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3月19日 卒業式

 折り紙の輪がぶら下がった廊下。

 廊下の掲示板には赤い文字。

 教室の四隅には柔らかい、和紙のような紙で作られたピンクや青の花々。

 黒板にはピンクのチョークで同じ文字と、桜と、担任からのメッセージ。


 “中等部過程修了おめでとう!”


 私は学校指定の緑のカバンに顔をうずめた。周りでは友達がワイワイガヤガヤ騒いでいる。

「今日で中等部終わりかー。」

「実感ないねー。」

「どこの学科いくのー?」

「あ、私は魔術部水系特化科だよー?」

「私は魔術部火系特化科だから別れちゃうねー。」

「どーせ帰りは同じでしょ、アハッ。」

 初等部で才能を剣や魔法などの才能を見いだされた者が中等部へ進む。そして基本的なことを学び、高等部でそれを深めるのだ。

 その際、自分が特に深めたいと思った学科を決めるのだが――――――――――――――。

 それが私のため息のもとだった。


 だすっ


「うっ」

 半ば濁点のついた「う」。それはいきなり右の脇腹に拳がめり込んだからだった。悶絶していると、上から陽気な陽気な声が。

「どうしたのー?大丈夫-?」

「何すんだよ……。」

 気だるそうな言葉と共に顔を上げて声の主を見る。

 ショートカットのメガネ。口元には「してやったり」とでも言いたげな笑み。生徒会のモデルにも採用される少女だ。

「やっぱお前か……。希夕きせき……。」

「え、ごめん。テンションひっくっ。いつもなら噛みついてくるじゃないか!」

「噛みつくかアホ。すね蹴りだ。」

 私はまたむすっとしながら鞄に顔をうずめる。

 希夕とは、中等部のどの生徒よりも長い付き合いだ。

 まず家が近所。

 よって登下校が同じドラゴン。

 さらに休み時間には毎回やってくる。中等部の3年間で一緒になれたのは2年生の時だけだが、一緒にいると楽しい人物の1人である。

 「テンション低い-。どうしたー。」

 私は何も答えない。悪いとは思ったが、気分が口をきかせてくれなかった。

 すると希夕が言う。

「今がチャンスだっ!」

 ……何の?

 考える間はなかった。頭をポカポカと殴られる。痛くはないが、頭の中が揺れている感じがして気分が悪い。

「やめろ、希夕。」

「ハッハッハー、やめないぞ。」


 がっ


 腕を掴んでやると、わずかな悲鳴が聞こえた。

「きゃー怖いー。放せー。」

 そのあとで、何ともわざとらしい棒読みの悲鳴が聞こえる。

 ため息をつきつつ放してやると、彼女は戸惑ったような声を上げた。

「そ、そんな怒んなよぉ。」

「別に。」

狸堵りと狸堵ぉ、この人怒ったぁー。」

 希夕が「ヘルプミー」とでも言いたげな声でその名前を呼ぶ。

「どうしたのっ!?何があったのっ!?」

 無駄に熱を込めた物言い。狸堵がふざけるときの特徴だ。

 黒と言うよりは焦げ茶に近い長髪を1つにまとめた、メガネ。白い肌によく似合っている。

「……別に。」

「分かった!お腹空いたのね!」

「ねぇさっきメシ食ったばっかなんだけど。そこまで燃費悪くないんだけど。」

『えーうそー。』

 二人の声が重なる。さらに希夕が続けた。

「リッター1㎞でしょ?」

「全部で何リッター入れる気だアホ。」

「何リッターって!? 20くらい入って当たり前でしょっ!?」

「有機物として扱え。」

 うつむいたままツッコむのは疲れる。私は顔を上げた。

「ねぇー大丈夫?」

 希夕が聞いてくる。私はため息をつきつつ

「今更だな。」

 と答えた。

 机の横のフックにカバンをかけ、左手で頬杖をつく。そして二人を見た。

「んで?どうしたの?」

「暇だったんだ。」

「うんまあそういうことだとは思ってたけど暇だからって入ってきて人殴るな馬鹿。」

 希夕の即答に即答で返しながら、よく噛まなかったなー我ながら感心した。それと同時に苦笑した。

 希夕の性格は、3年間変わっていないらしい。

 諸行無常が叫ばれる世の中、変わってしまった私にはすごく羨ましかった。彼女のことだ、どうせ絵描き専用のファイルを忘れたのだろう。彼女の暇つぶしと言えば、絵だから。

 それもしゃれにならないくらいうまい。本人曰く、「得点は美術で稼ぐしかない。」

 …………まぁ私も暇だからため息をついていたのだけど。……はぁ。

「おーい舎弟のシスター、あねさんがため息ばかりついてるわよ!?」

「何ですと?」

 狸堵の呼びかけに、教室の隅にいた少女が振り返る。ボブのメガネ。前髪は目よりも少し長く、ピンで左右に分けている。緩やかな弧を描いたその口からは、いまにもある言葉が出そうだ。

「姐さん、どうしたしたっ?」 

 でやがった。

 別に、シスターは私の舎弟ではない。友達だ。しかしいつ頃からか彼女は、気が向いたときに私のことを「姐さん」と呼んでいた。……だって、「姐さん」にはタメ口をきかないはずだから。

「姐さん、そんなため息ばかりだと、幸せが逃げていきやすぜ?」

「今の私には不安しかねぇんだよ。」

「大丈夫です、あっしがなんとかしやす。」

「無理。」

 これは自分の問題。自分で選んだことなのだから、人にどうこう言われ、どうこうしてもらえる筋合いなどない。

 ……はぁ。

「大丈夫。卒業式の代表で読むあれと、高等部に多少の不安があるだけだから」

「たのもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ガシャァァァンッ!

 私の「ら」にかぶせ気味に、その声がそのフロア全体に響き渡った。ドアがものすごい勢いで開いた衝撃さえも響いた。

『なんかきた。』

 その場にいる全員の言葉が重なる。

 ドアを開けたのは、毛先にクセのあるジョートカットの少女。狐目まではいかないが細い目が、笑っていた。

「ハッハッハー、降臨!」

刹那せつな、邪魔。」 がっ

 ふざけた登場をする刹那を蹴り飛ばす形で、スラッと背の高い少女が入って来る。

「いたいっ、ランス!」

「ん、どうした?」

 白々しい返事をしたランスもまたショートカット。手には世界中で大ヒットした分厚い本が握られている。

「姐さん、“磁石”発動しやしたね。」

『ハハハハハッ』

 私以外が笑った。

 どうも私が座っていると、このメンバーが集まってくる。それをこのメンバーは“磁石”と呼ぶのだ。

「そういえば、みんなどこの科いくの?」

 希夕が私の心をえぐる発言をする。私はまた突っ伏した。

「私は魔術部回復特化科。」

 と、狸堵。

「あっしは魔術部風系特化科ですぜ。」

 と、シスター。

「えーっと私は魔術部氷系特化科だったと思う。」

「お前自分のことだろ。私は武装部特殊科。弓だよー。」

 自分の科も忘れかけているのは刹那。どこから取り出したのか、弓をブンブン振るのは希夕だ。

「あたしは魔術部召喚特化科。」

 と、ランス。

 私は1人、ため息をついた。

「レイヴンは?」

 レイヴンとは私の名だ。

「……部……科。」

 私はボソボソと答える。

「え、何?」

「総合部総合科。」

『え、何それ?』

 私以外の声が重なる。私はため息をついた。

「まぁすごーく簡単に言うと」


「………………全部。」

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