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63.冷遇令嬢は出発させる

  Ψ  Ψ  Ψ



クラウス伯爵の、こんなに険しい表情を見たのはエルヴェンの街角でフランシスカを咎めたとき以来だろうか。


陣幕の椅子に、ドカッと腰を降ろした。



「どうもこうも、話になりません」



母国の宰相閣下も、おなじく険しい表情で指で両目を押さえた。



「とにかく、責任逃れに終始しておりまして……」


「反乱側から手が回っている……、ということは?」



と、わたしが尋ねると、ふたりは力なく首を左右に振った。


そして、クラウス伯爵が情けなさそうな声で応えた。



「……私がテンゲルで反乱を起こすなら、あの王弟の存在は無視します」


「敵にも付かないが、味方にもならない。放置しておいて、反乱が成功すればどうせ従います」



と、宰相閣下が口をそろえた。


ふたりは和平交渉の窓口同士として、長く厳しい交渉を重ねてきた間柄だ。


気脈を通じ合い、親友のような関係となっている。


そして、一国を代表して和平交渉の重責を担ってきたふたりが、異口同音に王弟に呆れているのだ。



「まあまあ、とりあえず詳しい話を聞かせてよ」



と、エイナル様がなだめるように言った。


長時間に渡る交渉の間、王弟はずっと「うんうん」と頷き続けていたそうだ。


けれど、自分が何か行動を起こすことは、否とも応とも言わず、はぐらかし続ける。



「……公正という評判は、聞き上手なだけですな」



と、クラウス伯爵が吐き捨てるように言った。


テンゲル王は、自分に無害な弟に水軍を委ねていたのだろう。それが、自分を守る動きも見せないことは誤算だったろうけど。



「コショルー公国の動きをけん制せねばならない。……などと、もっともらしいことを言っておりましたが、動かない言い訳に過ぎませんな」



と、宰相閣下が再び、指で両目を押さえた。手応えのない交渉に、疲れの色が隠せないのだろう。



「コショルー公国……、ですか」


「……形式ばかりテンゲル王に臣従の礼を執っているそうですが」


「まともではない国だからと、そればかりで」



と、クラウス伯爵が言葉を添えた。


わたしは眉間に指をあて、テンゲル王家の系図を思い浮かべる。



「たしか……、先代テンゲル王の王女、現国王の叔母にあたる方が、コショルー公国に公妃として輿入れされてましたよね?」


「政略結婚ですが……、それが元でコショルー公国で内戦になり、公妃となった王女は幽閉されているそうです」


「幽閉……」



思わずわたしが鸚鵡返しに呟くと、クラウス伯爵と宰相閣下がそろって「しまった」という顔をした。


わたしの生い立ちに思いが至ったのだろう。



「あ、いえ……。お気遣いなく」


「クラウス。宰相閣下。どうぞ、報告を続けてください」



と、微笑まれたエイナル様を、なぜかクラウス伯爵が軽く睨んだ。



「ともかく、そういう訳で、王弟はアテになりません」


「分かりました」


「どうする? コルネリア」



場の空気を軽くするように、エイナル様が明るい声で仰って下さった。


国王を退位に追い込んでも、後釜がいないのではどうしようもない。



「コショルー公国に向かいます」



という、わたしの言葉にクラウス伯爵が難色を示した。



「そこまで、テンゲルの面倒を見てやらなくとも……」


「……クラウス伯爵が軍船を運んでくださったおかげで道が開けました」



と、わたしは地図を指差す。



「陸路でコショルー公国に向かえば険しい山道。しかも、この雨。数日を要するところでしたが、軍船で支流を遡れば、およそ1日の距離です」


「それは、そうですが……」


「……まともではないテンゲルの王弟が『まともではない』と言うからには、まともな国かもしれません」


「そのような曖昧なことに……、せめて偵騎を飛ばしてからにされては」


「ふふっ。……残念ながら時間がありません。行ってダメなら、逃げ帰りましょう」



わたしの言葉に、エイナル様が頷かれた。



「……コルネリアの狙いは、幽閉されているという王女だね?」


「はい。……継承順7位。本人が望んで幽閉されているならともかく、テンゲルへ帰国を望むなら、救出する価値はあります」



と、わたしは地図を指差した。



「……コショルー公国との国境沿いに小さな街があります。フェルド伯爵という高位貴族が治めています」


「まずは、そこで情報を集めるか」


「はい。通行の許可も得るべきですしね」


「クラウス? ……テンゲル水軍を牽制する船も残さないといけないと思うけど、クラウスは残る?」



と、エイナル様が悪戯っ子のように微笑むと、クラウス伯爵が不愛想に応えた。



「……オレも行く」


「ただ……」



と、わたしは宰相閣下を見詰める。



「……反乱の目的が、最終的にバーテルランド侵攻にあることは、早急に国元へと報せられた方がよろしいかと」


「いえ。このような事態まで予期していた訳ではありませんが……、コルネリア閣下が山越えで脱出を図られる場合に備え、国境沿いに騎士団を集結させるよう手配しておりますれば」


「あら。……それは、ご迷惑を」


「迷惑ということはありません。コルネリア閣下は、我が国の王政顧問でいらっしゃるのですから」



と、宰相閣下は真剣な表情で応えた。


わたしは、護衛する騎士の中から、最も口が達者な者を選ぶ。


そして、ケメーニ侯爵から渡された通行許可証を託す。国境沿いに集結しているというバーテルランド騎士団のもとに走ってもらうためだ。



「いいですか。どこかで止められたとしても『コルネリアとはぐれた』『迷子になって困ってる』と言い張って、どうにか国境を越えてください」


「かしこまりました!」


「そして、バーテルランド騎士団から、テンゲルの公爵に使いを出してもらうのです」



公爵領はバーテルランドとの国境に近い。


バーテルランド騎士団から、王政顧問であるわたしを迎えに行きたいとして、入国の許可を求めてもらう。


当然、許可は下りない。


だけど、公爵が王都に兵を進めることへの牽制になる。


下級貴族が王宮を押さえるや否や王都を制圧しようと、公爵は待ち構えているはずだ。


ところが、後背にバーテルランド騎士団が集結しているとなれば、本領に攻め込まれることを恐れて身動きがとれなくなる。


存在を知らせるだけで、効果が見込める。


宰相閣下からの簡易な指示書も持たせ、すぐに騎士を出発させた。


テンゲル王都で、下級貴族たちが陣を敷く被災地が水に沈むまで、あと3日。


コショルー公国まで往復で2日として、ギリギリ間に合うはずだ。


テンゲル水軍の牽制は宰相閣下にお任せし、わたしはエイナル様とクラウス伯爵と共に、ただちに軍船を出発させる。


母テレシアが若き日に暮らしていたと思われる、支流の上流、コショルー公国に向かって。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
 母親、公妃周辺の関係者ってことはないかな。
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