるのに彼女の一つもできないんだよ」
さっきの訂正だ。やっぱりまったく可愛くない。
「悠斗、それはそうとおまえ何ひっ付けてる?」
今まで伏せしてた猫又が起き上がって厳しい声を出す。
「何……って、何?」
猫又が何を言ってるのか分からず、近寄ってくる猫又の前で固まった。胸ポケットに猫又の前足がかかる。
「中見てみろ、悠斗」
慌ててポケットを探ると中から折った紙が出てきた。一体いつの間にこんなものを入れられていたのか。
五角形に折られた白い紙をラグの上に置くと猫又が軽い身のこなしでベッドから飛び下りた。それに触れないようにしながら匂いを嗅いで「ふん」と鼻を鳴らす。
「悠斗、手を直に触れずにそれを開いてみろ」
ど、どうやって? えっとゴム手袋するとか? どうしようかと考えていたら「このアホたれ、さっさとしろ」と手を引っ掻かれてしまった。
「痛いって」
「そりゃ痛いわ。むしろ痛くなきゃいかん。いつも鋭く爪を磨いでるんだからな」
ったく、暴力妖怪め。それと、カーテンで爪研ぐのを止めろ。ふと思い出して、机の引き出しからピンセットを取り出して苦労して折った紙を開いた。
「気色悪っ、なんだよこれ」
中には髪が何本か丸めて入れてあった。紙の内側は赤黒い字でなんか書いてあるが乾く前に折ったせいなのか擦れて読めない。
「これは髪だな」
「んなことは分かってるんだよ、妖怪」
はあ? と猫又がやくざかと思うようなメンチを切る。猫が斜めに顔を上げてガンつける風景……世も末だ。
「こいつはおまえを呪ってるんだよ。てめえ、女を泣かせた……わけないな」
「何、一人で納得してんだよ。まあ、泣かせたことなんて無いけどさ」
そこにスマホの着信音が鳴り、びっくりして飛び上がりそうになった。いや実際何センチかは浮いていたかもしれない。
それは田口からだった。
「悠チン、だ、だ、だ……」
「田口、おまえ言葉が道路工事みたいになってるぞ。どうしたんだよ」
思いもかけず沈黙が降りる。これってどうしたらいいのか。言いにくいことがあるのかもしれないと思いつく。
「悠チン……」
「田口、話があるから電話してきたんだよな」
なるべく刺激しないように穏やかな口調でそっと語りかける。昼間のことを謝りたいのかもだし。
「……ん……」
「あの……ごめん悠チン」
やっぱり謝罪の電話? それだけだと思うのにやたら喉が渇いて仕方ない。嫌な予感がする。なんかヤバイことに巻きこまれてしまったんじゃないか、俺。
「あ……あのさ」
「うん?」
やばい、やばい、やばい。もう聞きたいのか、聞きたくないのか分からなくなっていた。足元から震えが来るなんてあの夏以来だ。きっととんでもないことを田口は言うに決まっている。
「林が、安部 由香里の嘘を暴いてやるって。悠チンを呪いの対象にしたんだ」
「なんだって?」
やっぱり。
だったら自分にしろよ、林っ。なんで俺の名前なんか……。昼間その話をした時にはもう依頼済みだったというわけかよ。どさくさに紛れて胸ポケットにあんなもん入れやがって。
「おまえ、友達に恵まれてるじゃないか」
がっくりと肩を落として通話を終えた俺に、猫又が髭を前足で触れながら笑った。
「林ってやつにその呪い女の連絡先を聞け」
「なんで?」
「俺サマの出番だからな」
そう言った猫又の姿が同じ歳くらいの女の子になる。初めて会ったときもこの姿だった。雄猫のくせして花柄のワンピースに肩下までの黒髪、つり上がった二重の大きな目がニヤリと歪んだ。
「この美少女妖怪、猫又サマに任せろっ」
「何が少女だよ、すっげー楽しそうだな、おまえ」
ええ? 心配してんだぜと猫又は不敵に笑った。