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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

過去に書いたもの

婚約破棄されたので、遠い国に留学します

作者: 西埜水彩

 ロックシャー王子からのお誘い、しかも久しぶり。これは何かあるなと考えた私は、私は家名にも含まれているラベンダー色のドレスを身にまとい、緊張しながら王宮へ向かう。


 王宮に着いたら、王子の私的な応接間で綺麗に飾られたお菓子を見ながら待つ。今日のお菓子はアイスクリーム、ブルーベリーのソースが鮮やかで、ゆるやかに溶けていく。


「待たせたな。遠慮なくお菓子を食べても良いぞ」


「ありがとうございます」


 王子が現れたので、私はアイスクリームを口に運ぶ。ブルーベリーのソースとミルクの甘さが調和してとても美味しい。


「美味しいです」


「そりゃあそうだろう。コックが腕によりをかけたのだから」


 アイスクリームはとても高価なお菓子で、私は今まで数回も食べていない。それに王子はいつもシンプルなパウンドケーキしか用意してくれなかったので、いつもと違うお菓子が出てきて正直戸惑う。


「こんな素敵なお菓子を用意していただき誠にありがとうございます。ところで用事は何でしょうか?」


 アイスクリームを食べ終わり、王子を見つめる。


 王子が私を王宮に呼び出すとき、いつも何かしら用事があった。


 とある家のパーティーへ一緒に来て欲しいことや一緒に夕食会やお茶会をしようということなどのお誘いが多く、ただ会ってみたかっただけという可能性は今までのことを考えるとありえない。


「そうだ、婚約破棄をして欲しい」


「婚約破棄ですか? それは無理です。私は小さい頃からこの国の王妃となるために教育を受けてきました。私以外に王子の婚約者にふさわしい存在はいません」


 婚約破棄、この突然の申し出に私は冷静に対応した。


 私が王子と婚約したのは産まれてすぐで、それからずっと王妃になるための教育を受けてきた。他の令嬢はそんなことをしていなくて、私以外の誰かと婚約することなんて次の王様になる予定の王子は無理だ。


「そうだな。婚約破棄をしたら、形式的には一生独身ってことになる。他の相手と結婚なんてできないもんな。跡継ぎは姉の子を養子にするから問題無い」


 王子の姉は侯爵夫人で、子供もたくさんいるから一人くらい養子に出しても問題は無いだろう。いやいや跡継ぎのことを今考えるんじゃない、私の婚約のことを考えないと。


「愛する相手がいましたら、そのお方を妾にすればよろしいでしょう。将来王になる方が妾を持つことは当たり前です」


「妾にもできないんだ」


「妾にできない相手などいらっしゃるのでしょうか? 妾でしたら平民だろうが娼婦だろうが、別に問題はありませんよ。既婚者であっても王子ならば権力がありますので、離婚させることができるでしょうし」


 現に今の王は十人以上も妾がいて、そのうちほとんどが元娼婦で、平民出身者も多くいる。王子の母君は平民の旦那と離婚して王の妾になっているのだから、何かしらのこだわりがあって結婚しないというわけじゃなさそう。


「相手は男なんだ。妾は女がなるものだから、男はなれない」


「それならいっそ婚約破棄する必要はないのではないでしょうか? 私が王妃となりますが、その男性を愛せばよろしいのではないでしょうか?」


 男なら女と違って二人っきりで部屋にこもることも難しくないし、二人っきりでどこかへ遊びに行くことも出来る。妾よりも一緒にいやすいのだから、婚約破棄する意味が分からない。


「残念ながらそれはできない。父とは違って一人を愛することに決めた。愛する人は一人で良い。愛を貫くためにも婚約破棄は必ずする」


「いや王の結婚は国の一大事です。個人の事情でどうにかなるわけではありません」


 愛する人がいること、純粋な気持ちで一人を思い続けたいことは分かった。


 しかしそれと婚約破棄は別だ。この結婚は国のために大事であって、王子の個人的な事情でどうにかしていいことではない。


「その考えがよくないことなんだ。王子だって人、平民のように愛する人と一生を共にすべきなんだ。将来王になるからといって、王妃としてふさわしい人と結婚するべきではない」


「そう言われましても、私は今まで王妃となるべく生きてきたのです。今更それ以外の生き方はできません。今更婚約破棄されましても、私はどう生きれば良いのでしょうか?」


 王子以外の王族は全員結婚していて、身分がある貴族やその息子などは結婚しているかもうすでに婚約者がいる。そこで私が他の婚約者を見つけることは無理だ。そういう状況で、貴族令嬢である私はどうやって生きていけばいいのだろうか?


