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6.冷遇令嬢は隠されていた、訳ではない

エイナル様のお言葉に、思わず眉を寄せてしまった。


そればかりではない、心は激しく動揺し、心臓がバクバクする。



「い……、いま、なんと?」


「ですから、エルヴェンに行ってくださいませんか?」



エルヴェンは母国バーテルランド王国との国境に近い、大河沿いの街。


エイナル様は、わたしとの婚約を解消し、母国に送り帰そうとされているのか……。



「わっ、……わたしに、なにか至らぬところがありましたでしょうか!?」


「……えっ?」


「直します! なんでも仰ってくださいませ。わたし、賢しらなことを言ったりしておりましたか!?」


「あっ……」


「なんでしょう? ご遠慮なさらず、なんでも仰ってくださいませ」


「すみません。えっと……、そういうことではなく、まあ……、ちょっと遊びに行きませんか? という……」


「ああ……、そうでしたの。わたし、お見苦しいところをお見せしてしまって」


「いいのです、いいのです。いまのは、ボクが悪かった。……それに、驚かせておいて申し訳ないのですが」


「ええ……」


「ボクとの結婚を本気で望んでくださっていると分かって……、嬉しかった、です」


「まあ!? ……望んで、……おりますわよ?」



エイナル様の頬が、ほんのり赤く染まって、わたしの方を見て下さらない。


たぶん、わたしの頬も紅い。



「コルネリア殿の……、カリスという侍女から、すこし話を聞いたのです」


「えっ……?」


「……コルネリア殿が、お出かけ好きなのは、幼少の頃はお体が弱く、あまり屋敷の外に出してもらえなかったからだと」



体が弱いというのは、父のデマカセだ。


けれど、いまそれを暴けば、両国和平のための政略結婚が壊れてしまうかもしれない。再び戦火が上がるかもしれない。


わたしは、貴族令嬢としての義務を放棄したことになる。


つい、曖昧な笑みを返してしまった。



「ボクは、まだ少しこちらでやることがありますので、コルネリア殿は先に行っておいてもらえますか?」


「かしこまりました」


「それと、コルネリア殿をエルヴェンの総督代理に任じる書簡を発しています。あちらに着いたら総督府でお過ごしください」


「えっと……、総督……代理?」


「はい。政務総監を任せてるクラウスという男を訪ねてください。伯爵です」


「ちょ、ちょ、ちょ……」


「なんでしょう?」


「あの……、なんで?」


「ん?」


「……なんで、エイナル様が、そのようなご差配をお出来になるのですか?」


「ああ。ボク、エルヴェンの総督ですから。父上に押し付けられちゃって、やむなくですけど」


「お、お父上って……?」


「……ソルダル大公ですが?」


「え?」


「ん?」


「え?」


「ん?」



というラリーを、3回繰り返した。


ソルダル大公といえば、リレダル王国いちの実力者。


今回の30年ぶりの和平も、代替わりしたソルダル大公が主導されたと聞いていた。



「えっと……、ボク、ソルダル大公の世子なんですけど……」


「世子……」


「つまり、世継ぎです」



言葉の意味は知ってる。


そうじゃなくて……、という顔をしてしまったら、エイナル様が頭を掻いた。



「……ご存知なかったのですね」


「え、ええ……」


「ボクを、ただの子爵だと?」


「……はい」


「ソルダル大公の世子は、グレンシボー子爵を名乗り、大公位継承に備えるのです」



世の中、まだまだ、わたしの知らないことばかりだと、目を輝かせてしまった。


長い戦争で互いの国情に疎くなっていたとはいえ、わたしは知らずに、母国バーテルランド王国になぞらえると、宰相閣下のご嫡男と婚約していたようなものらしい。



「……ただの子爵に、侯爵家の長女を寄越すとは……」


「あ、いや、……そ、それはですね」


「バーテルランド王国の、今回の和平に賭ける意気込みが伝わります」


「あっ…………、はい」



色々、言葉を呑み込んだ。


