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8.冷遇令嬢は義妹に血の気が引く

大河沿いの遊歩道をウキウキと歩いた。


河川交易の拠点都市であるエルヴェンの復興に、河岸から順に投資するのは合理的。


ウッドデッキ状に木材をならべた遊歩道は、街の顔にもなるだろう。


堤防と一体化させた店舗は、増水時の被害を抑えつつ、河岸を華やかに彩って、行き交う庶民の顔も明るい。


心地いい秋の河風を頬に受けながら、カリスと護衛の騎士と、ウィンドーショッピングを楽しむ。


河幅の広い対岸には森が繁っていて、橋を架けるのは大変そうだけど、開発の余地がありそうだ。



――賢しらなことは言わないけれど、何かわたしでも出来ることはあるかしら?



と、目をほそめたとき、背後からヌルッとまとわりつくような聞き覚えのある声が、わたしを呼んだ。



「えっ!? コルネリア姉様じゃない!? こんなところで、何してるのよ!? お姉様は辺境にいるんじゃなかったの!?」



ふり向くと、離れた眉と眉の間に、薄くシワを寄せた義妹、フランシスカが立っていた。


ツカツカと、わたしを咎めるような顔で近寄ってくるフランシスカは、えらく派手な紫のドレスを揺らしている。


腰のラインが異様に膨らんだ悪趣味なバッスルスタイルから、恐らくこれが旅装で、フランシスカが旅行でこの地に訪れているのだと知れた。



「あら……、フランシスカ」



と、返事をするのがやっとだった。


護衛の騎士が、わたしの斜め前に進み、フランシスカの進路を阻んだ。



「ふ~ん……」



と、フランシスカが、騎士を一瞥する。


わたしの視線が泳いで、フランシスカの背後にある店舗が、ドレス店であることを認めた。



――リダレル王国は服飾産業が盛んで、一度行ってみたかったのよね……。



別邸で最後に聞いた、フランシスカの言葉を思い出す。



「……お姉様、こんなところをほっつき歩いてないで、ちゃんと夫人教育とやらを修めないといけないんじゃありません? 北のはるかな辺境で」


「そうね……、フランシスカの言う通りだわ……」


「お姉様は学がないのだから、懸命に学ばないと。せっかくの縁談が破談にでもされたらどうするつもり?」



父に口ごたえをして、しばらく夕食を止められたことがある。


フランシスカも父のマネをして、わたしの言動が気に喰わないと、父に言いつけて食事を止めさせた。


軟禁された別邸に食料の蓄えはなく、空腹は惨めさと孤立感を、いっそうに強くさせる。



「私、知ってるわよ!?」



と、フランシスカが得意げな顔をして、顎をしゃくった。



――バカっぽい……。



惨めな記憶と、この先の役に立ちそうな〈バカの見本〉の模範演技とに、わたしの情緒がおかしくなる。



「……な、なにかしら? ……わたしに教えてくれる? フランシスカ」


「ふふ~んっ。リレダル王国の貴族が夫人教育に半年間もかけるのは、夫人に相応しくないと判断したら、結婚前に婚約を解消するためなんだから」


「そ、そうなのね……。ありがとう、教えてくれて」


「こんな遠くまで遊びに来てたりしたら、お姉様、婚約を取り消されちゃうんじゃない?」


「……気を付けるわ」


「ほんと、お姉様は学がなくて、世間知らずなんだから、王国に迷惑をかけるようなことしないでよね」



カリスが、わたしの袖をクイクイッと引いた。視線を向けると、



――放っておいて、先に行こう。



と、フランシスカへの侮蔑を隠さず、目を険しく細めていた。


ヒュウッと河風が吹き抜け、髪が舞った。


乱れた髪を直そうと耳に手をやると、不快そうな表情のフランシスカも、耳元の髪をかき上げていた。


血の気が引いた。


フランシスカの貧相な耳たぶで揺れるイヤリング。お母様がつけていたものだった。


処分すると言って、父がすべて本邸に引き上げたはずのお母様の形見の品々。


それを、フランシスカが自分の物にしている意味は明らかだった。



「……あれ?」



と、たぶん青くなっているわたしの顔を、フランシスカがのぞき込んだ。



「……なに?」


「お姉様……、ずいぶん上等なドレスを着てるのね。そんなドレス、どうしたの?」


「ああ、これは……」



と、エイナル様から贈っていただいた、普段着のドレスに手をやった。


