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猫又と俺 2  作者: 青蛙
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下痢便君、高校へ行く

 俺はこの春、第二志望の高校に入学した。

「あんたって子はここ一番で毎回ヘタレるのよね」

 これが第一志望に落ちたのが分かった途端の母親の第一声だ。まあ、俺もいろいろ言いたいことはある。受験当日腹下したのは母親の言う「腹巻しなかった」からじゃなくて、前の晩ご飯のせいだ。

 試験の前日、塾から夜遅く帰ってきた俺はテーブルの上にあった煮物を食べた。そりゃ食うだろう? ラップしてたし、塾から帰ってきたら毎度腹をすかしているんだから。

 まさか、いつの残り物か分からなくなって始末する予定で冷蔵庫から出していたなんて思わない。ましてや、処分するのをすっかり忘れて子どもが塾から帰る前に寝込んでしまったなんて知るわけない。

 本当にに試験どころじゃなかったんだよ、マジで。なんとか泣きたいのをぐっと堪えて部屋に帰った俺をさらに打ちのめしたものがいた。

「悠斗、下痢して運も一緒に便所に流したのかよ、前から思ってたけどおまえって器用だよな」

 ただでさえ落ち込んでるのに一体なんの恨みがあるのか知らないが、冷たいのは世間じゃなく家の方だった。ここはシベリアか南極か、涙も凍るわ。

 そして俺に酷いことを言ってきたのは本来人を癒してくれるはずのペットの黒猫だ。だいたいこいつ、猫なんかじゃない。

 いや、だったら犬? とかそんなオチじゃなくて。こいつは二股という尻尾が二つある化け猫だ。要するに妖怪でおっかない上に口が悪い。

 夏に祖母ちゃん家で拾ったっていうか、取り憑かれちゃったっていうのか、とにかくずうずうしくも俺の家に居座っている。

「うるせーよ、猫又。猫に受験が分かってたまるか」

「分かんねえな、だが腐ったもんも分からず食っちまうほどおまえが(いや)しいってのは分かる」

 くそっ。ちょっとすっぱいかな……とは思っていたんだよ、俺だって。

「滑り止めとかいう変な名前の学校行くんだろ? じゃいいじゃねえか。そんな不景気な顔しないで、とっとと『カリカリ』持って来い」

「あのな、『滑り止め』ってのは学校の名前じゃないぞ」

「分った、分かった、下痢便君、カリカリ持って来い」

 ちくしょーっ、なんだか自分が何に対して怒っていたのか分からなくなる。とりあえずこれは言っておく。

「今は下痢してねえから」

 はいはいと猫又は前足を舐めながら二本の尻尾を振った。






 しょげてた割に、結構学校生活を楽しんでいる。皆がこぞって「行きたい行きたい」言ってた学校を志望していたが、どこかいいかなんて分かってなかった。

 落ちて悔しかったのは本当だったけど、それは試験に受からなかったということに対してだけで、学校自体にそんなに執着があったわけじゃない。

「大学は落ちないでよ」

 学校が始まった途端に母親に言われたことも今は忘れてやる。

 わが白鷺学園は幼稚舎から大学まであるマンモス校だ。大学は別にキャンパスがあるのでここには無いが、今つるんでいるのは幼稚園児からこの学校だという筋金入りのお坊ちゃんと、俺と同じ併願で入ってきたやつだ。

「おい、丘野知ってるか?」

「何?」

 いきなり質問されても答えようも無い。学食の『ちくわ天入りコンコンきつねうどん』をずるずると啜った。

「Eクラスの安部由香里っているだろ」

 すっきりとサイドを刈りこんだスポ魂マンガの主人公みたいな林 啓太が『ときめきA定食』を頬張りながら俺を見る。ちなみにもう一つの定食は『ドキドキB定食』という。

 Eクラスは英語ばっかしやって短期留学しまくってる通称『ブルジョワクラス』だ。あべ ゆかり……? 

「知らん」

「知らないの、悠チン」

 そうツッコンできたのはお坊ちゃんの田口 聡というサラサラヘアの女の子受けする草食系男子で昼飯時なのに『白鷺プリン』を上品に口に入れていた。

「それより前から思ってたんだけど、何でここの学食のメニュー、変なのばっかりなんだ?」

「だよな、俺『味噌っ子ーラーメン』って頼みにくいよ」

 言いながら林がとんかつの最後の一切れを名残惜しそうに口に入れた。

「それって今年からだ。うちって去年まで男子校だったじゃん。男女共学になるっていうんで学食もイメージアップ狙ったんだって」

 プリンの横のバニラアイスが溶けかかってるのに構わずプリンばっかり口に入れながら田口がメニューの謎をあっさりと解いた。

「溶けてる」

「何?」

「アイス、先に食えよ」

 俺の指摘にああと田口が半分溶けかかったアイスにスプーンを入れた。

「で、何話してたっけ?」

「安部 由香里だよ、Eクラスの」

 ああ、そうだっけ。

「あいつさ、呪いをかけるらしい」

 ――は?

「呪いって?」

 俺の問いに林はちょっと待てというように片手を突き出し、定食についている豆腐の味噌汁をごくごく飲んだ。

 食った食ったと腹を押える定番の仕草の後、林が田口が残したバニラアイスのなれの果てをずずっと啜る。

「何やってんだよ、林」

「勿体ないじゃん。それよりその安部 由香里だよ。あいつ霊能力があるんだってさ。呪って欲しいやつは安部に貢物して頼むらしい」

「ば……ばかばかしい、そんなのあるわけないよ。っていうか気色……悪いよね」

 田口はやや青くなって視線を落した。いるわけないことも無いけどさと俺は心の中でこっそり呟く。

 去年の夏、仏さんの大行列も見たし、悪霊も見た。おまけに家には妖怪までいるのでそういうオカルトがまったく無いとも思わない。

 思わないからこそ、それの真偽なんて知りたくない。そういうのとは関わりたくない。だが、得てして逃げたい時に限って逃げられないものなのだ。


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