最終話.冷遇令嬢は微笑みかける
「いいなぁ~、花嫁さん」
と、わたしが両手を合わせて目を輝かせると、両隣に座るエイナル様とカリスに苦笑いされた。
「……ネルも、もう一回やる?」
「え!? いいのかな……」
「冗談よ……」
と、カリスが苦笑いを重ねた。
わたしはテンゲル女王として列席し、カリスにはモンフォール侯爵の代人を頼んだ。
バーテルランド北部の子爵領。
リレダルとの国境に近い鄙びた寒村の、領民たちが大切にしてきた風情のある、こじんまりとした聖堂。
リレダルから嫁ぐ男爵家のご令嬢が、幸せそうに微笑んでいた。
両国の関係深化のため、政略結婚は様々な貴族階層で取り交わされる。その最後の一組が、両国の国王、ならびにテンゲル女王列席のもと結婚式を挙げた。
様々な外交チャンネルを確保することは、将来、両国間で再び紛争が起きても、平和裏に解決することにつながるだろう。
純白のウエディングドレスに包まれ、美しく可憐な令嬢は、外交官でもあるのだ。
「コルネリア陛下。陛下のご臨席を賜りましたこと、生涯の誉れにございます」
と、新郎新婦が挨拶に来てくださった。
「とってもお綺麗ですわ。……わたしたちが幸せになるだけで民の平和を守れる。素敵な使命をいただいたと、お互い、いい奥さんになりましょうね」
わたしの言葉に、新婦は嬉しそうにはにかんで、新郎の顔を見詰めた。
この寒村に三人の王がそろったことは、領民たちの誇りとして永遠に語り継がれることだろう。
そして、寒村の名は両国の平和条約の名に冠され、永遠に讃えられる。
結婚式に続く平和条約の調印式にも列席させていただき、長く続いた戦争が完全に終結し、平和が到来したことを寿いだ。
続いて、わたしも交えた三国間での〈大河委員会条約〉の締結式に臨む。
リレダル王は、わたしの大河伯留任を望んでくれた。
大河伯は、身分や出自を問わない役職だ。
とはいえ、他国の王に国家の要である治水を委ねるのは、やはり〈やりすぎ〉ではないかと、わたしが悩んだ。
前大公がコショルーに去ったとはいえ、反感を持つリレダル貴族も現われるだろう。
だけど、
「コルネリア陛下に勝る適任者がおらぬのも、これまた事実……」
と、リレダル王から粘られ、義父である大公閣下、ホイヴェルク公爵閣下、さらには王太子フェルディナン殿下とカーナ妃殿下にもお運びいただいた。
そして、ユッテ殿下からも強力な説得を受ける。
「……リレダルを見捨てるのか?」
と、ほっぺの丸いお顔を上目遣いにして哀願してくるのは、とてもズルい。
そこで、バーテルランド王にも呼びかけ、大河を国際管理する〈大河委員会〉の設立を提案したのだ。
大河院は〈大河委員会本部〉に改組。リレダルの王都にあるままで、他国にも影響力を及ぼす国際機関となる。
リレダル王国の権益ともなり、反発する貴族もいないだろう。
大河委員会の初代議長には、わたしが就任し、引き続きリレダル王国の治水にも関わることにした。
ごめん、カリス。貴女が初代事務局総長だ。
そして、大河委員会では治水のみならず、航行、開発、交易、環境保全も取り扱う。
まずは三国で発足させるけど、いずれは流域国家のすべてに参加を求めていきたい。
わたしの夢である、大河の国際河川化。
大河の上では国境の壁を取り払い、どこまでも〈お出かけ〉できる河にしたい。
遊覧船が海まで至る、平和の河に。
締結式、わたしの議長就任式を終え、結婚披露の園遊会に参加させてもらう。
花嫁さんが主役になるように、隅っこで幸せのおすそ分けを貰っていたら、新郎の父である子爵が挨拶に来てくれた。
「あの……、誠に恐れ多いことながら、出来ましたら……、村にコルネリア陛下のお名前を頂戴できないかと……」
「うえっ!?」
と、女王らしからぬ声が出た。
子爵はバーテルランドの廷臣でもある。
お母様の思い出を切々と述べ、娘であるわたしが訪れた喜びを涙ながらに語った。
「……コルネリア陛下来訪の地として、末永く語り継ぎたいのでございます」
「お、お母様の名前では……?」
「もう、テレシア様からお許しをいただくことは、出来ませんゆえ……」
それも、そうだ。と、思った。
エイナル様が微笑んでくださる。
「……平和条約締結の地。大河条約も締結された。コルネリアはそれを象徴するのに相応しい存在だと思うよ?」
「さ……、賢しらでは?」
と、久しぶりに尋ねた。
「ふふっ。コルネリアは、本当に賢いんだから、いいんじゃない?」
バーテルランド王からも、その場で裁可を下されてしまい、断りにくくなった。
――コルネリアダイク。
〈コルネリアの堤防〉を意味する村名を授けることにした。
「……平和を守り、洪水から守る。堤防たらんとする思いを……、込めました」
さすがに、ちょっと気恥ずかしい。
子爵は感激してくれ、目を真っ赤にして何度も頷いてくれた。
おかげで、大河委員会条約は〈コルネリア条約〉、平和条約は〈コルネリア平和条約〉と呼び習わされるハメになって、ますます恥ずかしい。
「まあ! コルネリアの堤防、……素敵ですわぁ~。……コルネリアのため池、コルネリアの遊水地、コルネリアの堰、コルネリアの水門……。これから、どんどん増えそうですわね!?」
と、はしゃぐナタリア。
