表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/265

81.冷遇令嬢は支えてもらう

地盤沈下は垂直に起きており、王宮に倒壊の恐れはないと判断していた。


閑散とした尖塔を登りながら、考える。


王位とは、権力とは、それほどまでに魅力的なものなのだろうか。


君主としての権力を、正しく用いなかった最適事例が、我が父だ。身勝手で理不尽な理由でお母様とわたしを軟禁し続けた。


地盤が崩れ、真っ直ぐ下に沈み込んだ尖塔の最上階。


それでも見晴らしのいい小部屋で、テンゲル王は謁見の間から運び上げさせた玉座に座り、目を爛々と光らせていた。


エイナル様とクラウス。それに、ルイーセさんと騎士を数名伴っている。



「コルネリア様のお言葉でもテンゲル王が動かないようでしたら……、申し訳ありませんが、力ずくで拘束します」



と、クラウスからは献言された。


いずれにしても、このままではテンゲル王は餓死してしまうだろう。


落ち窪んだ眼窩。こけていた頬はさらにこけ、精悍さは消えている。ツヤのない長い黒髪は醜く乱れていた。



「……はやくリレダルに戻らなくてよいのか? 大河伯の座を失くすぞ?」



という、テンゲル王の声はかすれていて声量も小さく、聞き取りにくい。



「お気遣いいただき、ありがとうございます。国王陛下」


「……夫が世子の身分を失うかもしれないというのに、悠長なものだな」


「お優しいのですね、陛下は」



穏やかに返答する。



「……そんなに、テンゲルの王座が欲しいか、この女狐めが」



いただきました。女狐呼ばわり。


と、目を輝かせている場合でもない。


静かに微笑みながら、テンゲル王が力ない声で浴びせてくる罵声に耳を傾ける。


フランシスカから浴びせられ続けた無言の悪意に比べたら、可愛いものだ。


自主的に飢え、自主的に軟禁されるテンゲル王の心底をのぞき込みたい。そうまでして守っているのは何なのか。


そして、ゆっくりと話しかけた。



「……おツラかったのですね、陛下は」


「なんだと?」



テンゲル王は吊り上がった目で、ギョロリとわたしを睨んだ。



「……誰からも敬意を払われぬとは、ツラいものです」


「余を貶めるのか?」


「……コショルー敗戦と、王女レナータの救出失敗で地に落ちた王家の権威を立て直そうと、陛下は孤軍奮闘なされました」



ゆっくりと噛んで含めるように話すわたしの言葉に、テンゲル王は視線を落として黙り込んだ。


コショルー公国への出兵で大打撃を受けたのは、実は貴族の兵だ。軍役として出兵させられ大敗した。


それを見て、テンゲル王は再度の出兵を見送り、結果として王家の兵力が温存されることになった。


王家と貴族の軍事バランスが著しく崩れたことで、圧政、苛政、暴政につながる国王専制の素地が生まれる。


意に染まない貴族の徴税権を侵し、逆らえば軍事的に圧迫された。


税は王家の兵力増強に費やされ、暴政の度が増していく。


ただ、それは質の悪い兵士ばかりを増やすことにつながり、民が起こした暴動の一撃で壊滅に近い打撃を受けた。


わたしが脱出を勧めたら、誰ひとり王を守らず逃げ出した。


多重の税に苦しみ、財政的に数を増やせない貴族の兵団が、せめて兵の練度を上げようと励んでいたのとは対照的だ。



「……分かってくれるか、大河伯」



と、テンゲル王は項垂れる。


白々しい空気が流れるけれど、器にあらずして玉座に就いてしまった悲劇を見せられる思いもする。


ゲンコツを振り回して痛め付けても、他人からの敬意は得られない。


まして、本当は弱いと見くびられているなら、なおさらのことだ。



「陛下」



と、穏やかな声で呼びかけた。


テンゲル王は項垂れたまま、落ち窪んだ眼を上目遣いにしてわたしを見た。



「……陛下の失墜された権威を最後に回復させる手立てが、ひとつだけあることに気が付きましたわ」


「それは……、なんだ?」


「王国が救出に失敗した王女レナータ。その系譜に、ご譲位ください」



スンッと、乾いた音でテンゲル王が鼻を鳴らした。



「……つまり、大河伯。そなたにか?」


「陛下のその御手で、わたしに戴冠させてくださいませ」



テンゲル王は、わたしの帰国に一縷の望みを託し、さもなくば自らの死をもって、わたしの即位を汚そうとしているのだ。


前王を死に追いやり王位を簒奪した悪女と、わたしを貶めたいのだ。


自分に向けられなかった敬意を、わたしが集めることに我慢がならないのだろう。


ならば、最後に栄光を与えて差し上げる。


テンゲル王国の新しい船出を、身勝手な理由で汚されてはたまらない。



「陛下が自らわたしに戴冠させたなら、わたしが善政を敷けば敷くほど、陛下の名声が上がりましょう」


「……勝手なことを」


「名君と呼ばれる、最後のチャンスにございます」



わたしは真っ直ぐに、テンゲル王を見詰めた。



「……王位を、国をお譲りいただくわたしから陛下に報いられる、唯一の手立てにございますれば、お受け取りいただければ幸甚にございます」



テンゲル王は、わたしから視線を逸らさず、やがて大きなため息を吐いた。



