プライド
趣味のフットサルで出会った男性に、ほんの少し想いを寄せていた時期があった。百八十を超える長身で、甘いマスク。そして、英語とフランス語の通訳の仕事をしているトリリンガルでもあるので、カサノヴァのごとく、女性には大モテである。競争率が高いのは明らかなので、地味な私はもっぱら少し離れたところから見つめる程度だった。
そんな完璧な二枚目である、彼の秘密、というより、隠し事を知ってしまった。
歯科技工士である私のもとに、ある日、彼の名で、総入れ歯の注文が入ったのだ。仰天した。もちろん、守秘義務があるので、現在に至るまで一切漏らしていないし、今後もいかなることがあっても口外しないつもりだ。
私はかねてからフットサルのメンバーに、歯科技工士という職業を公表していた。加えて、入れ歯作製者の欄に、私の名が記されていたから、彼に気づかれたようだ。入れ歯が発覚して以来、どうも素っ気ないし、目を合わせようともしなくなった。
他者と気まずくなるのは嫌なことだが、誰に対してもどんなに優しく振る舞っても、生きているとこういう歯がゆいことは多々ある。