「結婚だけが人生ではない。クリスティナ嬢はかしこいのだから、働くこともできる。ではさようなら。これからは赤の他人だ」


 王子はその言葉を残して、足早に立ち去ってしまった。


 私のことなんて気にせず、自分が幸せになるために婚約破棄なんて信じられない。


 私は小さい頃から王子と結婚して将来は王妃になるという風に言われて育てられてきた。そのために十以上の言語を読み書きや会話できるようにし、それ以外に国のことを学び、誰に見られても恥ずかしくない高度なマナーを身につけてきた。


 それで今更王妃以外になることができるのだろうか? 王子はこれからも王族として今まで変わらない暮らしができるのに、私はお先真っ暗だ。


 王妃教育に努力していたから学校には行っておらず、役所などで働くことができるほどの学歴がない。学歴がなくてもなることができるのは娼婦だけど、そうはなりたくない。


 じゃあ一体どうすればいいのだろうね。私には分からない。








 婚約破棄を王子に言われた日から数日、私は気が抜けたように生きてきた。


 あのできごとは夢だったんだ、そう信じ込もうとしたある日、父に呼び出された。


「ロックシャー王子から正式に婚約破棄の命令がきた」


「そうですか」


「そうですかじゃないだろ。今まで何も王子の心を引き留めるために頑張らなかっただろう。だからこうやって婚約破棄されるはめになるんだ」


 父はイライラしている。王家とのつながりを得られなかったことが、それほど嫌だったんだ。


「申し訳ありません」


 個人的には頑張ってきた方だと思う。王妃教育の合間に王子へ連絡を取り、仲を深めようとしてきた。


 とはいえ王子が好きになったのは男だ。これが他の令嬢なら負けたことになりそうだが、ジャンルが違いすぎて勝負になっていない。


「お前を王妃にするためにうちも王家も力を入れてきたというのに、あの王子め。まあいい、王子と結婚できない以上、この国でお前に結婚できる相手はいない。それは分かっているか?」


「存じてあげております」


「学校にも通っていない以上、どこかでつとめることもできない」


「存じています」


「遠くの国の貴族か訳ありの貴族との結婚か遠い国に留学するしかない。将来の王妃が婚約破棄されたという話は周辺諸国にも伝わっているだろうから、近くの国は無理だ。世間体が悪いからな。それは分かってるな」


「存じています」


 娼婦になれと命令されないだけマシかもしれないけど、遠くの国へ行く必要があるのは辛い。まさか文化が似たような国では無いし、今使っている言語も絶対通じない。


 私は王妃になるため、遠い国の言語も何カ国語を使うことが出来る。だけどその国の人に比べたら拙いし、何よりも言語以外のことは何も知らない。


「そこで東の国へ留学させることに決まった。東の国は珍しく自由恋愛の国だからな、婚約破棄のことを気にする人はいない。何よりもこの国から遠くて、交流が少ないからな」


「東の国ですか・・・・・・」


 東の国、それは言語と文化が全く違い、かなり遠い国だ。この国の言語を学ぶことは難しくて、他の国よりもうまく勉強することができなかった思い出がある。


「そうだ、東の国だ。来週から向かってもらうことになる。もういいぞ」


「ありがとうございます。失礼します」


 話は終わりになったみたいで、私は父の部屋から退出する。


 遠い国とはいえ留学できることはいいはずだ、勉強すれば帰国してどこかで仕事に就くこともできるのだし、そう自分に言い聞かせる。娼館に売られてしまう令嬢だっているのだから、それに比べたら遥かにマシだ。


 そう留学を前向きに捉えようとしたが、やっぱり無理だ。


 東の国はこの国から馬車で一週間以上もかかる。そのため国同士の交流がほとんど少なくて、国民だって関わりがほぼない。


 王子の婚約者として出席したパーティーで出会った東の国の人達を思い出す。着物と呼ばれる着方の分からない服で着飾り、黒い髪を女性は複雑な形で結っている。


 あの人達と一緒に生活していく、それが出来る自信はない。父の決定だからこれが無くなると言うことはないだろけど、どうしよう。どうやっていこう。


「クリスティナ様、初めまして。ハシドイ・リズ、この国風に言えばリズ・ハシドイと申します。今後お嬢様の侍女となりまして、一緒に東の国へ行きます。宜しくお願いします」