騙してはない。たぶん。少なくともわたしは、戦争を終わらせる役に立っていることを誇りに思ってる。意気込みはある。


そして、辺境を治める子爵としては、随分と高貴で気品に満ち溢れているエイナル様に抱いていた疑問も氷解した。



――リレダル王国で、王家に次ぐ権門の、世継ぎの貴公子様だったのか……。



リレダル王国の王立学院で、どうやら権威ある地位にいるらしい老博士を、わたしのためだけに招聘してくれたことにも納得がいった。


エイナル様は、それだけの権力もお持ちだ。


老博士の講義は、お母様から習っていたことばかりで退屈を我慢していた。


だけど、この3年に得られた新しい知見に講義が進んで、俄然、面白くなっていたところだった。


不可能と思われていた数式の解が得られていたなど、思いもしなかった。


いっぱい質問したかったのだけど、貴族夫人としては、そういう訳にもいかない。


ウズウズしながら、次の講義を待つ日々だった。



「ふふっ。老博士は、優秀な生徒を手放したくなくて、エルヴェンまで付いて来るそうですよ?」


「えっ!?」



喜色を満面に浮かべてしまった。


いや。それは、バカでもおかしくない。好き。好きなのだ。あの頑固なお爺さんが。



「思う存分に学ばれるといい」


「……ご、ご配慮に感謝申し上げます」


「エルヴェンに行って、なにかお気付きのことがあれば、政務総監のクラウスに囁いてやってください」


「はい……、かしこまりました」


「クラウスは、ボクの幼馴染。伯爵位を継承したばかりですが、無理を言って、エルヴェンの統治を任せています」



と、エイナル様は窓辺に立たれ、空を見上げた。



「……ボクは、コルネリア殿の輝く瞳を見るのが、どうやら好きなようです」


「お、恐れ入ります」


「エルヴェンは戦火に晒されましたが、本来は大河に面した港町。交易都市です。辺境のグレンスボーよりも刺激が多い。コルネリア殿の瞳が、どんな風に輝くのか、……興味が湧いてしまいました」



そう言って、はにかまれたエイナル様の瞳こそ、好奇心に満ちた少年のように輝いて見えた。



  Ψ



まもなく冬本番を迎えるとグレンスボーは雪に閉ざされ、馬車が使えなくなる。


その前に出発するようにと言われ、急いで旅支度をする。


エイナル様が、ドレスもコートも新しく仕立ててくださって、カリスと一緒にはしゃぐ。



「素敵なドレスねぇ。ネルによく似合ってる。エイナル閣下、やっぱりセンスいいわねぇ~」


「ほんとね。でも、カリスに仕立ててくださった新しい侍女服も、よく似合ってるわよ?」


「もう! 布地の質が段違いなのよ! 見て見て、触って触って!」


「ほんとだ! サラサラのふわふわ!」



そして、わたしには、エルヴェンの総督代理として、経費――つまりお小遣いが支給されることになった。


エイナル様はお気付きになられたのだ。


わたしに、実家の侯爵家からの仕送りがないことに。


いまのわたしは、エイナル様の婚約者。籍は、実家のモンフォール侯爵家にある。


だから、本来はエイナル様から経費を支給していただくのは筋違いな話だ。


それを、角が立たないようにと、総督代理だなんて役職に就けてくださった。


カリスが、執事長に持たせてもらったお小遣いで、なんとかやり繰りしてくれていたけど、そろそろ限界が来そうな頃合いだった。


なにもかも、エイナル様がわたしのために整えてくださる。


わたしは、エイナル様にどう報いることが出来るだろうか……?


というのが、エルヴェンに向かう馬車のなかでの、カリスとの議題になった。



「いい奥さんになればいいんじゃない?」


「だから、エイナル様にとっての〈いい奥さん〉が、どんなのか……、ってことが問題なのよ、カリス?」


「ふふっ。直接聞いてみたらいいじゃない?」


「そ、そんなの……、まだ恥ずかしいわよ」


「まだ……、なのね?」


「そうよ。聞くなら、け、結婚してから聞くわよ」



最初にグレンスボーを訪れた時とは、違う種類のワクワクに満たされ、馬車は冬から秋へと巻き戻っていった。


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