「……堤防決壊の責を、そなたなんぞに押し付けるのではなかった」


「ええ、その通りですわ」



あれがなければ、わたしはこのタイミングでテンゲルには来ていなかった。


リレダルの政変は起こらなかっただろうけど、テンゲルの反乱はどうだったか。暴発を抑えられなくとも、わたしはリレダルで心を痛めていただけだろう。


たまたま居合わせたからこそ、目の前の民を救わずにはいられなかった。


このタイミングでなければ、わたしにテンゲルの王位継承権があると知っても、



「へぇ~っ!?」



と、目を輝かせ、お母様の幼き日の悲劇に涙しただけだったことだろう。


ただ、最後の最後まで身勝手なため息を吐いたテンゲル王には、微笑を浮かべたままで眉をひそめた。



  Ψ



王宮を囲む池の周りに高位貴族、下級貴族、さらには民の顔役たちを集めた。


小舟を、王宮から池に漕ぎ出させる。


わたしとテンゲル王、それにエイナル様とルイーセさんが乗り、クラウスが艪を漕いでいる。


広大な池の中央で舟を停めた。


ちょうど雨の切れ間で、水面をまだら模様にキラキラと光らせるようにして、陽が差し込んでいた。



「テンゲル王国群臣一同を代表して申し上げる!!」



と、池のほとりから、ケメーニ侯爵が大音声を張り上げる。



「我らはエルヴェン女公爵にしてモンフォール女侯爵。コショルー公家公女。テンゲル王家継承順8位。コルネリア・エルヴェン様のテンゲル女王登極を願うものであります!!」



大地を響もすような歓声が湧き上がり、すべての貴族と民が、わたしの即位に賛意を表す。


まずは、推戴による即位であるとの形を整え、わたしは岸辺に向かって軽く手を挙げ、受諾の意志を伝えた。


歓声が揺らす水面のキラキラとした反射光が、エイナル様からいただいた灰鼠色のシルクのドレスをゆらゆらと照らしていた。


そして、わたしは小舟の中でテンゲル王に両膝を突き、頭を垂れる。


皆が静まり返り、わずかな風が揺らす小舟のチャプンチャプンという微かな水音が聞こえた。


テンゲル王が衰えた身体をルイーセさんに支えられ、ヨロヨロと立ち上がる。そして、王宮から持ち出した王冠が、クラウスからテンゲル王の手へと恭しく渡された。


わたしの背後では、エイナル様がジッと見守ってくださっている。



「……家臣一同の声を受け、余はコルネリアに譲位する」



か細い声には、テンゲル王の最後のプライドが込められていた。


雲の切れ間が空で流れ、わたしの頭上に光線を降り注がせる。それは水面から乱反射する虹色の輝きと混ざり合い、小舟が光の渦に包み込まれた。


荘厳に輝く黄金の王冠が、わたしの頭に載せられ、再びの大歓声が鳴り響く。


戴冠宝器のうち、玉座を除くすべてがわたしに授けられ、純白のローブ、王笏、王杖、宝珠、宝剣、指輪、玉杯、それらのすべてをエイナル様から身に付けさせていただき、わたしはテンゲル女王に戴冠。


即位を宣明した。


小舟に立つわたしの頭上では、王冠に嵌められた宝石という宝石がまるで内側から光を発するかのように輝き、周囲に七色の光の粒をまき散らす。


岸辺からはさらなる歓声の大波が押し寄せ、耳元でエイナル様が囁いて下さった。



「おめでとう、コルネリア」


「あ……、ありがとう……ござい、ます」


「ん? ……なにか、困ってる?」


「お……、重いのです」


「え? どれが?」


「……ぜ、全部……」



という、わたしの肘とか首とか、そういうところを全部、エイナル様とルイーセさんが目立たないように支えてくださる。



「コルネリアは、ボクが支えるよ」


「……す、すみません。物理的な話にしてしまって……」



王冠……、重くて首がもげそう。


ここで落としたり倒れたりしたら、全部が台無しだと、歯を食いしばって微笑みを浮かべて手を振り続けた。


終わってから、久しぶりにばあやにマッサージをしてもらった。天国。


前国王は前王妃たちの待つ軍船に収容し、衰弱した身体の治療にあたらせる。


王宮は水没中。移動宮廷を宣言。


そして、枢密院設置の勅令を発した。


クラウスを枢密院議長とし、枢密院顧問官の合議で国家を運営する体制を整える。


考えに考え抜いた末、テンゲル王国の現在の国情に合わせた統治機構として、枢密院制を選んだ。


国軍の再編を宣言し、剣聖ルイーセを大将軍に任命。


リレダル王国王太子妃カーナ妃殿下、バーテルランドの宰相閣下、およびコショルー公を来賓とした即位祝賀の式典を開き、周辺諸国に伝達の使者を発する。


当座の統治体制を整え、王都の当面の復旧復興と、領地に籠る公爵への対応を、クラウスとルイーセさんに託す。



「お任せください。コルネリア陛下のお戻りまで、必ずや守り抜きましょう」



と、恭しく拝礼を捧げてくれたクラウスに見送られ、わたしは軍船に乗り込む。


エルヴェン、バーテルランド、テンゲル、そしてコショルーからなる大船団が、騎士団長ビルテさんの指揮のもと、進発。


雨の大河を遡り始める。


リレダルの政変鎮圧のために。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、

ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