スマホの画面の向こう
【スマホの画面の向こう】ーーーーーーーーーーーー
夜、午前二時。
高校二年の瀬戸崎紘は、いつものように布団の中でスマホを見ていた。YouTubeの動画を流しながら、SNSのタイムラインをぼんやりと指で撫でている。
広告が挟まり、見慣れない動画が自動再生された。投稿者は無名で、再生数は「1」。タイトルは『みえてる?』。
冗談だろうと、紘はタップした。
画面には何も映っていなかった。いや、最初は――だった。
ぼやけた黒い点が、画面の奥に現れた。スマホの表面ではなく、「向こう側」に潜んでいるような不気味な深度があった。カメラのノイズのように揺れながら、黒点はじわじわと大きくなっていく。
「気のせいだよな……」
そう呟いたときには、彼の意識はもう深く、沈んでいた。
気づくと、紘は見知らぬ場所にいた。
白く、何もない空間。周囲は霞のように煙っており、遠くからざわめく声が聞こえる。喧騒ではない。無数の囁き声。それは名前を呼ぶ声に変わり、次第に近づいてきた。
「……せとざき……ヒロ……おいで……」
彼は背筋を凍らせながら振り返った。そこにいたのは――自分自身だった。
自分の姿をした何かが、血のにじむ笑顔で、口元から黒い煙のようなものを垂らしながら言った。
「返して。身体、返して。」
混乱した彼は走った。空間はねじれていて、どこまでも白い地獄が続いている。逃げようとしても逃げられない。重力すら狂っている。
そして――目を覚ました。
紘はベッドの上にいた。汗まみれで、スマホは胸の上に落ちていた。安堵する間もなく、スマホの画面が勝手に点灯した。
映っていたのはインカメの映像――自分の顔。
しかしそこにいたのは、“自分ではない自分”だった。
目が合った瞬間、画面の中の顔がにやりと笑い、唇をこう動かした。
「いただきます」
次の瞬間、紘の身体がピクリと跳ね、目の焦点が狂った。
彼の変化は翌日から明白だった。
無口になり、母の呼びかけにも無反応。学校では、授業中ずっと一点を見つめている。だが成績は急に上がり、誰も彼の異常を「成功」の裏にある闇だとは気づかない。
ただ一人、クラスメイトの桜井麻里は知っていた。
彼女の兄も三年前、夜中にスマホを見ながら同じように昏倒し、それ以来――“違う人間”になっていたからだ。
麻里は、兄が変わったあの日に残していたメモを思い出した。
《電波がこっちとあっちを繋いでる。奴らはスマホを使って、魂を抜いてくる。寝落ちするな。絶対に。》
数日後、紘の部屋。
彼は鏡の前で、自分の姿を見ていた。鏡の中の“紘”は少しだけ遅れて動く。そして笑った。にじむようなその口元から、黒い霧が立ちのぼる。
「あと少し。完全に馴染む」
そう言った彼の背後で、放置されたスマホが自動で点灯した。
再生された動画には、新たな視聴者の名前が記録されていた。
視聴者数:1 視聴者:桜井麻里
その瞬間、彼女のスマホが熱を帯び始め、画面がひび割れた。
動画の中の“紘”が、こちらを見ていた。
指を伸ばして、画面を叩く。
コン、コン、コン。
「ねえ、次は君の番だよ。」
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