88.冷遇令嬢は褒美をねだられる
謁見の間で、クラウスを筆頭に枢密院からの奏上を受ける。
「ジェルジをはじめとした住民代表たちからの協力もあり、王都における土地所有権の整理が完了いたしました」
「枢密院議長、クラウス侯爵。大儀でありましたわね」
「ははっ。つきましては、王都復興の都市計画に、最終的な勅許をいただきたく、皆でまかり越しました次第にございます」
「……基礎工事の件は?」
「はっ。コルネリア陛下の思し召しの通り、杭打ちの費用は全額を王政から補助するための財政的な目処が立ちました」
「それは、良かったです」
祭りが終われば、庶民の住居や店舗の建設が一斉に始まる。郊外にはすでに建築資材が山と積まれている。
ただ、王都の地盤には不安を抱えたままであり、地下深くまで杭を打った上に建ててもらいたい。
わたしもクラウスとカリスと一緒に、財政のやりくりに頭をひねっていたのだけど、最後は枢密院からの建議という体裁を整えた。
「エイナル様。いかが思われます?」
「コルネリアがいいなら、ボクはいいと思うよ」
と、隣の席に座るエイナル様が、柔らかに微笑んでくださる。
「では、クラウス。都市計画に勅許を与えます。これまでの皆の尽力に感謝すると共に、復興はこれからが本番。なお一層の精勤を期待いたします」
「はは――っ!」
長かった〈コルネリア生誕祭〉も残すところ1週間。
技師たちの調査で地盤強度が目標値をクリアしたことも確認された。仮に内水氾濫に見舞われても耐えられるし、地震がきても液状化を避けられる水準までは確保した。
交易の商談も多数成立していて、建設ラッシュによる特需とあわせ、一気に経済再建が見通せるところまできた。
「さすがの手腕にございました、クラウス。これからも頼りにしておりますわ」
「恐れ多いお言葉。感激のいたりにございます。これからも未来永劫、女王陛下の御ために全力を尽くさせていただきます」
王都の復興プラン作成を通じて、王政の意思決定プロセスも確立させられた。
枢密院を飛ばして、わたしに直接の建議をしようとする貴族がどれほどいたことか。
「素晴らしいお考えですわね。……クラウス枢密院議長か、枢密院の顧問官の誰かに伝えてくださいますか?」
と、何度言ったか分からない。
女王になったわたしに取り入ろうと、貴族があの手この手で懐柔してくる動きは、ことごとく退けた。
そのほか、わたしの即位後も、賄賂を贈ったり受け取ったりしていた者たちには獄を抱かせて、反省を促す。
「……これまでのテンゲルが、いかに腐敗していたかという話ですわ」
カリスに着替えさせてもらいながら、衝立の向こうにいるエイナル様にボヤく。
「まあ、ズルばかりしてた人に、まっとうなやり方がいちばんの近道だって理解してもらうのには、時間がかかるよね」
「ほんとうですわ……」
こんな話は、テンゲル育ちのナタリアには聞かせたくない。
今日は、ばあやと一緒にお使いに出てくれていたので、ついグチってしまったのだ。
「あら、思ったより素敵ねぇ」
と、姿見に映るわたしを、カリスが褒めてくれた。
「ほんと。いい出来だわ、このドレス。緋色が鮮やか」
ツツツっと、衝立から出て、エイナル様の前でクルリと回る。
「……い、いかがですか? エイナル様」
「うん。素敵だね。……どこから提供してもらったの? あまり見かけないデザインだけど……」
「テンゲルの服飾工ですわ! ……リレダルのドレスが評判で、避難先の仮工場で奮起してくれたのです!」
「そう、それは嬉しいね」
「はいっ!」
「うん。コルネリアによく似合ってるよ」
「へへっ……。もっと嬉しいです」
「コルネリアの治政が生んだ新しいデザインだ。リレダルの服飾工も刺激をもらって帰れるんじゃないかな?」
3ヵ月と短期間ではあったけれど、各国の文化交流が様々な化学反応を起こし始めていた。
王都という交通の便がいい場所に、こんなに広大な空き地が出来ることは、もう二度とないだろう。
思った以上の成果を上げて、幕を閉じようとしていた。
エイナル様の腕に、そっと手をかけた。
「……コルネリア?」
「たまには、いいではありませんか。……エイナル様? 今日が何の日か覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん。遊覧船エイナル&コルネリア号の開業日だね」
「うふっ。……覚えていてくださったんですわね」
と、エイナル様の腕に抱きついた。
「……わたしたちが、エルヴェンで再会できた日ですわ」
「ふふっ。ひとりで先に行かせて悪かったよ」
「あら? 責めている訳ではありませんのよ。……あの日、エルヴェンに到着なさったエイナル様を温室でお待ちしている間。あんなにドキドキした時間は初めてで、わたしはウキウキしておりましたのよ?」
あの時のことは、グレンスボーで初めてお会いした時以上に印象深い。
一度、別行動になったエイナル様がわたしのいる所に戻って来てくださったのだ。あんなに嬉しい瞬間はなかった。
振り返れば、あの日。
わたしはエイナル様との婚約を、初めて実感できたのだと思う。
腕を抱き、変わらず美しいお顔を見上げたわたしに、エイナル様は優しく微笑んでくださった。
胸がいっぱいになって、ギュウっと抱きしめる。
「祭りが終われば、王国各地への行幸ですわね」
「そうだね」
「久しぶりに、エイナル様とゆっくり〈お出かけ〉が出来ますわ……」