 部屋の前にいる若い女性がそう東の国の言葉で話して、頭を下げた。


 彼女は東の国特有の服に身を包み、黒い髪をシンプルに一つくくりしている。どこからどう見ても東の国にしか見えない彼女は、恐らく東の国で上手くやっていけるように父がつけてくれたのだろう。


 私は彼女に合わせて、東の国の言語で話す。


「東の国で暮らしたことがあるから、私の侍女になることが決まったのかしら?」


「そうです。私はお嬢様が東の国で上手く生活できるようサポートするのです。私は東の国で成人するまで暮らしていましたから、どんなことでも知っています」


「それは心強いわ」


 東の国は遠いから、今ついている侍女は私にはついてきてくれないだろう。それならこの侍女がついてくれるのなら、かなりありがたい。


「そうでしょう。では早速、学校の制服や普段着を試着しましょう。東の国の服は着るのが難しいですが、慣れると大丈夫です」


「服着るの?」


 さっき父から話を聞いたばっかりなのに、もうすでにこれから通う学校の制服や普段着を手に入れていた。これは準備が早すぎる。


 私の心はまだ動揺しているというのに、それを置いて状況だけが進んでいっている。もうこれは東の国へ行くしかない、まあ始めからそれ以外の道なんてなかったのだけど。


「制服は赤の矢絣に紺の袴、白の長襦袢に白の半衿を合わせています。半幅帯と重ね衿は自由なんです。せっかくですから、レースとか取り入れましょう。普段着ですが、桜模様の二尺袖と袴のセットがオススメです」


 部屋に入ってから侍女がうきうきと服の説明をしているのを、私はぼんやりと見つめる。聞いたことのない物の名前がいっぱい出てきて、正直いってどうすればいいのか分からない。


 あの服になじんだら、この国への未練はなくなるのだろうか?


 遠い国でやっていけるのか不安で、それ以外のことは考えられない。








 服を上手く一人で着ることができる用になった時、東の国に向けて出発した。


 侍女と共に長旅を乗り越えて、その国に着いた時は驚きでいっぱいだった。


 今まで見たことのない建物があちらこちらに建てられていて、それらは全て初めて見る木で作られていた。そんな状況の中で、学校に私が行くこととなった。 


「クリスティナ・パールラベンダーと申します。宜しくお願いします」


 流石の父も編入という形ではなく、入学にしたらしい。これから頑張って学校生活を送るぞという気合いの入った人達の中にしれっと入り込む。


 それなのに東の国の人みたいに黒髪や黒っぽい目ではない私はかなり浮いて、誰も話しかけてこなかった。ちらほらこちらを見てくる人はいるものの、誰も近寄ってはこない。


 学校に通ってこなかったのでどうやって他の人と接したら良いのか分からず、こちらからはどうしようもできない。


 それに侍女がコーディネートしてくれたのだから服の着こなしがおかしいはずではないけど、他の人と若干服の感じが違うのが気になる。他の人は私みたいにレースをあしらっていないし、何よりも決まったところ以外の色が地味で、みんな大体同じ感じだ。ここでも私だけ浮いている。


 もしかして侍女はどこかずれていて、ごくごく普通の東の国の人とは考えが違うのではないか? そう考えた私は図書室へ向かうことにした。


 東の国の本には、こういった学校生活を上手く過ごすコツがあるはず。それを調べてみよう。


 色々な人に姿を見られつつ、図書室へと入る。やっぱり東の国風にしてみたのだけど、クラスメイト以外の人にとってはなぜなのか分からなかったみたいだ。不思議そうに色々な人に見られた。図書室の中では流石に静かに、みんな本に集中している。


 制服の着こなしというからには、服飾関係だろうか? 読み書きを昔から勉強していたのもあって、あんまり苦労しないで目当ての本を見つけることが出来た。


 学校の制服に関する研究書みたいだ。分からない言葉も多くて、辞書を探しに行くこととした。


「ねぇねぇ君が噂の西西の国からの留学生? どうして留学してきたの?」


 今日初めてかもしれない、見知らぬ男子生徒が話しかけてきた。西西の国は私が今まで暮らしていた国だ、となるとこの人は私がその国からの留学生だってあらかじめ知ってたんだろうな。


「この国で勉強するためです」


「へー言葉上手いね。どれくらい前から勉強しているの?」


「数年前からです」


「それだけで話せるなんてすごーい。オレなんて西西の国の言葉を話せる自信ない。ちょっとは勉強してるんだけど」


「東の国の言葉と西西の国の言葉はかなり違いますから・・・・・・」


 名前から分かるように、中央の国を挟んで東の国と西西の国はかなり離れているから。おまけに国力は西の国の西にある小さい西西の国よりもこの東の国の方が強くて、西西の国へ行く東の国の人はほとんどいない。


