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84.冷遇令嬢は明るく応える

エイナル様の馬に乗せていただき、ゆるりと母国バーテルランドに向かう。


夏の生い茂る樹々に囲まれた大河を見るのも、初めてのことだ。目を輝かせながら、ゆっくりと馬を進めてもらう。



「……暑くはありませんか?」


「ん? 大丈夫だよ」



というエイナル様のお言葉に甘えて、背中を預ける。


かけがえのない時間だと思う。


純粋に風景を楽しみ、エイナル様と微笑み合える。驚きを口にして共有できる。


ときどきは、ウツラウツラとさせてもらい、エイナル様の胸の中で眠る。


あまりにも時の流れが速い中に、身を置きすぎたのだと思う。こうして、ただエイナル様に身を委ねる時間が心地いい。


もっとも、仕事は追い駆けてくる。



「テンゲルの公爵閣下。コルネリア陛下への帰順を申し出られた由」



と、ひと足先にテンゲルに戻ってもらった、クラウスからの早馬が届く。



「公爵の引退を条件にするよう、クラウス枢密院議長に伝えてください。……前大公が隠棲された後の帰順は虫が良すぎます」


「ははっ」


「……たしかご令息が3名おられたはず。領地を3分割しての継承ならば認めます」


「かしこまりました。クラウス議長にはそのようにお伝えします」


「長男の公爵位継承は認め、次男は子爵、三男は男爵に叙爵。……この条件を呑ませてください」



早馬が、わたしの言葉を携えてクラウスのもとへと駆け戻る。



「……厳しいね」



と、エイナル様が頭上から仰られた。



「公爵家を守るためです。……なんの処分もなしでは、かえってテンゲル宮廷で反感を買い、孤立させてしまいます」


「それも、そうか」


「……バーテルランドも敵に回した公爵が生き残るには、これしか道がありません」



反対勢力も出来るだけ包摂する形で、穏健な決着へと導いていきたい。流血の事態を避けるには、厳しさも必要だ。


とても残念なことだけど、すべてを継承できるはずだった長男は、次男と三男に反感を持ち、次男と三男は棚からぼた餅に得た領地と爵位を守ろうとするだろう。


三兄弟が力を合わせて、などということにはならない。公爵家を存続させながら、勢力を削がせてもらう。


とはいえ、裏で反乱を主導したことに対しては、かなりの温情ある裁定だ。


是が非でも呑ませる必要があるし、クラウスなら上手くやってくれるだろう。


そして、仕事が終わったら、また風景に目を輝かせながら、ゆるゆると進む。


カリスとナタリアとばあやは、馬車の中でキャイキャイと楽しそうに盛り上がっている。概ね、わたしの噂話だけど。



「ネルが馬車の窓から顔をのぞかせると、みんな振り返って危ないのよねぇ~」


「はぁ~ん! さすが、コルネリア陛下ですわぁ~っ! 私の女神様!!」



夏で、窓を開けてるんだから、もう少し声量を落としてほしい。恥かしい。


横で馬に乗るビルテさんが苦笑いだ。


テンゲルでは、ルイーセさんが大将軍職に音を上げていた。



「……不愛想で毒舌。ルイーセは元来、集団をまとめるのは不得手だからな」



とは、ビルテさんの弁だ。


エイナル様も同感らしく、苦笑いしながら頷いておられる。


剣聖ぶりが知れ渡り、国軍の兵からは熱い尊敬を集めているけれど、本人がやりたくない職を押し付け続けることもない。


帰国次第、ビルテさんに交代してもらう。


わたしも本拠をテンゲルに移す。


王が他国に住んだ前例が、ないわけではない。けれど、テンゲルの政情が安定しているとは言い難い。


エルヴェン騎士団の大半もテンゲルに移して、統治を安定させる。


ビルテさんとルイーセさんとも、よくよく相談の上、おふたりの旦那様をリレダル王からもらい受けた。


一緒に移住していただく。


動乱鎮圧の論功行賞で、おふたりともテンゲルの伯爵位に叙爵させてもらった。



「テンゲル貴族の列に加えていただいたのだ。移住になんの問題もない」



と、おふたりとも快く了承してくれた。


エイナル様がボヤく。



「ボクにクラウス。ビルテにルイーセ。変わり映えのしない面子だなぁ……」


「いいではないですか、同級生」


「まあ……、カーナがいないだけマシというものか」


「ふふっ。カーナ様に叱られますわよ?」



エイナル様がわたしと一緒にテンゲルを本拠にすることを、義父ソルダル大公と義母大公夫人もお認めくださった。



「父上も母上も、まだまだ現役でやられるおつもりだからね」


「……心苦しいですわ」


「気にすることないよ。……ふたりとも、コルネリアには期待してるんだ。もっと、すごいことをやってくれるんじゃないかってね」


「……急に、重たくなりましたわね」


「ふふっ。ふたりとも、コルネリアのことが可愛くてたまらないってことだよ」



これまで、おふたりがわたしに向けてくださった好意を思えば、エイナル様のお言葉は額面通りに信じることが出来る。


ただ、お互いに高位貴族。


将来、エイナル様とわたしの子どもが、テンゲル王位とソルダル大公位を兼ねることも視野に入れておられるはずだ。


加えて、エルヴェン公爵位とモンフォール侯爵位も兼ねたら、一大勢力が現出する。



「まあ、先のことは先のことにして、いまは目の前の景色を楽しもうよ」


「それも、そうですわね」



陸路のゆったりした旅程で、ブロム大聖堂にも立ち寄って、変わらぬ威容に目を輝かせてから、エルヴェンに入った。



  Ψ



慌ただしい本拠移転の準備はカリスが取り仕切ってくれて順調だ。


書庫に立ち寄り、かつての堤防修復図面を懐かしく眺めた。


わたしが見付けてしまった構造計算の誤りに線が引かれて、修正されている。



――この図面から、始まった。



常に民の生活を想うようにとお母様に諭されていたわたしは、老博士に誤りを伝え、それが大河伯就任につながった。


バカではないと知られることが、恐くてたまらなかった、あの頃。



『……バカでなくても、奥さんにしてくださいますか?』



今から思えば、ずいぶん傲慢なことを言ってのけたものだ。


だけど、エイナル様のお答えは、



『もちろん、喜んで。コルネリア殿がコルネリア殿である限り、ボクの奥さんでいてください』



いまでも、わたしのお守りだ。


図面を撫でて、すごく残念なことに、もっといい堤防修復案を思い付いてしまい、苦笑いした。


大河院に伝えておこう。



「……コルネリア、どこ? ……温室で最後のお茶にする時間だけど……、みんな待ってるよぉ~?」



と、廊下からエイナル様の呼ぶ声がして、顔をあげた。


エルヴェンを発てば、最後の結婚式。


政略結婚がすべて完了し、リレダルとバーテルランドの戦争が終わる。


まさか女王として列席することになるとは思ってもいなかったけれど、精一杯に祝福させてもらいたい。


わたしたちが幸せになればなるほど、平和が長く続くと信じて。



「いま、行きますわ!」



と、エイナル様に明るく応えた。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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