「うん……。それなんだけどね、コルネリア……」
と、そこに、廊下からナタリアの賑やかな声が響いてきた。
エイナル様に絡ませていた腕をほどくと、扉が開くやナタリアが一枚のちいさな絵を見せてきた。
「これを見てくださいませ!」
「ん? ……これ、わたし?」
「そうなのです! 昨日の〈今日のコルネリア陛下のファッション〉の号外があまりにもお美しかったので原画を求めたのです!」
ラフな木炭画で描かれた紙の中のわたしは真正面からの構図で、神々しく微笑んでいる。
瞳を彩るのは、アズライトのマウンテンブルーだ。
「あれ? ……ひょっとして、サウリュス殿が描いてくれたの?」
「そうなのです! 私、感激してしまって! あの失礼な画家、腕は良いのですわね!」
ナタリアが版元をたどり、サウリュスを訪ねると、億劫そうに、
『……習作だ。ほしいなら、くれてやる』
と、投げ渡したのだそうだ。
ばあやが笑いをこらえながら、言葉を添えてくれた。
「……画家の失礼な態度に怒ったり、絵には見惚れたり、ナタリア様のお忙しいことったら……」
「ば、ばあやさん? 余計なことは言わないでくださいます?」
顔を赤くするナタリアを尻目に、わたしの目は紙の上で微笑む自分に釘付けになる。
――サウリュスの目に、わたしはこう映っているのね……。
他人の目を通して自分を見詰める。
初めての体験に、わたしの目が輝く。
「……よく描けてるね」
と、エイナル様のお声で、我に返った。
「ほ、ほんと……、ですか?」
「うん。……コルネリアの特徴をよく捉えながら、河口諸国の聖像画調の様式も踏み外してない。まるで、女神様みたいだ」
「め、女神だなんて……」
「そうなのです!! エイナル様の仰られる通り、私の女神様が……」
と、興奮して語るナタリアを、なだめる。
絵をのぞき込んだカリスが、ニヤリとして声を潜めた。
「……使ってもらえそうね。顔料」
「ええ。……とても綺麗に使ってもらってるわね」
「ふふっ。モデルがいいから?」
「バ、バカ。そんなに自惚れてないわよ、わたし」
祭りに出て、サウリュスの天幕を訪ねる。
ナタリアから渡された絵の御礼を伝えると、サウリュスは眉間にシワを寄せて、天を仰いだ。
「……そんなものではない」
「え……、っと?」
「私が描きたい……、私の頭の中にいる貴女様は、そんなものではない」
「そ、そうですの……」
余計なことをしてしまったかと、振り返って助けを求めると、天幕の中にエイナル様は入っておられなかった。
カリスが、悠然と微笑む。
「……いかがでしたか? 青の顔料を使ってみられて」
「……発色は良いのだが、わが国の油には馴染みが悪く、色々試してみた結果、コショルーのクルミ油が最も相性が良かった」
「まあ、コショルーの……」
「商人には伝えた。近々、商談を持ちかけて来るだろう」
というサウリュスは、天を仰いだままだ。
思わずわたしも上を見上げたのだけど、天幕の布以外に何もない。
「い……、色々試してくれたとは、嬉しいことですわ」
「画家として当然のことだ」
「え、ええ……」
「のほほんと手近なもので済ませる、リレダルだかバーテルランドだかの、マヌケな画家と一緒にされては困る」
「あ……、うーん……」
「……もっとも、これだけ各国の文物が集まる祭りだからこそ出来たことだが」
「そ、それは……、よろしゅうございましたわね」
「どうだ?」
と、サウリュスが、唐突にわたしの瞳をのぞき込んだ。
「……な、なにがでしょう?」
「瞳の色だ」
「えっと……?」
「その手にしている、貴方様を描いた瞳の色だ。美しいだろう?」
「は……、はい」
正直、わたしでは、そこまで違いは分からない。
ただ、たしかに発色良くは見える。
「……それが、この顔料が宿している、ほんとうの美しさだ」
「そう……、ですか」
わたしが微笑むと、サウリュスは満足げにまた天を仰いだ。
「……褒美がほしい」
「え?」
「顔料の正しい使い方を見付けた私に、褒美を授けるつもりはないかと聞いている」
「あ、ええ……。わたしに出来ることでしたら……」
「……祭りが終われば、行幸に出ると聞いた。そこに同行させてほしい」
「え? ……な、なんで?」
「私ひとりくらい増えても困ることはあるまい?」
「そ、それはそうですが……」
「描きたい」
と、サウリュスは、スケッチブックを手に取った。
「……私の頭の中にいる貴方様を、どうしても描きたい」
サウリュスがパラパラとめくると、すべてのページに、わたしが描いてある。
その中のひとつに、
――失敗作なのかもしれないけど……、人の顔を勝手に描いておいて、勝手に大きなバツ印をつけるのはどうだろう。
と、クスリと笑ってしまった。
「分かりました、サウリュス殿。……クランタス王国の大使殿からの許可は?」
「そんなものは、どうにでもなる」
「許可状をもらってきたら、行幸への同行を許しますわ」
「そうか! 分かった!」
と、初めて見せたサウリュスの笑顔に、ドキリとさせられる暇もなく、天幕から駆け出していく。
カリスが苦笑いした。
「……いいの?」
「ま……、楽しそうだし」
ふたりで肩をすくめる。
ナタリアだけが、
「画家付きの行幸なんて、コルネリア陛下に相応しいですわっ!」
と、はしゃいでいた。
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