 そこで私のような訳ありの人しか、行き来しないってことになる。


「そうそう、だから難しい。ねえどうしたら簡単に西西の国の言葉を話すことができるのー?」


「毎日使っていたら自然と話せるようになります」


「そうだね。じゃあ一緒に勉強してくれない? 周りに西西の国の言葉に詳しい人なんていないし、先生だって西の国はともかく西西の国のことなんて知らないし」


「初対面ですが、大丈夫でしょうか?」


 こんな風にきさくに話しかけてくるから誤解しそうだけど、この人は偉い人って可能性はある。それならあんまり関わらない方がいいのかもしれない。


「それもそうだね。じゃあ少し考えてみて」


 その人は話し終わってから、さっさと立ち去ってしまった。


 名前すら聞いていなかったけど、まあいいや。この学校に西西の国出身、いや西関係の国出身者は私だけで、次も話しかけてくれるみたいだから、その時に聞いてみてよう。


 探し出してきた辞書で言葉を調べつつ、本を読み始める。制服とは基本的に地味目に着こなすのが普通らしい。この学校ではどういうルールか分からないけど、自由で良いからといって他の人と違う風にしてはいけないと書いてある。


 私も明日からこういった地味な着こなしをした方が、他の人と打ち解け安くなるのかもしれない。いやそれ以外のところで目立っているから、無駄か。


 本を読み終わってから帰宅する。家に帰ると侍女が笑顔でかけよってきた。


「どうでしたか?」


「何とか一日過ごせた。後制服はもっと地味な着こなしが良い。あれだと目立つし」


「せっかく西西の国出身なのですから、東の国ルールに縛られるなんてもったいないです。今のままの方が可愛いですから、そのままで行きましょう」


 いや今いるのは東の国だし、そこのルールに従った方が良い気はする。


 そこで他の人と同じように地味にしたいのだけど、侍女のこの様子じゃあ無理かも。







「なんだか派手じゃない?」


「いえ大丈夫です。学校は戦場でもありますから、このくらい大丈夫です」


 今日は登校二日目。昨日と同じ制服に、昨日とは違い半幅帯と重ね衿を合わせている。半幅帯は小さな花があしらわれたピンクで、重ね衿はレースで飾られたショッキングピンク。昨日見た他の女子達は全く違う色の半幅帯と重ね衿を合わせていたので、これじゃあ今日も浮く気がする。


「他の女子は半幅帯や重ね衿は黒や紺だったから、私もそんな色の方が・・・・・・」


「大丈夫です。校則違反ではないですから。ではいってらっしゃいませ」


「行ってきます」


 彼女の自信たっぷりな態度に対して何も返せず、自信を持てない中登校する。


 東の国に着いてから服は全て侍女に任せきりだ。ドレスの着こなしならたしなみなので分かるけど、着物は全く知らないので仕方ないとはいえ、少しは自分でできるようにならないと。


 校舎に着くと、履いていたブーツから草履にかえる。この草履は靴と違って足が覆われていない感じがするので歩くのは難しい、自然といつもよりも慎重になりつつ歩く。


 案の定教室では遠巻きにされて誰からも話しかけられないまま、放課後になった。今まで教育を受けていたから勉強はついていけるのだけど、こうやって一人でいるのは寂しい。この制服の着こなし方とか、この国の話を色々な人に話を聞きたいのに。


「あなたが西西の国から来た留学生なのね」


 そこで話しかけてきた人がいることに驚いた。


 その人は赤の重ね衿と半幅帯が目立っている、華やかな美人で、今まで見たことのない感じの人だ。


「クリスティナ様よね。パールラベンダー公爵令嬢の」


「そうですが。どうしたのでしょうか?」


 家の名前を正確に言われて戸惑う。西西の国の家について知っている人がいるなんて、今まで想像もしなかったよ。


「お願い、少し来て頂戴。ミココ様がお呼びしているの」


「分かりました」


 ミココ様が誰のことだろうと疑問に感じたけど、することもないのでその令嬢についてく。


 歩いているうちに人気のない場所へとたどり着き、そこには後頭部で髪を二つの輪にまとめて結い上げて重ね衿がピンクのフリルで細かい刺繍の施された半幅帯を制服に合わせている少女がいた。