柔らかなベージュで高級な舶来のモスリン生地。身体のラインを美しく見せてくれるフィットアンドフレアのシルエットが、動きやすくて街の視察に適してる。


ジロジロとわたしを見回すフランシスカの視線が、首元を飾る真珠のネックレスや、両腕にかけたダスティローズ色のシルクウールのストールを、舐めるようにして這い回った。


離れすぎた目と目には、ありありと嫉妬の色が浮かんでいる。


と、その時、フランシスカの背後のドレス店から、父モンフォール侯爵が出てくるのが見えた。



「フランシスカ! 支払いは終わったぞ。仕上がりは3週間後だそうだ!」


「お父様、キャンセルして!」


「ん? なにを……」



と、父の視線がわたしを認めた。


みるみる険しい顔付きになった父が、フランシスカに歩み寄る。



「……コルネリア。こんなところで、何をしている? 戦争終結の和平の証として、辺境の子爵家で過ごすのが、無学なお前でも出来る役目だというのに」


「お父様ぁ~。そんなこと、今はどうでもいいわ」



と、フランシスカが、父を独占するようにして、その腕に抱きついた。



「私に、もっと高いドレスを買ってくださらない? ……この女が着てるものより、ずっと高級なものでないと、私が惨めな思いをしてしまうわ」



わたしを卑しむ視線。恨めし気なフランシスカの声と表情。


本邸でのことは、わたしには分からない。


だけど、きっとフランシスカはいつも、このような媚態を晒して父におねだりをし、お母様の形見まで自分の物にしていたのに違いない。


父が、わたしを値踏みするような視線で睨んできた。



「 ……コルネリア。そんなドレス、どうしたのだ? 希少なモスリン生地ではないか」


「……わたしの婚約者。グレンスボー子爵に、お仕立ていただきました」


「お金持ちなのね……、子爵のくせに」



と、フランシスカが、なんともネチャッとした、情念まる出しの聞き心地の悪い声をだした。



「お父様?」


「なんだ、フランシスカ」


「お姉様なんかじゃ、お相手に申し訳ないわ。婚約の件、私と差し替えてくださいません?」


「な、なにを言い出すんだ?」


「お姉様は、半年あるはずの夫人教育とやらの途中で、領外の街に出されてしまったのよ? きっと、お相手の子爵も、お姉様の学のないのに呆れてるんだわ」


「……ふむ、そうか……」


「モンフォール侯爵家、ううん、バーテルランド王国が恥をかいてしまう前に、相応しい婚約者に差し替えるべきだとは思われません?」


「やはり賢いな、フランシスカは」


「そうでしょう?」



と、得意満面の表情で、わたしを見下すフランシスカに、言葉をなくした。


わたしの籍は、いまだモンフォール侯爵家にある。父から命じられたら、わたしは帰国せざるを得ない。


そして、またあの別邸に――、


いまは壁もない。見張りの騎士もいない。今度こそ逃亡して、どこか遠くの国まで逃げて平民として生きるしかない。


と、唾を呑み込んだとき、わたしの背中越しに、毒のある鋭い声が冷たく響いた。



「これは、なんの騒ぎか」



ぎこちなく顔を向けると、クラウス伯爵が尊大に胸を張って立っていた。


長身のクラウス伯爵から見下ろされると、威圧的でさえある。


わたしを冷たい視線で一瞥した後、クラウス伯爵は父に顔を向けた。



「私はエルヴェン総督府で政務総監を務めるクラウス・クロイと申す者。伯爵です。貴殿は?」


「これはこれは、お騒がせして申し訳ない。バーテルランド王国のモンフォール侯爵、ディック・モンフォールです。こちらは娘のフランシスカ」



と、父の紹介に、フランシスカの離れた目が上目遣いになった。媚びた笑み。


わたしの義妹は、美男子を前にすると、こんなに下品な顔をする女だったのか。


考えてみれば、別邸以外で会うのは、フランシスカも父も初めて。ふたりが屋敷の外でどんな顔をしているのか、初めて目の当たりにした。


けれど、ドキドキもワクワクもしない。


クラウス伯爵が、シャープな印象の顎に手をあてた。



「……モンフォール侯爵」


「ええ、左様。このコルネリアも私の娘。ですが、無学な余り、嫁ぎ先の子爵家から追い出されたのでしょう。このまま連れて帰ろうとしていたところなのです」


「ふむ……」



と、クラウス伯爵が、わたしに冷淡な視線を向けた。


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