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79.冷遇令嬢は送り出す

進軍を開始する前のこと。


高位貴族たちはケメーニ侯爵の呼びかけに応じ、わたしのもとへと参集してきた。


早馬で取り急ぎの書簡を届け、王都での合流を表明する者もいる。


ただ、皆が皆、わたしに心服しているはずもなく、王都と王政の混乱が続けば、いずれ自分たちの領地も身分も、すべてが脅かされるのではないかという恐怖が、彼らを突き動かしている。


王都の動乱が、王国全土を覆う内乱に発展すれば、隣人ですら攻め込んでくる敵になるかもしれないのだ。


突然現れ、突然に王位継承権を主張したわたしへの不信より、現王政への不信が上回っているに過ぎない。


わたしは彼らをにこやかに迎え入れ、所領の保証と、税の簡素化を約束した。



「お、おお……」



と、高位貴族は安堵の呻き声を漏らし、わたしへの忠誠を誓い、わたしを王位に推戴すると宣明していく。


そして、ケメーニ侯爵やフェルド伯爵と同様に令息、令嬢を、



「どうぞ、お側に……」



と、わたしへの人質として差し出す。


この気風には慣れない。けれど、断れば忠誠を疑ったことになるのだろう。



「お心遣いを嬉しく思います」



と、穏やかに微笑んで受け入れる。


いわば令息団とでも呼ぶべき親衛隊が形成され、実直なハンリに率いさせた。


そして、ご令嬢方はナタリアに任せる。



「とにかく、すごいのです!」



と、ナタリアがわたしへの愛を熱弁するのには苦笑させられたけど、はやくも即位後の側近集団が形づくられていく。


現王政に連なる王弟に、王弟領の安堵と、伯爵への叙爵を約束して屈服させた。


テンゲル水軍を掌握し、エルヴェンとバーテルランドの水軍も加えた混成艦隊の提督にクラウスを任じた。


陸の主将にはケメーニ侯爵を任じ、高位貴族たちを束ねる秩序をつくっていく。


目の回るような忙しさの中、軍船内に設けたわたしの執務室に、エイナル様がサンドイッチをつくって持って来てくれた。



「ええ~っ!? 嬉しいです~っ!!」


「ふふっ。ばあやのように美味しくできてるかは自信ないけどね」



ひと口頬張り、涙が出るかと思うほど感激した。



「……美味しいです」


「そう? 良かった」



と、優しく微笑んでくださるエイナル様。


王配予定者といえどもリレダルの大公世子でもある。高位貴族たちから過度の干渉と受け止められないよう、控え目にふる舞ってくださっている。


それでも暇にしてるという訳ではなく、緊張を隠せない令息団の皆と和やかに懇談してくださったり、高位貴族たちとの宴席を設けたりしてくださっていた。



「わたし……、いい奥さんですか?」


「もちろん! こんなにワクワクさせてくれる奥さんと結婚できて、ボクは世界一幸せな旦那様だよ?」



と、仰ってくださるエイナル様と微笑み合った。そして、後ろから温かく抱き締めてくださる。



「……自慢の奥さんだ」


「エイナル様……」



わたしの胸元で結ばれるエイナル様の手を、ギュッと握り締めた。


王都への進軍を開始する直前。


コショルー公の船団が河面を埋め尽くす。


と言っても、排外的な姿勢を貫いてきたコショルー公国に大型の軍船は存在しない。大船団は漁師の舟まで徴用した無数の小舟からなる。


わたしの乗る軍船の甲板で、小雨の降る中、コショルー公が片膝を突いた。



「……コルネリア様に、永遠の忠誠を」



コショルー公の背後では、臣下の豪族たちも膝を突いている。


配偶者であるエイナル様と並んで立つわたしの左右には、テンゲルの高位貴族たち。


彼らにとって脅威であり続けたコショルー公の臣従は、わたしの権威を決定づけた。



――お母様……。お祖父様が、わたしに膝を突いて頭を垂れてくださいましたわよ……?



冥府のお母様がどう感じているのか、生きて現世にあるわたしが勝手に決めつけることはしない。


カリスの祖父。酒場で同僚だったヴェラ。蒸留所の親方や職人たち。炭焼きの村の長老、義叔父に義叔母たち。


皆が、お母様のことを愛していたから、お母様が愛される人であったからこそ、祖父コショルー公にまでつながった。


そして、お母様を投げ捨てた祖母公妃の出自テンゲル王家の玉座を、わたしが奪う。


公女ステファニアこと、テレシアの名は以後、女王コルネリアの母として燦然と輝く。輝かせてみせる。



「コショルー公の臣従を認めます。忠勤に励まれることを期待いたします」



わたしの穏やかな宣言をもって、王都への進軍が開始された。



  Ψ



ビルテさんたちが王都の支流側に設けてくれた、仮設の桟橋に軍船を着岸させる。


堤防を登り、カーナ様とカリスの出迎えを受けた。



「王家の血を継いでいたと聞かされても、驚きより納得が勝りましたわ」



と、カーナ様が優雅に微笑まれた。



「へへっ……、実感はないんですけどね」



思わず妹のようにふる舞ってしまう。


眼前に広がるのは水没した王都。未修復の大河側を除く堤防がグルリと取り囲む。


流れ込む雨水を堤防が堰き止め、水位は大河よりも高く、むしろ未修復箇所からは水が流れ出る巨大なため池のようになっている。


急激な地下水位の上昇に飽和した地盤の有効応力が低下して支持力を喪失し、自重を支えきれず、さらに流入した雨水の荷重も加わって、王都全体の地盤沈下が一気に進行したのだろう。


中央付近、背の高い王宮の尖塔だけが、ポツンと顔をのぞかせていた。


テンゲル王都の足下は、わたしが想像するより遥かに蝕まれていたのだ。



「民は……?」



と、カリスに囁く。



「全員、避難させたわ」


「……ありがと」



わたしは陸兵の到着を待つため、エイナル様と一緒に岩場の本陣に向かう。


クラウスには混成艦隊を大河側に回してもらい、壊れた堤防越しに王宮からでも見える位置に展開させる。


わたしを馬の前に乗せてくださり、堤防の上を進むエイナル様が感嘆の声をあげた。



「……想像してた以上に壮観な景色だね」


「嬉しくはありませんけどね……」



と、苦笑いする。


街をひとつ水に沈めて、王宮を水攻めに包囲する。男の子的な感性が刺激される光景なのだろう。


わたしは、そこまで戦争が好きではない。


出来るけどやりたくないことの筆頭だ。


はやく水を抜いて、民の生活の再建に取り掛かりたい。



「……これ以上悲惨なことになる前に、テンゲル王が退位に応じてくれたらいいのですけど……」



混成艦隊の配備を終えたクラウスを、本陣に呼ぶ。


カリスが、クラウスに呟いた。



「……ネルに、こき使われますわよ?」


「望むところです。そのために直臣に取り立てていただいたのですから」



と、クラウスはいつもの冷厳とした調子で応えた。


ケメーニ侯爵率いる陸兵が到着し始め、高位貴族各家の紋章旗を王宮からよく見えるようにして、立ち並ばせる。


王国のすべてが王の退位を望んでいると形に表してから、クラウスを筆頭とした退位勧告の使者を王宮に送り出した。

本日の更新は以上になります。

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 無駄な足掻きしそう~。バカ息子を旦那に、とか馬鹿言いそう~
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