 その周りにはさっき私を呼びに来た人と同じ着こなしをした少女が何人もいる。


「あなたは西西の国から留学してきたクリスティナ様よね」


「そうですか、何の御用でしょうか?」


 私にはこの人と話さないといけない理由が全く思いつかないので、素直に聞く。


「タダヒト様と昨日お話ししてたそうね。以後そういうことはやめてほしいわ」


 その少女は胸を張って大きな声でそう言った。タダヒト様って誰だろう、もしかして昨日話しかけてきた人なのかな? それ以外の人と話していないし。


「タダヒト様は王の子でとうといお方です」


「いくら貴族とはいえ西西の国ごときの人が話しかけて良いわけがありません」


「その制服の着こなし方も不敬ですわ。西西の国出身者が制服をアレンジなんてしてはいけませんの。おとなしく紺か黒の重ね衿と半幅帯を身につけるべきですわ」


「いくら着飾ってもタダヒト様に選ばれるわけありませんの。わきまえなさい」


 その少女が話し終わると、すぐに周りの人が騒ぎ出した。


「タダヒト様って誰ですか? 私はこの国に来て日が浅いから、そんな人思いつかないです」


「昨日図書室で貴方が話していた人ですわ」


「タダヒト様のことをそんな扱いしますなんて、不敬ですわ」


「タダヒト様のことを忘れるなんて、なんて失礼なのでしょうか」


「普通の庶民だってタダヒト様と会話するのを遠慮しますのに、なんて礼儀知らずなのでしょうか」


 私がタダヒト様とは関係ないように話したのに、みんな攻撃的なことを言ってくる。


 もうこれは何を言っても無駄かもしれない。私はこの場から離れることにした。


 昨日図書室で話しかけてきたのがタダヒト様って分かったのは良いことだ。だけどタダヒト様と話したら大変なことになる以外のことは分からなそうなので、これ以上ここにいる必要もない。


「ではできるだけタダヒト様とは話さないようにしますので、ごきげんよう」


 と言って出ていこうとすると、同じ服を着た人達が邪魔をしてくる。


「大体貴方生意気なのよ」


「西西の国出身のくせに、何考えているのかしら」


「早く国へ帰りなさい。早く」


 手を広げて通せんぼ、何が何でもここから帰さないつもりだ。この言い方だと西西の国のことをこの人達は差別的に見ているみたいだし、さっさとここから出ていきたいけど、どうしようかな。どうしたらここから離れることができるのかな。


「ムラサキノ、チョウナバヤシ、タチバナ、ヒグラシ、スズノ、ココロオの令嬢方。クリスティナさんと何の話をしているんだ?」


 いつの間にか少し離れたところに昨日出会った人がいた。


 皆の話によると王子らしいが、全然そんな感じしない。ロックシャー王子よりもずっと庶民的で話しやすい。


「お話ししていただけですわ」


「西西の国の方とお話しする機会ありませんし」


「それで色々な話をしていただけです」


「大したことありませんわ。それでは失礼いたします」


 同じような服を着た人達がごまかすように話してから、全員頭を下げると、その場から立ち去ってしまった。


「大丈夫か? ムラサキノの令嬢が他の女子をいじめるのはよくあることなので、本当にすみません」


「大丈夫です。ところで国の王子様なのでしょうか」


「そうだよ。だから何度か西西の国にも行ったことがあります。しかしまいったな、このままじゃあ普通に話すことができない」


「そうですね」


 この様子だとこの王子様と話す度にあの令嬢方に囲われてしまうということになる。それはめんどくさいし、ややこしい。


「実はクリスティナ嬢を一度西西の国で見たことがあるんだ」


「えっそうですか」


 それは意外な気もする、私は逆にこの王子様を見かけた記憶がないから。


「そうそう。その時鳩羽色の可愛らしいドレスを着ていたよね。東の国では胸をしめつけるような服装が多いから、ああいう開放的な服を着ている人は珍しくて。でもその制服も似合ってるよ、可愛い」


「そうですかね」


「とりあえずまた話そうよ。あの煩い人達に見つからないようにさ」


 王子様はそう言い切り、さっさと立ち去ってしまった。


 西西の国で見かけたことがある、ということはこの王子様は私に婚約者がいたことを知っているはずだ。


 そこを考えると、この王子様はおかしい人かもしれない。


 自由恋愛の国だからか、王子様には婚約者がいない可能性が大きい。それで婚約破棄された女子に気軽な感じで王子様が話しかけて良いのか、私には分からなかった。それとも婚約破棄はこの国ではどうでもいいことなのかな。





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