みんながその気になっちゃったらどうするのよ? すこし静かにしていてほしい。
花嫁さんの邪魔になってもいけないし、早々に退散することにした。
そして、またエイナル様の馬に乗せてもらい、ゆるゆるとモンフォール侯爵領に向かう。
「はぁ~。何度見ても、結婚式はいいですわねぇ~」
と、ため息を吐きながら、エイナル様の胸に背中を預けた。
空は高く、どこまでも青い。
エイナル様が、クスリと笑われた。
「コルネリアは、ほんとうに結婚式が好きだよね」
「だって、幸せな気持ちにしてもらえるではありませんか?」
「ふふっ。コルネリアほど純粋に他人の幸福を喜べる人を、ボクは他に知らないなぁ……」
「……いいなぁって思っていますわよ?」
「そう?」
「花嫁さんの笑顔を見て、エイナル様との結婚式を思い出すのが……、良いのです」
「それは、ボクもだな……」
「そうですか?」
「……コルネリアの方が綺麗だったなぁって、つい思っちゃう」
「ま。……それは、花嫁さんに失礼ですわよ?」
「コルネリアは? ボクの方がカッコ良かったって思ってくれてないの?」
「それは……、内緒です」
エイナル様の甘えるような口調に、つい頬を赤くしてしまった。
巡り合った伴侶を、自分にとって最高の相手だと互いに認め合って、ともに歩んでいける幸せを噛み締めた。
「もう……。子どものようなことを仰らないでくださいませ。みんな最高……、でいいではありませんか」
「ふふっ、ほんとうだね」
そして、エイナル様との結婚後、初めてモンフォール侯爵領に入った。
洪水被害からの復興状況を確認して回り、重労働に勤しむ父の姿も、チラッとだけ確認した。
丘を登り、お母様のお墓に祈りを捧げて、エイナル様との結婚と、テンゲル女王即位を報告した。
「……やはり、やめておきますわ」
「ん? ……なにを?」
と、エイナル様が、わたしを見た。
「父に……、何と言ってお母様を口説いたのか、聞いてみようか迷っていたのですけど……、やめておきます」
「そうか……」
コショルー公家、テンゲル王家との絶縁を宣言し、平民として生きることを選ばれたお母様。
公女ステファニアではなく、戦災孤児で炭焼きの養女、テレシアとして生きることを選ばれた。
にも関わらず、父の夫人として、貴族の道へと戻らせた愛の言葉。日記には、最期まで父への愛が語られていた。
壁に守られたかった、お母様。
ただ、それは直接日記に記されていた訳ではないので、わたしの憶測に過ぎない。
お母様の胸の内にあったであろう激しい葛藤は、永遠の謎になった。
わたしは、お母様が封印していた過去を暴き、活用させてもらった。民の平穏のためとだ言い張っても、お母様の意志に背いたことには変わりがない。
せめて、父からの愛の言葉くらいは、お母様だけのものとしておきたい。
お母様のご生涯は、お母様のものだ。
そして、わたしの人生は、わたしが歩むしかない。
わたしは壁の外が見たい。どこまでも〈お出かけ〉して、目を輝かせたい。
「ごめんね、お母様。……賢しらな娘で」
目を閉じたわたしの背中を、エイナル様が優しく包んでくださった。
わたしが帰れる場所。わたしの最高の伴侶の胸の中。世界でいちばん温かい場所。
「ふふっ。……お母様? お父様よりエイナル様の方が、カッコイイと思わない?」
まずはテンゲル王国の再建だ。
わたしを信じ選んでくれた民の声、貴族たちの声に応えなくてはならない。
モンフォール侯爵領の復興も緒に就いたばかり。父の治政で傷付いた民の生活を豊かなものに戻したい。
民に笑顔が戻ったら、次は海を目指そう。
いつかは大河を下り、大海原に出よう。
そして、なんの壁もない水平線に、エイナル様と一緒に目を輝かせよう。
「ずっと、一緒にいてくださいませね」
夏の陽射しが、照らしてくれる中。
わたしの言葉に、エイナル様は優しく微笑んでくださった。
―― 第二部 完 ――
*あとがき*
コルネリアの旅、第二部。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
感想を寄せてくださいました皆さま、どれもとても励みになっております。ありがとうございますm(_ _)m
さて、第三部ですが、明日から開始させていただきます!
次はコルネリアの内政ターンです。もちろん、エイナルとの愛の行方や、新キャラ登場に加えて、文化芸術、宝飾産業、服飾産業などなど、コルネリアらしい殖産振興と交易の発展が描けたらなと思っています。
祖母レナータや祖父コショルー公との関係や、母テレシアの足跡も辿りつつ、コルネリアの魅力あふれる第三部になるよう頑張ります!
また、以前お知らせしました通り、本作は書籍化のお話をいただいておりまして、そちらの作業も同時並行で進めております。
初めての書籍化で、まさに目を輝かせながら慣れない作業に四苦八苦しておりますが、続報をお届けできるようになりましたら、また活動報告などでお知らせさせていただきます!
ぜひぜひ、コルネリアの旅に、引き続きよろしくお付き合いくださいませm(_ _)m
本日の更新は以上になります。
お読みくださりありがとうございました!
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