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91.冷遇令嬢は緋色に染まる

「まあ!? あなたが!?」



と、わたしの目が輝いた。


街の有力者や古老を集めた、王領伯主催の歓迎晩餐会。



「へへっ……。私のというか……、皆で作りましてございます」



と、顔を縁取るような焦げ茶色の顎髭が印象的な、中年の男性が相好を崩した。



「リレダルに負けちゃいられないって、王都の職人から急遽、求められまして……」


「それは、ありがとう。……とても、気に入っていますわ。この緋色のドレス」


「それは、なにより嬉しいお褒めの言葉にございます」



と、男性の後ろに立つ者たちも、嬉しそうに頬を紅潮させてくれた。


ここカルマジンは、繊維産業を特徴とする街だ。


特に、発色のよい緋色の布は〈権力と神聖さの象徴〉として、王侯貴族や高位の聖職者のみに着用が許される、貴重な品。



「滞在中には、ぜひ工房を拝見させてくださいね!」


「えっ!? ……よろしいんですか?」


「ええ、もちろん! はぁ~、とても楽しみですわぁ~」


「へ、陛下……?」



と、近くの席に座る王領伯が、横に長い丸顔を上目遣いに、わたしを見た。



「どうしました? 王領伯」


「その……、染色の工房などは陛下のお目に入れるにはむさくるしく、ご視察いただくルートに入れてはおりませんので……」


「あら? 視察先はこちらで決めるから準備は必要ないと、カリス宮中伯よりの書簡は届いておりませんでしたか?」


「あ、いや……。それはそれとしましてですな……」


「……宮中伯の申すことは、わたしの申すことです」


「あ……、ははっ」


「以後、そのように」


「……か、かしこまりました」



王領伯――世襲代官は、王家の徴税権と行政執行権を代行している。


旧王政下では、定められた税さえ王都の国王に送れば、あとの統治は王領伯たちのやりたい放題だった。


そこでわたしは、王領伯および、任期付きの代官たちを統括する役職として宮中伯を設け、カリスを任じた。


事実上の監査役だ。


諸侯を含めた王国全体の統治は枢密院議長に任じたクラウスに、王家領の統治はカリスに委ねた形だ。



「こき使うわねぇ~」



と、カリスには笑われたけれど、急速に新体制を確立するために、頼み込んだ。


そのカリスが、王領伯にニコリと微笑む。



「若輩者ですから、王領伯に気を使わせてしまいましたわね」


「……あ、いや、……余計なことをしてしまい……」


「王領伯の忠義。……コルネリア陛下も分かっておられますわよ」



と、カリスの冷ややかな微笑みに、王領伯が額の汗を拭った。



「は、ははははっ……。カ、カルマジンの緋布は、他国からも買い求められる逸品にございます。どうか、陛下にも、とくとご覧いただければ、皆が喜びましょう」


「左様ですか」


「いや、はっはっはっはっ! 王都での、陛下の生誕祭で、リレダル王国から質のいいミョウバンが大量に手に入りましてな」


「それは、よろしゅうございました」


「これから、ますますカルマジンの緋布が増産できると、皆、喜んでおりますぞ」



染料を布に鮮やかな色で定着させるには、媒染剤が欠かせない。なかでもミョウバンは代表的な媒染剤だ。



「それに、早速、リレダルの商人から緋布の注文も入っておりまして」


「それは、なによりですわね」


「これも! 陛下にご即位いただけたからこそと、皆、感謝しております」



と、わたしに恭しく拝礼を捧げてみせる王領伯だけど、仕草が分かりやすくわざとらしい。


そして、カリスを軽んじようとする所作でもある。



――カルマジンの統治に、余計な口出しはさせない。



という態度が、あからさま。


カリスに宮中伯としての権威を認めず、ひいては任じたわたしの女王としての権威をも毀損させようというのだ。


わたしは口を閉じ、微笑みをカリスに向けた。


涼やかに微笑んだままのカリスが、王領伯に軽く首を傾げた。



「……コルネリア陛下の代人、宮中伯として嬉しく思いますわ、王領伯」


