悪の組織の食堂のおばちゃん
秘密結社デスワルダー。
その正体は世界征服を目的とする悪の組織である……!
「おばちゃん、今日の日替わり何かな?」
「今日は鯖ミソだよ。今日の鯖は脂の乗りが良かったからね、オススメだよ」
「へえ、美味そう。じゃ、日替わり定食で。ご飯大盛りでお願い」
数多の怪人やその配下たる戦闘員、研究員や技術職など、平時から数多くの人員が詰めているデスワルダー基地。彼らも生物である以上、当然ながら食事もすればトイレにも行く。毎日、数百人分の食事を作る食堂の厨房はまさに戦場の如き忙しさです。
「こらっ、トラちゃん! アンタ、またお肉ばっかり。ほら、ほうれん草のおひたしサービスしたげるから、ちゃんと残さず食べるのよ」
「はいはい、まったくおばちゃんには敵わねぇぜ」
悪の組織も身体が資本。
戦場においては幾多の敵を屠ってきた恐るべき猛虎怪人トラソードも、食堂のおばちゃんには頭が上がらない様子です。
放っておけば偏食に陥りがちな面々も少なくないデスワルダーの構成員達が元気に世界征服のため戦えるのも、その健康が損なわれぬよう栄養バランスに気を配っている食堂スタッフの縁の下の働きがあってこそ。強面の怪人達もそれが分かっているから、時にぶつくさ文句を言いつつも結局は大人しく言うことを聞いているのでしょう。
「あらあら、カツ丼にカツカレー? ずいぶんお腹減ってたのねぇ」
「へへっ、トレーニングルームで訓練を張り切りすぎちゃって。それと実はオレの初出撃が来週に決まってさ。テレビ局をジャックして洗脳電波を流す作戦らしいんだけど、そのゲン担ぎっていうのかな」
「へえ、そりゃ随分な大仕事じゃない! 上手くいったらご馳走こさえてお祝いしてあげるわね」
時には、こんな心温まる一幕も。
大仕事前に気合を入れたり、失敗した時に慰めたり。大きな目標のため日夜奮闘する悪の組織も、こうした人と人との繋がりこそがモチベーションを生む土台となっているようです。
が、なにしろ組織の性質が性質です。
時には悲しい報せを耳にすることもないわけではありません。
「そういえば最近あの子見ないけど、どうしたのかしら? え、死んじゃったの?」
「あいつ、オレを庇って身代わりに……くそっ、ゼンジャスティスの奴ら、血も涙もねぇ! ちょっとダムに毒を入れようとしたくらいで殺すなんてあんまりだ……っ!」
ゼンジャスティスというのは、デスワルダーの世界征服を阻止するために活動している、いわば正義の秘密結社。どういう手段によってかデスワルダーの作戦を事前に察知しては、情け容赦なく構成員を殺害してくるのです。
マスクで顔を隠している上に最新科学の粋を結集して作り上げたバトルスーツを纏っているため、ゼンジャスティス達の正体は一切不明。この秘密基地にも彼らの手配書が貼られており、もし一人でも仕留めたならば幹部への昇格を確約するという破格の褒賞が約束されているものの、残念ながら倒すどころか正体のヒントすら掴めていないのが実情でした。
「こらこら、そんな風に泣いてちゃ死んだあの子だって安心して成仏できないってもんさ。ほら、今はたんと食べて今度こそ勝てるように頑張るのが一番の供養だよ」
「そうか……そうだよな、おばちゃん。オレ、目が覚めたよ! よし、食い終わったら早速特訓だ!」
まあ食堂のおばちゃんにできるのは、こうして美味しいご飯を提供するだけです。仲間を失って落ち込んでいた怪人も、励ましを受けて元気を取り戻した様子。これならば次の出撃ではまた張り切って悪事を働いてくれることでしょう。
◆◆◆
「……はい、こちらゼンベージュ。応答願います」
深夜、デスワルダー基地某所。
食堂のおばちゃんが小型の通信装置で誰かと話していました。
「……はい、次の作戦はテレビ局をジャックして洗脳電波を流すとか」
いえ、食堂のおばちゃんというのは仮の姿。
正しくは、秘密結社ゼンジャスティス所属のゼンベージュと呼ぶべきでしょうか。
「……出撃するのはクワガタ怪人のダークワンガ。頭部のハサミによる切り裂き攻撃と怪力には注意して下さい。弱点の殺虫剤を腹部の呼吸孔に噴き付ければ問題なく始末できるかと」
昼間のフレンドリーな姿は油断させて情報を得るための演技。
加えて、まさか食堂のおばちゃんが恐るべき敵組織のスパイだなどとは、先入観が邪魔をして誰一人として思いません。ゼンジャスティス常勝の秘密は、なんとこんな身近に潜んでいたのです。
いくら演技とはいえ、まるで自分の子供のように仲良くしている面々を謀殺することへの罪悪感がないわけではありません。しかし、それも全ては愛と正義と平和のため。
「……ふぅ。さあ、明日も仕込みで早いし、ちょっとでも寝ておかないと」
正義の戦士ゼンベージュから食堂のおばちゃんへと頭を切り替えた彼女は、静まり返った基地内を一人孤独に歩むのでありました。