「は、はは……。そ、それはなにより。カルマジンの赤色は、リレダルでも珍重されましょうからな……」



そのとき、


カチャン――……、


と、皿の鳴る高い音が響いた。



「嘆かわしい」



声の主は、サウリュスだった。


すこし離れた席で、ナイフとフォークを皿に投げ捨て、険しい顔で天を仰いでいる。



「……至高の緋色を、赤と一緒にするなど、美への冒涜、神への背徳だ」



全員が……、反応に困った。


とても非礼なふる舞いなのだけど、この地の誇りである緋色を褒めてもいる。


サウリュスが勢いよく立ち上がり、わたしを指差す。



「見よ! コルネリア様のお姿を。緋色をまとわれる神聖なるお姿を! あれぞ、完成された美のひとつであると、なぜ解かろうとしないのだ!?」



わたしだけが……、困った。


みんなの視線が、わたしと、わたしの着る緋色のドレスに集まる。



「これほど至近でコルネリア様の神聖なるお姿を仰ぎ見ながら、赤! だなどと貶める。許しがたい冒涜だ! 恥を知れ!」


「……サ、サウリュス殿?」



と、かぼそい声を出した。


たぶん、顔も緋色だ。いや、赤かな?



「なんでしょうか、コルネリア様」


「……すこし、黙って」


「え!? しかし、このような冒涜……」


「お願い」



キョトンとする王領伯に、視線をチラッと向けた。



「……王領伯? 彼の者は、クランタス王国の宮廷画家なのです……」


「あ、はあ……」


「すこ~し、変わっていますけど……、悪い人ではないので……」


「……い、いやいや、陛下のお客人にございましたか。これは感服いたしました。……ははっ。我らの緋布を、そして陛下を、ここまで褒め称えていただくとは」


「褒めたのではない。私はただ事実を申したまで……」



と、まだ、まくしたてようとしたサウリュスを、チラッと睨む。


すると、サウリュスは不満そうに口を曲げ、スルリと席に腰を落とした。



「ふっ」



と、人を喰ったような笑いが響いた。


王領伯の隣に座る嫡男、デジェーが杯を手に立ち上がり、藍色の髪をかき上げた。



「美しき女王陛下、美しきカルマジンの緋布に、乾杯しようではありませんか」


「お、おお……、それはよい」


「クランタスの宮廷画家様もお認めになられた、コルネリア陛下の美に、乾杯!」


「乾杯!!」



と、皆の声がそろって、場に笑い声が戻ってくる。


自分では、悠然と微笑んでいるつもりだけど、きっと顔は真っ赤で、挙動不審だ。


エイナル様が、耳打ちしてくださる。



「……バレちゃったね」


「え?」


「コルネリアが綺麗なこと」


「……もう、エイナル様までそのような」


「あれ? ボクはいつも言ってたつもりだったけど?」


「ふ、ふたりきりの時とは、……違うのです」



と、小さくなってしまう。


まったく。当のサウリュスは、なにごともなかったかのように物憂げな表情で、食事を続けてるし。


エイナル様は優しく微笑んでくださるし。


ルイーセさんだけはいつも通り無表情だけど、ナタリアとばあやは側でニコニコしてるし。


なんだかデジェーまで、わたしに不敵な笑みを向けてるような気がする。


端正な切れ長の瞳を細められると、すごい笑顔に見えてしまう。


エイナル様の反対側から、カリスが耳打ちしてきた。



「ご美貌を褒められるのは、女王たる者の務めでございましてよ?」


「……は、はい。精進します」



次からはもっとこう、社交辞令的なのにしてほしい。あんなに力説されては、さすがに、……照れる。


染色工房の職人たちに、明日の視察を約束して、気持ちを落ち着ける。


職人技を目にするのは、なにより楽しい。


王領伯がわたしを近付けまいとふる舞う染色工房に何があるのか、とても楽しみだ。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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 奴隷とか普通に居そう。
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